時代遅れの高圧則が改定!ダイバーへの影響は?何が変わるの?課題は?

この記事は約7分で読めます。

パラオの水面と太陽光(撮影:越智隆治)

高圧則の改定はリクリエーションダイバーにも無関係ではない!?

高圧則なんて言ったって、ほとんどのリクリエーションダイバーには耳慣れない法律かも知れません。
正式には高気圧作業安全衛生規則(昭和47年労働省令第40号)といいます。

簡単に言えば潜水作業や潜函作業などに従事する人たちが、高圧障害にかからないように労働をさせなさいという労務管理の規則です。

その法律が50年以上たって改定されるということになりました。

このような労務管理の法律は、レジャーとしてダイビングをするリクリエーションダイバーにはまったく関係がないだろうと思われます。

リクリエーションダイバーは仕事としてダイビング=潜水をしているわけではありません。まさにその通りなのですが、まったくこの法律と無縁だともいえないのです。

リクリエーションダイビングが法律的に業務であるのか、ないのかは大変微妙なところです。

リクリエーションダイバー自身のダイビングが労働ではないことは確かですが、リクリエーションダイバーにダイビングを教えるインストラクターや、ガイドをするダイビングサービスのスタッフにとっては間違いなく労働であり業務です。

するとリクリエーションダイバーと一緒に行動するインストラクターやダイビングガイドは、この法律を守らなくてはならないことになります。
そんなわけでまったく無関係とは言えないのです。

時代遅れの法律を、潜水業界の現状に近づけるように改定

この法律は基本的に労務管理の規則でありながら、その目的を果たすためにどうしても潜水のテクノロジーに関するルールが盛り込まれています。

そうです。ダイビングのやり方を法律できめているのです。

例えば、日本で潜水業務をするにはまず潜水士の資格が必要です。
さらに日本の労働省(現在では厚生労働省)が50年以上も前に作った減圧表=ダイブテーブルを使わなくてならないとか、浮上スピードは1分間9mとか、呼吸ガスは空気に限るといったルールが定められているのです。

一言でいえば、日本国内では、この法律で決めたルールでだけダイビングができるということです。

現実には、世界的に使われているアメリカ海軍のネービーテーブル、あるいはビュールマンのスイスモデルといったダイブテーブルすらほとんど使われていないダイブコンピューターの時代に、法律上はこの日本独自の減圧表=ダイブテーブルを使うことになっています。

いろいろな法律的な問題をクリアしてナイトロックスが使えるダイビングポイントも増えてきました。
しかし、少なくともインストラクターやスタッフは現状のままではナイトロックスを使ったダイビングができません。

また、安全停止のときにナイトロックスや酸素による加速減圧を使用することができません。
その理由はこの高圧則という法律では空気以外の呼吸ガスを使っての業務を禁止しているからです。

純酸素はともかく、ナイトロックスまでと思われるダイバーも多かろうと思いますが、21%以上の酸素を含んだ呼吸ガスは、空気ではなく酸素と分類されるからです。

しかもこの厚生労働省が使用を義務付けているダイブテーブルは独特のスタイルです。
また、世界的に使われているダイブテーブルはその理論的な根拠が発表されています。

しかし、この厚生労働省のダイブテーブルは、誰がどのような根拠とか実験を通じて作られたものかよく分からないのです。
それが60年以上使われていることになっていました。

この50年間にダイビングのテクノロジーは大きく進歩しました。
高気圧障害を防ぐための生理学的な発見も多くありました。
ダイブコンピューターを使って減圧管理をするようになっています。

そんなわけで、潜水を業務にする業界にとっても、リクリエーションダイビング全体の変化も現実的な制約にもなっていました。

そこでやっと厚生労働省はこの法律を改定することになりました。
ずばりと言ってしまえば、60年以上昔の時代遅れの法律を、潜水業界の現状に近づけるように改定して追認しようというものです。

では、一体、何が変わるの?

