海面を走る花、西表島の「ウミショウブ」を守るために【第一章】
煌々と夏の太陽が照らす水面を、風に身を任せ美しく漂う白い花をご存知だろうか。この花の名は、「ウミショウブ」という海草の一種で国内では石垣島と西表島周辺海域といった限られた場所にしか生息しない。さらに、ウミショウブの花が水面を走る光景を見られるのは、夏の昼間であること、大潮であることといった2つの条件が揃うことが前提であるという。ではどういった理由で水面を移動するのか。そして、ウミショウブも年々減少傾向にある藻場と同様に少なくなっているのか。そこで本記事では、西表島に咲く「ウミショウブ」に焦点を当て、数々のドキュメンタリー番組で活躍中の映像家・中川西宏之さんの情報提供のもと、上記の謎について解いていこうと思う。
そもそもウミショウブって何?
ウミショウブとは淡水や海水に限らず水中で生育するトチカガミ科ウミショウブ属に分類される海草(うみくさ)の一種。日本国内では石垣島や西表島周辺海域、海外では今年6月にパラオでも西表島と同日にウミショウブの開花が確認できたという。
というのも、ウミショウブは潮が変わる大潮の時にしか受粉を行わず、普段水中に生息しているウミショウブは干潮の時になると水面の位置が下がり雌花が顔を出す。そして、その大潮のタイミングに合わせるため大潮の2日前ほどになると雄花を切り離すため細胞を壊す準備をするそうだ。その後、雄花は酸素濃度の高い空気の泡を作り、水面で待つ雌花まで風によって流され受粉が行われる。この光景が水面を走るように見えるため、巷では「海面を走る花」と呼ばれているのだ。
(動画開始2分頃にウミショウブの水面移動が見られる)
続いては、ウミショウブもその他の藻場と同様に減少傾向にあるのかについて見ていこう。藻場には海の環境を守るいくつもの働きがあり、小さな魚たちが身を守るために隠れたり、草食性の生き物の餌になったりと水中環境にも欠かせない存在だ。そして今でこそ、日本でも注目を集めている海洋産業「ブルーエコノミー」の中にも海藻を活用した「カーボンオフセット」が多くの企業から持続可能な未来エネルギーとして着目され始めた。そんな海藻や海草の生息する藻場は年々減少傾向にあり、「ウミショウブ」も環境省レッドリストの絶滅危惧種Ⅱ類に登録されている。その原因の一つとしてアオウミガメによる採食が関係しているのではないかとの課題が上がった。そこで、ここからはウミガメとウミショウブの二つの関係性について触れてみようと思う。
アオウミガメとウミショウブの関係性
前述したように、ウミショウブをはじめとする海草は草食動物の餌となる。ウミガメは基本的に雑食であるが、日本で観察できる「アオウミガメ」「アカウミガメ」「タイマイ」の3種類は食べ物を分けることで共存しており、その中でも特にアオウミガメは主食として海藻や海草を好むため、藻場減少の原因の一つとして考えられている。そこで、西表島では、ウミショウブの育つ藻場を守るために4つの海岸でアオウミガメによる採食を防ぐため防止枠が設置、アオウミガメに向けた対策をとった。
採食防止枠を設置することでアオウミガメの捕食から守られたウミショウブだが、それはあくまで枠内のみだという。枠外のエリアは広大で、ほとんどのウミショウブがアオウミガメによって採食されている。なぜこのような事態が起きているのかについて紐解くため、次はアオウミガメと人間によるウミガメ漁について見ていこう。
アオウミガメと人間の関係性
実は西表島が属する八重山には昔からウミガメの食文化があるという。しかし、現在は以下の沖縄海区漁業調整委員会のグラフから見ても分かるとおり、素潜りによるウミガメ漁はほとんど行われていない。絶滅危惧種とはいえ、ウミガメが捕獲されなくなった事実も少なからず藻場減少への影響を与えていると考えられる。
採食防止枠の設置は絶滅危惧種であるウミガメを捕獲せずとも、ウミショウブを守る方法としての最善策と言える。西表島では自然環境保全地域に指定されている崎山湾には環境省が。美田良海岸、祖納海岸、高那海岸には、任意団体「西表島在来植物の植栽で地域振興を進める会」が助成金などで設置し、採食防止枠の内側ではウミショウブがのびのびと成長している。
そういえば西表島ってどんなとこ?
西表島は、沖縄県八重山郡竹富町に属する八重山列島の島で、沖縄県では本島に次いで二番目の面積を誇る。西表島のほとんどが西表石垣国立公園に指定されており、イリオモテヤマネコをはじめとする希少な野生生物が今も生息している。また、日本で一番広いマングローブ林が形成されており、栄養豊富な水が海に流れ込むことで生物多様性に満ち溢れ、陸上だけでなく水中世界も美しく豊かな島。
第一章はウミショウブの現状を2本の動画を参考にまとめた。気になる第二章はウミショウブのその後についても見ていこうと思う。かつては人間の手を加える必要のなかった動植物が、今では絶滅の危機に犯され保護することが当たり前かのような時代になってきている。しかし、どれだけ悔やんだとしても過去は変えられない。改善よりも現状維持を最善に捉え、現代までつながれた生命を2030年までではなくもっと先の未来まで残していきたい。
中川西 宏之プロフィール
中川西 宏之
映像家、合同会社SAI 代表社員
1965年東京都生まれ山梨県育ち。高校卒業後NHK(日本放送協会)へ入局。技術職としてさまざまな番組制作に携わる中で、「撮影」という仕事で生きていくことを心に決める。
2008年NHKを依頼退職。オーストラリア、東京などを経て現在の拠点は沖縄。熱帯のサンゴから南極まで縦横無尽に活動。陸海空どこでもなんでも撮影。テレビ番組ではNHK総合「ダーウィンが来た!」NHKBSプレミアム「ワイルドライフ」などの撮影を担当。近年は台湾の企業と8Kの映像制作に取り組んでいる。