世界一小さいイカ、ヒメイカ。その生態のすべて

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ヒメイカ(撮影:佐藤長明)

「イカ〜イカイカ〜イカ〜」と、商売っけの感じられないぶっきらぼうな声を響かせイカ売りの車がやってくる。
初夏を迎え、夜の海に漁り火が灯り始める頃になると、決まって毎朝この声が聞こえはじめます。
水揚げしたての新鮮なイカを積み込んだ移動販売車が巡回する仕組みのようです。

このシステムは見た事も聞いた事も無く「イカがどうしたの?」と、はじめの頃は驚いたものです。
軽いカルチャーショックを受けつつも、名物なのは知っていたので慣れるには時間がかかりませんでした。
流石は「イカール星人」襲来の地、函館です。

さて、今回はこんなダイオウイカよりも大きなイカール星人のお話ではなく、世界一小さなイカとして知られ、国内各地で観察できる「ヒメイカ」のお話です。

ヒメイカ(撮影:佐藤長明)

腕組みをしてこちらを睨む2cmのイカ

ヒメイカと他のイカとの見分け方

ヒメイカはその他のイカ(稚イカ)と簡単に見分ける方法があります。
それはズバリくっつけるかどうかです。

ヒメイカだけは胴から粘着物を出せるのでこれを利用し、アマモや流れ藻などに粘着しながら休んだり移動手段としたりできるのです。
この事さえ知っておけば、ホームゲレンデや旅先で小さなイカを発見した際の見分け方となります。

ヒメイカ(撮影:佐藤長明)

他のイカ同様に数個体群れて見つかる事も多い

ヒメイカの食事

ヒメイカならではの特徴は、食事方法にもあります。
それはエイリアンばりに口が伸びる事です。

主な捕食対象物は甲殻類ですが、共食いを見た事もあります。

余談はさておき、獲物をがっちりと抱え込んだら自慢の伸びる口を獲物に差し込み、その中身だけを食べ殻は捨てちゃいます。
観察していても面白い行動なので、ぜひフィールドで観察してみてください。

ヒメイカ(撮影:佐藤長明)

イソヘラムシの一種を捕食中。体色が白っぽい場所は既に食事済

ヒメイカの観察時期

出現する季節は観察地により異なりますが、ここ函館の海では水温の問題からか、9〜1月までの4ヶ月間に限られます。
その中でも繁殖期は9~10月の中旬までが限界のようです。

観察エリアによっては年に2〜3度の繁殖期を迎えるエリアもあるようで、うらやましい限りです。

ヒメイカ(撮影:佐藤長明)

ヒメイカの雌雄差

ただでさえ小さなヒメイカをフィールドで見分けるには、ポイントがあります。
繁殖期に入った個体限定ですが、いくつかのコツをご紹介いたします。

まずは体サイズに注目しましょう。

オスよりもメスの方が大きく、また黄色味がかった体色をしている事が多いようです。
そしてメスの胴をよくよく観察すると、先端に近い部分には卵を発見できます。
ここまで押さえられれば、その個体は確実にメスと言ってよいでしょう。

ヒメイカ(撮影:佐藤長明)

写真で見ると、胴の下側に半透明な卵が透けて見えます。上記の様子が観察できないのがオスですが、もう少し具体的に説明しますとメスよりも小さく黒っぽい色素を強く出しています。写真で比較してみてください

ヒメイカ(撮影:佐藤長明)

オスの個体

ヒメイカ(撮影:佐藤長明)

メスの個体

オスの胴部先端には、精子の束が白っぽい塊として見られます。

ヒメイカ(撮影:佐藤長明)

ヒメイカの繁殖・交接

ヒメイカは、オスがメスに精莢(せいきょう)と呼ばれる精子の束を腕の付近に渡します。
メスは産卵に際しその精子を使って受精卵にします。

ヒメイカ(撮影:佐藤長明)

オスの腕にこれから渡す精莢が見えます

ヒメイカの繁殖・産卵

メスの産卵は、30~40分ほどかけて一粒ずつ産みつけます。
アマモや海藻など産卵基質そのものにこだわりは無いようですが、基質の幅にポインがあるように感じています。

ヒメイカ(撮影:佐藤長明)

ヒメイカの産卵(ビフォー)

ヒメイカ(撮影:佐藤長明)

ヒメイカの産卵後(アフター)

産卵直後の卵塊は美しくそれだけでも撮影したくなります。

ヒメイカの卵(撮影:佐藤長明)

そして孵化を迎えますが、孵化までの期間はエリアによっても差がありそうなので、明言は避けさせていただきます。

ヒメイカ(撮影:佐藤長明)

一瞬でも眼を離すとどこに行ったか分からなくなるほど透明で小さい

こんな身近にいる世界一小さなイカを観察してみませんか?

ヒメイカ(撮影:佐藤長明)

「世界一美しいイカとタコの図鑑」にもヒメイカは紹介されています!

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writer
PROFILE
グラントスカルピン代表・水中写真家
佐藤 長明 (さとうながあき)

1969年、宮城県南三陸町(旧志津川町)生まれ。
1992年、23歳でスキューバダイビングと出会い翌年から水中写真を始める。
南三陸沿岸に生息する稀少種の発見をきっかけに生物層調査に取組む。
8年間の修業の後、2000年にダイビングサービスグラントスカルピンを設立。

現地型ダイビングサービスとして、それまでダイビングポイントとして無名だった宮城の海を国内に広く紹介。
2005年には志津川漁協、南三陸町(旧志津川町)と協力して新ダイビングスポットのオープンを実現。

東日本大震災により北海道函館市に拠点を移し、親潮繋がりの海で再度現地サービスを始める。
自ら撮影する写真により、生態観察と撮影の楽しさを広めている北の海の伝道師。

「海で生物たちは一年を通じ命の営みを繰り返している。ガイドとして心掛けることは季節を感じて海を読むこと。
生物同士の連鎖を知る事で海は何倍も楽しいものになるはずです。」

ショップ名にもなっているグラントスカルピンとは、クチバシカジカと言う和名を持つ小さな魚の英名です。
直訳すると「Grunt=小言を言う・文句を言う」「Sculpin=カジカ」で、世界でもほんの一部の水域でのみ観察されている稀少種。

この体長わずか7cmほどの小さな魚との出会いが人と出会いに繋がりサービスを始めるきっかけにもなりました。
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