ガス・マネージメントの観点から見たシングル・タンクの弱点とは

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セブ島のダイバーのシルエット(撮影:越智隆治)

高校時代の数学のテストの点数が、いつもシルトを巻き上げない程度に水底を這うような成績だった私にはまったく理解不能なのですが、数学オタクの友人に言わせると「数理の世界は美しく、何物にも代え難く“エレガント”な世界だ」そうです。

もっともすべての数学愛好家が必ず“エレガント”な人物であるかはまた別の問題なのですが…。

今回は、その数学どころか算数嫌いの私が、失笑を買うほど演算速度の遅いこのオツムを絞って、レクリエーショナル・ダイバーの「ガス・マネージメント」について論考を試みようと思います。

近年サイド・マウントやアイソレーター・マニフォルド・バルブ付きのツイン・シリンダー(編注:日本では一般的に、シリンダー=タンクと呼ばれる)、さらにリブリーザーなど斬新な(歴史的に見れば、実はけして新しいわけでもないのですが)ダイビング器材を装備したダイバーを海で見かけるようになってきました。

とは言っても、やはり圧倒的多数のダイバーはバックマウントのシングル・シリンダーでダイビングを楽しんでいます。

そのもっともな理由は、装備が軽く、仕組みがシンプルで、手に入り易く、扱いが簡便だからでしょう。
これらの利点がもたらす恩恵から、世界中の海洋から水たまりまでのあらゆる場所で、シングル・シリンダー・ダイビングが広く普及しています。

しかし、大きな弱点もあります。

バックマウントのシングル・シリンダーの弱点

サイド・マウントやテクニカル・ダイビングの世界に足を踏み入れた、あるいはPADIのセルフ・リライアント・ダイバー、または同様の目的を持ったトレーニング・プログラムを受けたダイバーであれば、もう十分に気付いているでしょうが、シングル・シリンダー・ダイビングの最大の欠点は、破滅的なトラブルである「ガス切れ」した場合、その解決策の選択肢がほとんどない事です。

例えば、ダイビングの予定最大深度が30mでガス切れした場合には、バディの予備のセカンド・ステージを使う(いわゆるオクトパス・ブリージングですね)という選択肢しかありません。

しかもそのバディが、日頃からオクトパス・ブリージングの練習に怠り無く、器材の手入れもパーフェクトで、その彼または彼女がいつもあなたのすぐ傍いて、かつ常にあなたを視野のどこかに入れているという条件付きで…。

あるいは、ダイビング前のセーフティ・チェックで、あなたのバディが“いつもの”バルブを「全開してから少し戻す」という習慣から、あなたのシリンダー・バルブを「閉じた状態から少しだけ空ける」という“ウッカリ”を犯し、浅い深度では何ら問題なく機能していたレギュレーターが、予定した最大深度付近で、突然、機能不能に陥るような事など絶対におきないという保証を誰も出来ません。

また例えば、ダイビング前に慎重にガス計画を立てたとしても、30mの環境圧下で激しいフリー・フローや中圧ホースの破断が起きれば、あっという間にガスを失います。

この決定的な限界は、シングル・シリンダーなので当たり前ですが、バルブがひとつ、したがってファースト・ステージをひとつしか水中に持ち込めないからです。
つまり「呼吸ガスと呼吸器材の予備が無い」ということ。

弱点を補う予備呼吸源のガス・マネージメント

シングル・シリンダー・ダイビングの弱点を解決する最善の方法は“独立した予備の呼吸源”を用意する事です。

いわゆる「ポニー・ボトル」や「ステージ・シリンダー」、「スリング・ボトル」などと呼ばれるものですが、正式な名称は確かではありません。

では理想的な予備の呼吸源として「ポニー・ボトル」を選択する場合、どれくらいのサイズのシリンダーが必要なのでしょうか。

レクリエーショナル・ダイビングの絶対深度が40mですから、その最大深度で最悪の状況、つまりガス切れまたはスクーバ・システムの機能不能が起きた場合を想定してみましょう。

まずダイバーの毎分呼吸量を15Lと仮定してみると、深度40mつまり5気圧下での1分間の呼吸ガス量は75L(15L×5気圧×1分)であることはすぐにわかります。

40mの深度で突然のガス切れという強いストレスのかかった状態で、ポニー・ボトルのバルブを開けてセカンド・ステージを引き出し、プライマリーのセカンド・ステージからポニー切り替え、浮上の準備をするのに3分で完了できるとすれば、225L(75L×3分)ですが、しかしそれでは充分ではありません。

