頭痛とダイビング
ダイビング中、あるいはダイビング後に頭が痛くなったという経験を持つダイバーは少なくありません。ダイビングでの頭痛は、ストレス、スキップ呼吸、減圧障害、シリンダー内の汚染空気など、さまざまな原因が考えられます。今回は、ダイビングに関連する頭痛について、防衛医科大学校脳神経外科の和田孝次郎先生にお話しを伺いました。
和田孝次郎先生
防衛医科大学校 脳神経外科宇宙飛行士金井宣茂さんと同じ防衛医科大学校卒業。米海軍潜水医官課程を卒業し、海上自衛隊潜水医学実験隊での勤務経験を持つ。現在は防衛医科大学校で後輩医師の育成に尽力中。
※本記事はDAN JAPANが発行する会報誌「Alert Diver」2018年6月号からの転載です。
01.頭痛について知る
頭痛の99.9%は病気とは関係ない「一次性頭痛」
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ひとくちに「頭痛」といってもさまざまな種類があると思いますが、そもそも頭痛とはどのようなものがあるのでしょうか?
和田さん
大きく分けると、病気が原因ではない「一次性頭痛」と、病気が原因の「二次性頭痛」があります(表1)。ほとんどの頭痛が一次性頭痛といえるでしょう。
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では、その一次性頭痛は、頭痛全体で考えるとどれくらいの割合を占めるのでしょうか?
和田さん
99.9%が一次性ですね。さらにいうと、一次性の中でも一番多いのが「緊張型頭痛」と呼ばれるもので、首筋が張ったり、肩がこったりして、後頭部が重くなるような症状がある頭痛です(図1)。ひどくなると鉢巻きで絞められたような痛み(孫悟空の頭痛)になります。
■図1
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なるほど、現代人に多そうな頭痛ですね。
和田さん
緊張型頭痛は、首と肩の血行不良が原因です。頭部への血行が悪くなると、頭皮を支配している神経が過敏になって痛みが起こるようになります。
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片頭痛と似ている気がするのですが、同じなのでしょうか?
和田さん
実は、片頭痛は体質が関係しているのでまた別です。緊張型頭痛は体質とは関係ないので、誰にでも起こる可能性があります。最近多いのは、スマートフォンやゲーム、パソコンなどのやり過ぎが原因の眼精疲労からくる、いわゆる「VDT症候群(※)」と呼ばれる病気です。
もちろん、原因となるのは眼精疲労がほとんどですが、実はそれだけではないのです。他のいろいろなストレス、たとえば、心の緊張も頭痛の原因となる可能性があります。
※VDT症候群=パソコンなどのディスプレイ(VDT =ビジュアル・ディスプレイ・ターミナル)を使った長時間の作業により、目や身体や心に影響の出る病気で、別名“IT 眼症”とも呼ばれています。
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緊張型頭痛の症状を少しでも抑えるには普段からどのような行動を心がければいいでしょうか?
和田さん
筋肉の緊張がほぐれるように、入浴や蒸しタオルなどで首や肩周辺を温めたり、ストレッチやマッサージをしたりすると効果的です。またウォーキングも効果的です。普段から同じ姿勢を続けないように、適度な運動も心がけましょう。
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では、片頭痛とは何ですか?
和田さん
片頭痛は体質と関係しており、疫学調査によると日本人の8.4%、約840万人が片頭痛で悩まされているといわれています。男性よりも女性に多く見られ(約3.6倍)、30代女性では5人に1人が片頭痛を持っているといわれます。
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片頭痛はどうして発生するのですか?
和田さん
片頭痛を誘発する精神的な因子として、ストレス、精神的緊張、疲れ、睡眠の過不足などが挙げられます。また、環境的な因子として、天候の変化、温度差、臭いなどもあります。ダイビングに当てはめて考えると、移動中の疲れだけですでに片頭痛のストレスになったりします。脳血管の拡張が片頭痛の原因となるため、前日の飲酒が頭痛を誘発することもあります。
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休みの日に頭痛が出ることがよくあるのですが、これは片頭痛と何か関係はありますか?
和田さん
それは片頭痛の1つで「週末頭痛」と呼ばれている頭痛です。平日の働いている間は、血管が緊張によって収縮していますが、週末の休みになるとストレスから解放され、リラックスすることによって収縮していた血管が広がるためではないかと考えられています。また、休みの日は睡眠リズムが崩れたり、朝食を抜くことで低血糖になったりなど、頭痛を起こしやすくなる原因はほかにもあります。
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週末頭痛を予防するにはどのようなことを心がければ良いでしょうか?
和田さん
予防としては、平日と休日の落差が大きいことが週末頭痛の原因となると考えられているので、休日も適度な緊張感を持っていることが大切です。友人と買い物に行ったり、まさにダイビングのようなレクリエーションを計画したりするなども良いでしょう。
休日を満喫しているときも、移動中はスマートフォンなどの眼からの刺激は極力避けて、太陽光が強い日の移動中はサングラスをかけるなど、頭痛を誘発する原因を避けて行動するよう心がけましょう。
02. ダイビング特有の頭痛を考える
スキップ呼吸が頭痛を誘発?深くゆっくりした呼吸を心がけることが大切
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ダイビングであれば、一次性頭痛よりも、病気からくる二次性頭痛のほうが危険性は高いと思うのですが、いかがでしょうか?
