台風が温帯低気圧になっても油断大敵!?~ダイバーなら知っておきたい前線の話~
気象予報士くま呑みの“ダイバーのためのお天気講座”
日本最悪の海難事故はなぜ起こったのか?
1954年(昭和29年)9月26日に来襲した台風15号は、死者行方不明者が1,761名、船舶被害が5,581隻にのぼりました。
そのうち、青函連絡船だけでも5隻が沈没し、中でも洞爺丸沈没による死者行方不明者は1,155人で、これは日本最悪の海難事故です。
そして、世界で見ても、タイタニック号とサルタナ号に次ぐ第3位です(戦争を除く)。
この時、台風は時速100km以上という猛烈な速度で日本海を進んで北海道西岸に再上陸しました。
再上陸前には、速度を時速40km程度まで落としていたのですが、気象衛星の観測が無かった当時、まだ、台風本体が実際には来ないうちに、函館で一旦晴れ間が出たので、台風の目と勘違いしました。
そこで、台風が通過したと思い込んで、その後は吹き返しがあってもやがて弱まるだろうと推測し、数時間後に出航してしまったのです。
実際には、速度を遅くしていた本体が、出航後の洞爺丸を襲いました。
そして、その後の解析によって、実は、台風は日本海上ですでに温帯低気圧になっていたため、再発達すると同時に、台風のままではありえない閉塞前線が本体の前面にあって、その通過時に、無風の晴れ間が出たとわかってきました。
台風は温帯低気圧化したものの、前線によってエネルギーが供給された結果、大嵐になり、日本最悪の海難事後が起きてしまったのです。
今回は、その辺のメカニズムを、前々回よりお話ししている前線の話でひも解いていきたいと思います。
温帯低気圧と熱帯低気圧の違いとは?
寒冷前線によっての海難事故が起きた事例もお話しました。
しかし、実は、怖いのは寒冷前線だけではありません。
そこで、こんな疑問を持たれた方はいませんか?
「前線」も「低気圧」も天気が悪くなるという意味では同じなのに、実際なにが違うんだろう?って。
今回は、そこをお話したいと思います。
まず、低気圧には、二種類あるのはご存知でしょうか。
「温帯低気圧」と「熱帯低気圧」ですね。
「熱帯低気圧」が強力になったものが台風だということはご存知と思います。
そして、なんとなく、温帯低気圧は前線を伴っており、熱帯低気圧は前線を伴っていないのが違いだということもご存知かもしれません。
それは、温帯低気圧と熱帯低気圧では、エネルギー源が違うからなのですね。
熱帯低気圧は(もちろん台風もですけど)、暖かな海水から蒸発して上昇してくる水蒸気がエネルギー源です。
ですから、先日、連続して本州を襲った台風18号、19号が、どちらも「首都直撃、最大級の警戒を」と騒がれたにも関わらず、上陸してしばらくたつと急速に弱まってしまったのはそのせいです。
暖かな海水からの水蒸気の供給が絶たれてしまいましたから。
一方で、温帯低気圧は、前線があるところをエネルギー源としています。
ですから、必ず温帯低気圧は前線を伴うのですね。
では、温帯低気圧の一生と前線との関わりについてみてみたいと思います。
温帯低気圧の一生と前線との関係
まず、温帯低気圧の発達について少しみておきましょう。
温帯低気圧は、蛇行を始めた停滞前線が次第に折れ曲がって、その前後が温暖前線と寒冷前線となって動き始めたところに発生します。
ですから、停滞前線が北側に波打ち、やがてとがって折れ曲がっているようなところを見つけたら、翌日には低気圧がそこに発生している可能性が高いです。
そして、温暖前線と寒冷前線が(北半球では)反時計周りに渦をまくように動き始めます(図1)。
こうなると低気圧はどんどん発達します。
そして、最盛期には閉塞前線になるのです(図2)。
図3(下記)の温暖前線は、図1のAの部分の鉛直断面、図4(下記)の寒冷前線は図2のBの部分、また、図5(下記)の閉塞前線は図2のCの部分です。
このように温帯低気圧の発生・発達と、前線の動きには密接な関係があります。
※今回のここまでの図は、すべて松江気象台のページから引用しました。
松江気象台 前線の種類
温度差がエネルギーを生みだす
では、前線のあるところに、温帯低気圧のエネルギー源があるというのは、実際はどういうことでしょうか。
そもそも、前線のように「温度差がある」ということは、実はエネルギーの源になる状況にあるのです。
私達の一般の生活でも、電気を使って冷蔵庫やクーラーのように、周囲より温度の低いところを作ります。
これは、エネルギーを使って、熱エネルギーの低い場所をわざと作っているわけです。
逆に、海水などで温度差があると発電ができます。
同じようなことは、温度だけではありません。
位置エネルギーでも言えることです。
例えば、北海道にある摩周湖は、水面の標高が355mありますから、標高がもっと低い湖より絶対的な位置エネルギーはあるはずです。
もし、周囲の山にトンネルでも掘って、水をもっと低いところに落としてやれば、実際に発電などもできるかもしれません。
しかしながら、摩周湖には、流入する河川も流出する河川もないため、水が(より低いところに流れるという意味で)動くことがなく、水の位置エネルギーは、現実には他のエネルギーに変わることはありません。
ところが、摩周湖よりずっと低いところにある我が家のお風呂の水でさえ、湯船の底の栓を抜けば、水は運動エネルギーに変わって下水に流れていきます。
もし、そこにプロペラをつければ、たとえ少量でも発電をすることすらできるでしょう。
つまり、絶対的に高いところにあるか、低いところにあるかよりは、周囲との差があるかどうかが、エネルギーを取り出せるかどうかの鍵になるのです。
温帯低気圧は、この「温度差」がある状態で、冷たい空気が暖かい空気の下に潜り込もうとする運動エネルギーが生まれ、その力で発達していくのです。
図6は、その模式図、また、図7は、立体的にそれを見た図です。
つまり、前線というのは、それ自体がエネルギーを生み出す源であり、温帯低気圧はまさにそのエネルギーをもらって発達しているということなのです。
台風亜温帯的圧になっても油断は大敵
熱帯低気圧である台風が、「温帯低気圧になりました」と言われると、一見危険は去ったように思いますが、実は新たなエネルギー源を得たことになり、再発達する可能性もあるということです。
今年の、台風18号と19号は、いずれも中部地方や西日本にはかなりの被害をもたらしましたが、特に首都圏では、「大騒ぎしたわりに平気だったな」と思った方もいるかもしれません。
実際、関東では、そんなに大きな被害は出ていませんし、予想よりもはるかに早く晴れ間がでてきました。
しかし、もし、前線が日本上空にある状況で同じように台風が進んできたら、台風が温帯低気圧化して再発達し、洞爺丸台風のようなことが起きていたかもしれません。
なにしろ、暖かい海水をエネルギー源とする台風と違い、温帯低気圧は陸上でも発達できるのですから。
ですので、今後、もし似たような状況であっても、必ず、自己判断は避けて、天気予報・防災情報に耳を傾けるようにしてください。