ガス切れによるストレスで、通常の毎分呼吸量では足りず、おそらく少なめに見積もっても、通常の呼吸量の2倍は想定しなければなりません。
したがって水底での必要ガス量は450L(15L×5気圧×3分×2倍)となります。

またこの2倍の安全率は、ダイバーの経験、技能、精神面の強度、装備、また視界や水温、流れなどの環境、はじめてバディを組む相手かなど、その他諸々の条件によっては、それ以上とすべきかもしれません。

ここでは一応2倍の安全率を採用して、次に40mから水面に浮上するのに必要な時間を考えましょう。

ダイブ・コンピューターの減圧アルゴリズムがバブル・モデル(編注:VPMやRGBMなど)と仮定し、コンピューターが指示する浮上速度を毎分9mで考えてみます。

浮上速度は毎分9mですから単純に水面まで5分(40m÷9m=4.5)必要です。この緊迫した状況下での毎分呼吸ガス量を30L(15L×2倍)としましたから150L(15L×2倍×5分)ですが、それではだけ足りず、周囲圧を考慮しなければなりません。

ここでは40m(5気圧)から0m(1気圧)への周囲圧変化の平均をその中間点で取ると2気圧[(5気圧−1気圧)÷2]となります。
したがってこの浮上に必要なガス量は300L(150L×2気圧)です。

水底で呼吸ガス停止の状況を切り抜ける450Lに、この水面に到達するのに必要な300Lを加えてここまでで750Lが必要量です。

ここまで見てきただけで、このケースでは最小限750Lが必要で、さらに浮上途中に5mで3分の安全停止に必要な135L(15L×2倍×1.5気圧×3分)を加えれば、この危機回避の浮上を安全に成し遂げるために必要ガス総量は885L(750L+135L)となります。

したがってこのケースで必要な885Lのガスを携行するには、200Bar充填の4.425L(885L÷200Bar=4.425L)以上のシリンダーが必要になります。

ここまでの計算の細かい事はさておき、要するにポニー・ボトルを緊急時の予備呼吸源として採用するなら、どんなに楽観的に見積もってもシリンダー容積に4Lは必要であることだけは、すでに偏頭痛を引き起こしている私のオツムでも理解できます。

ポニー・ボトルのコンフィグレーションにはいくつかありますが、おそらく日本国内で比較的入手しやすい装備は、テクニカル・ダイビングで減圧用に使われる5.8Lのアルミ・シリンダー(編注:40立方フィート)に「リグ・キット(編注:ナイロンラインの両端にボルトスナップがついたもの)」を取り付けてBCDのDリングにフックする方法でしょう。

しかしポニー・ボトルをレンタル提供するダイビング・サービスは極めて稀で、いや国内では無いに等しく、ポニーを自己所有することまで考えられない圧倒的多数のダイバーにとって、このポニー・ボトルを装備するという対応策が現実的でないことも十分に承知しています。

では、そんなポニー・シリンダーが用意出来ないシングル・シリンダー・ダイバーにとって、言い換えると、圧倒的多数のレクリェーショナル・ダイバーにとって、この緊急時に備えるガス・マネージメント上の次善策はあるのでしょうか。

もちろんサイド・マウントにする、あるいはアイソレーター・マニフォルド・バルブのツイン・シリンダーにするという別の理想的な解決策もあるのですが、最も普及しているシングル・シリンダーのバックマウントを前提にさらに論考を進めます。

※次回は「ミニマム・ガス」や「ロック・ボトム(編注:オケラ、ポケットの中がスッカラカンという意味のスラング)」と呼ばれる概念と具体的な方法論について考えてみましょう。

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PROFILE
DIR-TECH Divers' Institute を主宰し、東京とフィリピンの拠点を往復しながらダイビング・インストラクション活動を行なう。
「日本水中科学協会」および「日本洞穴学研究所」所属。
 
最近の主な監修・著作に「最新ダイビング用語事典」(成山堂書店)、連載「世界レック遺産」(月刊ダイバー)、「遊ぶ指差さし会話帳・ダイビング英語」(情報センター出版局)など。
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