ダイビング事故後の対応を考えさせられる、和解による終結

ディープダイビング講習中における事故

ディープダイビング講習中に水深25mのところで受講生が意識を喪失してしまったという事故を扱ったことがあります。

インストラクターが、2名の受講生を引率してディープダイビング講習を開始しましたが、予定深度まで届かない26m地点まで潜降したところで、Aさん(事故者)から浮上したいという合図がありました。

一旦海面まで浮上して理由を聞くと、「オクトパスの吸いが悪い気がした」ということで、インストラクターが確認をしてみましたが、オクトパスに特段の問題はありませんでした。

受講生2名とも講習の継続を希望したため、海面上でインストラクターの器材とAさんの器材を交換してから、再度、潜降を開始しました。

水深35mの地点まで潜降して色見本を見るなどの所定の講習を行ない、その後、インストラクターと受講生2名はまとまって浮上を始めたのですが、水深25mあたりで、Aさんの泳ぎが突然弱くなり、インストラクターがマスクを覗くとAさんが意識を失っていることが分りました。

なお、水深30mの地点でAさんの残圧が50、もう1名の受講生(Bさん)の残圧が40であったため、インストラクターはBさんに自分のオクトパスを使用させていました。

インストラクターは、Aさんの手を自分の肩に回して一緒に浮上しようとしましたが、少し浮上したところで、肩にかけていたAさんの手が外れ、Aさんは水深25mの地点まで沈んでしまいました。

インストラクターとBさんは、Aさんのところまで再び潜降し、何とかしてAさんを浮上させようとしたのですが上手くいかず、呼吸抵抗を感じたため、Aさんの引上げを断念し、インストラクターはbさんに水深25mの地点から緊急浮上を指示し、自分もBさんと一緒に浮上しました。

セブ島のサンゴとダイバー(撮影:越智隆治)

裁判における経過

インストラクターは、海中にAさんを残してしまったことを悔やみ、自分を責め、何度もAさんの自宅に謝罪に訪れるなどしていました。
それは訴訟になった後も継続して行われていました。

ただし、Aさんが突然意識を失ったことから心筋梗塞などの疾患が強く疑われ、インストラクターがAさんを浮上させていても、Aさんを救命することはできなかったのではないかなどの疑問点がありました。

そのため、裁判においては、Aさんが意識を喪失した原因や救命の可能性があったのかなどが争点となりました。

インストラクター側、Aさんのご遺族側それぞれが、ダイビングに詳しい潜水医学の医師に相談をしました。
私が相談した医師からは、画像所見から重篤なエアエンボリズムが発症したのではないかという意見を頂きました。

双方の立場から医師の意見書などが提出されたほか、裁判所から依頼を受けた潜水医学を専門とする医師による鑑定及び再鑑定も行われ、鑑定医からも意識喪失の原因がエアエンボリズムではないかという意見が出されました。

なお、エアエンボリズムの原因についても、Aさんのご遺族側からは「浮上スピードが速かった」という主張があり、インストラクター側からは「息こらえが原因」という反論がされ、双方の意見は様々なところで対立しました。

裁判所を通じて様々な機関に対する調査を実施することなども検討され、裁判は4年間以上続きました。

裁判上の和解による終結

再鑑定が終了したあたりで、裁判所から和解の勧告が出されました。
できれば円満に解決したいという当事者の希望もあり、和解手続きが行われましたが、Aさんのご遺族からインストラクター及びダイビングショップの責任者に会いたいという要望があり、関係者が同席する機会が設けられました。

当日は、事故前のAさんのご家族が楽しそうに映っているお写真などを拝見し、Aさんが常日頃、楽しそうにダイビングの話をされていたことや、とてもインストラクターのことを信頼していたことなどを伺いました。

事故から何年も経過していましたが、Aさんのご家族は、今でもAさんのことをとても大事に想っていました。
この事故でAさんの御家族がどれだけ苦しんだのだろうかと思うと、なんて声をかけていいのか分かりませんでした。

しかし、それでもAさんのご家族は、インストラクターが事故後にお花を送り続けてくれたことに対する感謝の言葉を述べられ、話を聞きながらずっと泣いていたインストラクターに対し、「今後は自分の人生を歩んでください」という声をかけられました。

裁判所における手続きとしては異例のものでしたが、事故後ずっと自分を責め続けてきたインストラクターにとって、Aさんご家族からそのような言葉をかけてもらえたことは非常に救いになったのではないかと思います。
Aさんのご家族にはただただ頭が下がりました。

本件訴訟を通じて

海中で突然ダイバーが意識を喪失する、自分はエア切れの危険に直面する、水深はかなり深いなど様々な事情から、インストラクターが冷静な判断ができなくなっていた可能性があると思う事案です。

自分ならAさんを浮上させられたと思うインストラクターの方も多いかもしれません。
しかし、予想外のことが起きたとき、いつもできる判断がその時に必ずしもできるとは限らないのです。

そして、不幸なこの事故が最終的に和解で解決できたのは、インストラクターの誠意がAさんの御家族に受け入れてもらえたからではないかと思います。

事故が生じたとき、法的な責任はともかく、誠意を尽くすというごく基本的なことが重要なのだろうと改めて感じた次第です。

Aさんご家族が平穏に、心穏やかに過ごされていることを祈ってやみません。

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PROFILE
近年、日本で最も多いと言ってよいほど、ダイビング事故訴訟を担当している弁護士。
“現場を見たい”との思いから自身もダイバーになり、より現実を知る立場から、ダイビングを知らない裁判官へ伝えるために問題提起を続けている。
 
■経歴
青山学院大学経済学部経済学科卒業
平成12年10月司法修習終了(53期)
平成17年シリウス総合法律事務所準パートナー
平成18年12月公認会計士登録
 
■著書
・事例解説 介護事故における注意義務と責任 (共著・新日本法規)
・事例解説 保育事故における注意義務と責任 (共著・新日本法規)
・事例解説 リハビリ事故における注意義務と責任(共著・新日本法規)
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