和田さん
確かにそうですが、一次性頭痛のダイバーでも、一概に危険性がないとはいえません。というのは、頭痛を持っているダイバーは何かしらのストレスを抱えている可能性があります。たとえば、浮力調節に不安があり、中性浮力を取ろうと「スキップ呼吸(※)」をして頭痛を悪化させパニックを引き起こすこともあります。脳というのは、酸素より二酸化炭素に反応しやすく、体内に二酸化炭素が溜まってくると「溜まっているよ」というサインを出し、それが頭痛として現れます。
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なるほど、二酸化炭素過多になることにより、二酸化炭素蓄積性頭痛(図2)となってあらわれるということですね。ナイトロックスのような酸素濃度が高いガスを吸ったら解消できますか?
和田さん
酸素濃度が高いからといって、頭痛が抑制されるわけではありません。深くゆっくりとした呼吸を心がけることが大切です。また、潜水器具に慣れていない場合、逆に不安からいろいろと考えてしまい、結局ストレスにつながるということもあり得ます。ストレスを無理にカバーするのではなく、大事なのはストレスをなくすこと。しっかり呼吸法を改善しましょう。
■図2
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シリンダー内の汚染空気(一酸化炭素中毒など)による頭痛とはどういったものでしょうか?
和田さん
コンプレッサーや車の排気ガス、たばこの煙が誤ってシリンダーに混入することがあります。水中では、水圧により混入した一酸化炭素分圧がさらに高くなり、中毒症状が出やすくなります。この一酸化炭素中毒の症状に頭痛があります。
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それは怖いですね。一酸化炭素中毒の場合、そのままダイビングを続けるとどうなるのでしょうか。
和田さん
一酸化炭素中毒は最初に軽いめまいや頭痛、吐き気などの症状がやってきます。最終的には意識を失ったり、死亡に至ったりする場合もあります。また、恐ろしいことに一酸化炭素は無味無臭のため、気づかずに危険な状態になる「サイレント・キラー」とも呼ばれる気体です。このため、異常を感じた際になるべく早く浮上することも大切ですが、コンプレッサーのフィルターを定期的に交換しているシリンダーを借りるよう、ダイバーも注意が必要です。
※スキップ呼吸=途切れ途切れに呼吸すること。息を止めている状態になるため、二酸化炭素の蓄積を引き起こしやすい。
ダイビングにおける頭痛?さまざまな場面に潜む誘発要因
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ほかにダイビングにおいて起こりやすい頭痛はありますか?
和田さん
初心者に比較的多いのですが、器材装着がきちんとできていないことが原因で起こる頭痛もあります。たとえば、マスクストラップをきつく締め過ぎたり、シリンダーがBCD にちゃんと装着できていない状態で移動していて、シリンダーの重さが腰に分散できず肩にだけかかってしまったりすることも緊張型頭痛の原因となります。
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“緊張型” と聞くと精神的なストレスのイメージがありますが、ストラップの締めつけのような物理的なストレスも原因となるのですね。
和田さん
もちろん精神的ストレスが影響することもあるのですが、それだけではなくて、初心者は器材の扱いに慣れていないため、物理的な影響が原因となることも多いですね。無理に重いウエイトを装着して余計なストレスを体にかけてしまうなどの状況が考えられます。器材を適切に使用し、ダイバー自身の体のサイズに合った器材を使用することが頭痛回避につながります。
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快適に潜ることが大事なのですね。ダイビングでは体に通常よりも高い圧力がかかりますが、その圧力が原因となって起こる頭痛というのは考えられますか?
和田さん
圧力でいうと、比較的に副鼻腔(サイナス)の圧外傷(潜降時のサイナススクイーズ)が頭痛の原因となることが多いです。耳抜きがうまくできないときは、サイナスの通気も悪くなり頭痛を引き起こしやすくなります。無理にダイビングを続けると最後にはリバースブロックが原因の頭痛を引き起こすこともあります。
「頭痛=減圧症」ではない。頭痛だけでは減圧障害と特定できない?
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頭痛は減圧障害の症状としても知られていますね。
和田さん
エキジット後の頭痛でいうと、減圧障害、中でも「動脈ガス塞栓症」に伴う頭痛や、海水を間違って飲むことによる頭痛が考えられます。しかし、実は「減圧症」の症状としての頭痛は、一般的ではありません。減圧症に特徴的なほかの症状(関節痛や神経症状)、あるいは皮膚所見を伴わない場合は、減圧症と確診されません。
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減圧症に関係する頭痛かどうかは、ダイバー自身での見極めが重要になってくるということでしょうか?
