水遁(すいとん)の術
パパもんが小学校低学年の頃の少年向け雑誌を席巻していたヒーローと言えば、
間違いなく「忍者」だった。
『少年サンデー』に連載されていた「伊賀の影丸」や
テレビ時代劇「隠密剣士」の影響が圧倒的だったと思う。
男の子なら、誰もが手裏剣を持っていた。
ゴム製の「安全」なおもちゃもあったが、それでは木や壁に刺さらない。
そんなのイヤだ!というわけで、
缶切りで開けた缶詰の蓋を細工して作った手製の手裏剣の性能
(どれだけ回転しながらきれいに飛び、壁に刺さるか)を競い合うのが男の子の勲章だった。
今なら、確実に社会問題化するような危険な遊びかもしれないが、
あの頃は日常的に危険なものが子どもの回りにはいくらでもあったのだ。
(個人的にはパパもんが一番恐れていたのは肥溜めかな。)
誰もが忍術の習得に一生懸命だった。
高速移動による残像効果を利用すると称する「分身の術」や
木の葉をまき散らして身を隠す「木の葉隠れの術」、
成功例を見たことのない水上歩行の「水蜘蛛の術」など、
少年雑誌の図解入りでやり方が載っていたものである。
そんな忍術のひとつに「水遁の術」があった。
節をくり抜いた竹筒を加えて、池のなかに身を潜める忍術なのだが、
ダイバーに分かりやすく表現すれば、
長〜いシュノーケルを加えて水底でじっとしているという感じかな。
当時はシュノーケルなんかふつうは手に入らなかったから、
現実にはプール掃除用のホースを咥えて、
学校のプールで試してみる子どもが多かったと思う。
パパもんもよくやった。しかしうまくいったことがない。
というより、今から思えば、よく死ななかったもんだと思う。
危険きわまりない遊びだ。
理由はふたつある。ひとつ目は「死腔」の問題である。
呼吸時に酸素と二酸化炭素の交換を行うことができるのは肺だけで、
気管だとか、口に咥えているシュノーケルだとかでは酸素交換ができないので、
この部分(それを死腔と呼ぶ)が長すぎると、
結局は自分の吐いた息をまた吸い込んでいるだけになってしまって、
いずれは窒息する。
しかしそれ以上に重要なのが圧力の問題だ。
OWの講習で習うように、水深10mなら2気圧、
水深30mなら4気圧の空気というように、水中では人は周りの水圧(環境圧)と、
同じ圧力の空気を吸わなければならない。
しかしインストラクターの中にも、
この「環境圧の空気を吸わなければならない」ということの意味を
正しく理解していない人がいるようである。
より正確に言えば、
「環境圧より低い圧力の空気を吸いたいと思ってもよほど肺を鍛えて、
肺活量というか、横隔膜の筋肉を強化しないかぎり、吸えない。
ホースを咥えただけで、逆に肺から空気が吸い出されてしまう」ということかな。
実際にどれくらいの深さ(というか圧力差)までなら耐えられるだろうか。
肺筋の強さによって個人差があるが60㎝くらいが限界のようである。
ウソだと思うなら、実験してみて欲しい。
パパもんも次に海に行くときに実験してみて、その結果をここで報告してみたい。