ツンデレとレッドシー

ギャップは大切だ。私たちは、もともと抱いていたイメージをいい意味で裏切られると、そのギャップが大きいほどに、より魅力を感じてしまうものです。
例えば、ナイフみたいに尖ってはさわるものみな傷つけているような不良少年が、雨の中、道ばたに捨てられた子犬を抱き上げるとき、それを影から見ていた優等生の女の子は、彼の普段の粗暴な行動と、彼の心の奥の方にあるボールドで洗ったバスタオルのようにフワフワとした温かい気持ちとのギャップに驚き、そしてどうにも好きになってしまうのです。
私も以前それを見習って、会社の近くとかで雨に濡れた子犬をさりげなく抱きしめてるところを目撃されてイメージアップを図りたいと思って、そんな機会を狙ってたりしたのですが、普段から温厚で、というよりどちらかといえばチキンハートだと思われている私がそれをしたところで、そこにギャップが生じないため、あまり高い効果は得られないだろうとあきらめたことがあります。というかそれ以前に、いまどき都心の道ばたにいないしね、子犬。
そういえばツンデレというのも、ある意味この逆パターンですね。私の場合、女の子にはデレ方面全開で優しくしてほしいとつねづね願っているのですが、やっぱり、ツンあってこそのデレであり、そのギャップが大きいほど“萌える”、という人はたいへん多いようです。かくいう私も、例えば、知的で清楚な感じの女性が、ごく自然な感じでゆらゆら帝国を鼻歌で口ずさんでいたりしたら、かなりグッときてしまうのではないかと思います。ところがこれが高円寺の古着屋とかにいそうな感じのフラワーな女の人だったら、「あっそう」で終わってしまう気がする。


さて、ダイビングスポットも同様です。例えば紅海。わたしが以前取材でエジプトを訪れたときは、訳あってカイロからスエズ運河を越えて陸路でシャルムエルシェイクに向かったのですが、何時間も続くひたすら単調な砂漠の風景にうんざりしたころに、赤茶けた山々の隙間から、蛍光色に輝く海が見たとき、そのあまりのギャップに思わず言葉を失いました。果たしてその水中を潜ってみると、陸と海から受ける印象のギャップはさらに広がりました。紅海の水中は、動物はおろか植物の影すら見当たらない死に絶えたような陸上の風景からは想像できないほど、さまざまな生命に満ち溢れていました。黄色の濃淡のみで描かれたような単色の陸上と、ソフトコーラルが咲き乱れ、その周りをハナダイが泳ぎ回る極彩色の水中。私はそのギャップに驚き、冷静な判断ができないほど参ってしまったわけです。もちろん世界中にはすばらしいダイビングスポットがたくさんありますが、シャルムほどの衝撃を受けたことは、いまだほかにありません。
とまぁ、なんで急に10年以上も前に潜ったシャルムエルシェイクの話をしているかというと、先ほどご指摘いただいた私の身だしなみについて、ひと言ご説明させていただきたいからなのです。おっしゃる通り、私は髪型もぼさぼさ、服装もだらしなく、さらに無精髭まで伸ばして会社に来ているわけですが、これはギャップを作り出すための、ある種の演出だということを理解していただきたいのです。例えば私が一分の隙もない完璧な身だしなみでお客さんに会ったとします。すると彼らは私に対して、無意識のうちに一分の隙もない完璧な仕事を求めるようになってしまうわけです。とこらが、今の私のように、いかにも締まりのない顔つきで、しかもズボンの折り目はヨレヨレで、ワイシャツもシワだらけということになると、彼らはもう私に過剰な期待はいだきようがありません。そこで、私がなんとか人並みレベルの仕事をするだけでも、「あいつは見た目にくらべて、仕事はキチンとしている」という、たいへんポジティブな評価を得ることができるというわけなのです。
ですからね、部長、私は決して昨夜酔っぱらってスーツを着たまま寝てしまって、今朝も寝坊して身だしなみを整える時間がなくて、昨日寝たときそのままの格好で会社に出勤したとか、そういうことではなくて、これはかなり計算された意図に基づいて……
……というようなことを会社で主張すべきが否か、考え中なのです。
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