和田さん
ダイバーの中で「頭痛が起きれば減圧症を疑う」という認識があるかもしれません。ダイビング後に頭痛が起きただけで、減圧症かどうかを見極めるのは難しいと思うので、関節痛や神経症状(半身の感覚低下、感覚異常、めまい、呂律障害や麻痺)、あるいは、皮膚所見などの減圧症特有の症状から優先的に見極めたほうがいいと思います。減圧時に、パニックで急浮上というような何かしらのトラブルがあったり、何か特殊な要因がない限りは、頭痛だけで減圧症とは少し考えにくいでしょう。ただ、繰り返しますが「ほかの症状・所見があってプラス頭痛」ということであれば減圧症の可能性もあり得るかなと思います。
頭痛の危険信号は“今まで体験したことがない” 痛み
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頭痛の自覚症状はさまざまですが、痛みの場所や強弱、痛み方などで、自分でどのような病気の可能性があるか判断できるのでしょうか?
和田さん
難しいですが、強い痛みを伴う頭痛だとか、予兆なく突然起きた激しい頭痛など、今まで体験したことがないようなわかりやすい症状があれば、ある程度判断できるかもしれません。
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「こめかみが痛い」など、痛みが起こった場所で原因を判断できるのでしょうか?
和田さん
脳は骨に守られているので、痛みの原因と痛みを感じる場所を一致させるような機能は発達していません。皮膚には、痛みの場所を特定できるレセプターのような機能があるのですが、頭の中の痛みのレセプターは非常にアバウトなのです。
痛みの信号が大脳に伝えられて初めて、人は痛みの感覚を自覚するのですが、自覚することはできても頭のどこからきた痛みであるかを判別することは困難なのです。すなわち、頭痛という症状に関しては、痛いと感じる場所に痛みの原因があるとは限らないということです。まずは、「今まで体験したことがない」という点を重視してください。
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「危険な頭痛」と「危険ではない頭痛」に分けるなら、ダイビングにおける危険な頭痛とは、どういったものになりますか?
和田さん
一般的に危険な頭痛というと、前述のとおり「今までに体験したことがない頭痛」となります。ダイビングでの頭痛も同様に、「今までに体験したことがない頭痛」を感じた場合は危険です。病気の可能性があるので二次性頭痛も疑わなければいけません。
03.頭痛への適切な対処法を考える
頭痛には酸素が効く? 適切な治療法とは
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ダイビング後の頭痛の処置にはさまざまなものがあると思いますが、よく耳にする「医療用酸素を吸う」という応急処置は正しいでしょうか?
和田さん
正しいかどうかは別として「片頭痛に酸素が効く」というのは実は昔から言われています。医療者で行っている人もいるので、間違っていることではないかもしれませんが、そこまで効果を期待できるとはいえません。ただし、頭痛が起こると減圧症を連想してしまって不安になる人もいるので「応急処置を施した」ということがストレス軽減になり、症状が改善することもあります。
※日本では、潜水事故(減圧障害、溺れ)の応急手当時に限り、医療用酸素を使用することができます。また、適切な教育と訓練を受けた人のみ酸素を使用できます。
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インストラクターは、ダイビング後にゲストから「頭痛がする」と言われることがあります。その場合、いつもの痛みと違うと感じるのであれば、病院に受診を勧めるという対応が一番適切なのでしょうか?
和田さん
そうですね。ただ、病院に連絡する前に原因は一緒に探ってあげましょう。そのダイビングの中で、スキップ呼吸をしていないか、耳抜きはちゃんとできていたか、副鼻腔はしっかり抜けていたかなど、何か頭痛を引き起こすようなトラブルはなかったかを聞いてあげて、状況によっては病院を勧めていいと思います。
頭痛薬を飲んでダイビングできる?ダイビングを楽しむために考えること
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頭痛持ちで、普段から頭痛薬を服用しているダイバーは結構いるのではないか思うのですが、この薬なら服用しても良い、またはこの成分が入っている薬は良くないなど、頭痛薬を服用するうえでのアドバイスを伺いたいです。
和田さん
まず、基本的に体の痛みを止めなければいけないという状態でダイビングすること自体良くありません。それは体の痛みだけではなく、頭痛も一緒と思っていいと思います。
もしどうしてもアドバイスするとしたら、市販薬でお勧めできるのは「カロナール(アセトアミノフェン)」です。同じ解熱鎮痛薬として代表的なロキソプロフェン、イブプロフェン、アスピリンに比べれば胃腸障害などの副作用が少ないため、年齢に関係なく使用可能です。ただ、その代わり炎症を鎮める効果は期待できませんので、それぞれの薬の特徴を把握したうえで使用するとより効果的です。
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消費者側としても、自分で成分を調べて何が適しているか見極めて購入するというところが大事ということですね。
和田さん
そうですね、そのような姿勢は大事です。ただやはり、前述したとおり、頭痛薬を服用しながらのダイビングはお勧めできません。治療薬には窒素酔いや、減圧症の危険性を高めるものもあり、服用なしで頭痛がコントロールされている状態でダイビングができることが、ダイビング適性があることの条件です。
頭痛持ちの人は、それを頭に入れながらまず頭痛と向き合い、頭痛のない状態でダイビングを楽しんでもらえればと思います。
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会報誌「Alert Diver」
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