混合ガスが使用できるように

ナイトロックスが使用でき、また酸素を使った加速減圧もできる。
ヘリオックスや、トライミックスといったミックスガスも使用できることになります。
これは酸素と窒素のミックスをコンピューターがコントロールするリブリーザーの使用についても将来の展望が開けてきました。

厚生労働省のダイブテーブルは削除され、他のダイブテーブルが使用できるように

実際には、リクリエーションダイバーは、この数十年来USネービーテーブルやスイスモデルといったダイブテーブル(指導団体の多くはリクリエーションダイビング向けのアレンジヴァージョン)を使っていました。

しかし、改定前の法律を厳密に解釈すればアウトロー状態でした。
ほとんど実用的でないダイブテーブルですから誰も使わなかったのですね。

厚生労働省の減圧表、高圧則の別表といいます。
この別表は姿を消すわけですが、では今度は何を使えというのでしょうか?
そこが問題です。

私たちは減圧表というと、すぐにダイブテーブルと考えてしまいますが、高圧の環境で働く仕事は、潜水作業だけでなく広い範囲に及びます。
潜函、加圧トンネルなどといった長時間の作業に対応するための減圧表も必要なわけで、もともと1つの減圧表をそのすべてに当てはめるのは難しいのです。

そんなこともあるのでしょう。
今度の改定では、どの減圧表を使え的な制限はなくなりました。

ダイブテーブル でなく計算式を使う

では、どんなダイブテーブル を使ってもよいのでしょうか?
ここが非常に微妙なのであります。

厚生労働省のホームページには、以下の計算式で計算して、厚生労働省の想定している体内のガス圧力を越えてなければよいというのであります。

そしてその計算式とは、以下のようなものです。

厚生労働省の想定している体内のガス圧力を越えてなければよいという計算式(提供:やどかり仙人)

この計算式を素直に計算しようとすると大変面倒です。
このヤドカリ爺も例題をやってみたのでありますが、かなり時間がかかります。
そして、出てきた答えは、予定深度に対する窒素の分圧でありました。

計算すること自体大変面倒ですが、では誰がこの計算式を使って計算するのか、これが今回の改訂のとても特長的なところです。

事業者はこの計算式を使って減圧計算をして、作業計画を立て、その記録を5年間保存しなければいけないとあります。
ダイバー本人が計算するのではないのですね。

作業者に過酷な労働をさせないための労務管理の法律ですから、事業者が安全な作業計画を立てるのは意味があります。

厳密にこの法律を適用すると、ダイビングサービスのオーナーは、この計算式を使って、その日のダイビングスケジュールを計算して、従業員であるガイド(潜水士なければなりません)さんに指示をしなくていけないのです。

ガイドさん自身が計算するのではないのです。
あくまでも事業者がダイビングスケジュールの責任があるとされています。
潜水士資格のあるダイバーの業務を、潜水士資格のない事業者が潜水計画を立てることになります。

計算なんかしてられない

それにしても、1日に何度もお客さんを連れてガイドするインストラクターやガイドの体内のガス圧力など計算していられるのでしょうか?

ましてや深度を変えてダイビングをするスクーバダイバーには、昔ながらの箱型ダイビングのデータなど現実的ではありません。

厚生労働省が考えている標準的なダイブテーブルというか、体内のガスの圧力のリミットは、スイスモデルといわれるビュールマンのZH-L16のようです。
そのように考えると、この計算式を使って潜水計画を立てなさいというのは、かなり非現実的なことです。
このヤドカリ爺にはそうとしか理解できません。

終りに

法律を厳密に適用すれば、改定前の高圧則では、できないダイビング、やってはいけないダイビングばかりだったのです。
そこで今回の高圧則の改定は、現在のダイビングシーンを追認するという目的のようです。またダイビングの多様化に対応した柔軟性を認めています。

事実、こんなに面倒な計算式を使えと言っていながら、その一方、ダイブコンピューターでダイビングをしてもよいとも。

改定案を読んでみると、今回の改定は、基本的に潜水の事業者に対応したものです。
その意味ではリクリエーションダイバーにはあまり関係のない改定かも知れません。
それでも、リクリエーションダイビングのサービスの関係者には関係のある改定です。
しかしその現実性が希薄なところが気にかかります。

リクリエーションダイバーの中にも潜水士を目指す人がいるかもしれません。
その試験にはこんな手間のかかる計算は、多分出てこないだろうと思うのがヤドカリ爺の実感でありました。

\メルマガ会員募集中/

週に2回、今読んで欲しいオーシャナの記事をピックアップしてお届けします♪
メールアドレスを入力して簡単登録はこちらから↓↓

PROFILE
1964年にダイビングを始め、インストラクター制度の導入に務めるなど、PADIナンバー“伝説の2桁”を誇るダイビング界の生き字引。
インストラクターをやめ、マスコミを定年退職した今は、ギターとB級グルメが楽しみの日々。
つねづね自由に住居を脱ぎかえるヤドカリの地味・自由さにあこがれる。
ダイコンよりテーブル、マンタよりホンダワラの中のメバルが好き。
本名の唐沢嘉昭で、ダイビングマニュアルをはじめ、ダイビング関連の訳書多数。
FOLLOW