ジャック・マイヨールの生涯を描いたドキュメンタリー「ドルフィン・マン」 ~レフトリス・ハリートス監督インタビュー~

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2017年12月7日(木)深夜1:00(8日AM 1:00)と、2018年1月5日(金)深夜3:30(6日AM 3:30)、WOWOWプライムにて、「ノンフィクションW ドルフィン・マン〜ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ」が放送されます。

海を愛する人のバイブル的な映画『グラン・ブルー』(1988年)。
この映画の主人公のモデルとなったのが、伝説のフリーダイバーである、ジャック・マイヨールです。

日本の人々とも親交が深かったジャック・マイヨールは、1976年に人類史上初めて水深100mに達する偉業を達成。
その後、映画『グラン・ブルー』の主人公のモデルとして脚光を浴びました。

一方、晩年はうつ病になり、自らの手で命を断ちます。
そんな波乱万丈の人生を歩んだジャック・マイヨールの生涯を描いた、ドキュメンタリー映像がこの度制作されました。
この作品の監督であるレフトリス・ハリートス氏にお話をおうかがいしました。

■聞き手/寺山英樹
■撮影/菊地聡美

映画のイメージとは異なる
本当の彼を“ディスカバー”しようと思った

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寺山

なぜジャック・マイヨール(以下、ジャック)をテーマに今回の作品を作ろうと思ったのでしょうか?

監督

実は、最初はギリシャのスポンジ(海綿)漁を追うドキュメンタリーを撮ろうと動いていましたが、その過程で彼にいきついたのです。やはり、彼は海の世界で伝説的な人ですから。もともと彼の人生に興味があり、また、自分自身がギリシャ出身だということもありました。彼ほどのすごい人生を歩む人だとフィクションになってしまうけど、そうではなく、あえて世界中を周って、本当の彼をとらえることが面白いと思いました。

寺山

私はダイビング業界にいることもあり、ジャック本人を知っている方に話を聞くこともあります。世間的なイメージはすごく良いですが、実際に会った人からは、ネガティブな人物像も聞くこともありました。そして、最後にはうつ病になり自殺してしまいます。

ドキュメンタリー映像を作ることにおいて、真実にするとネガティブな方へいってしまうかもしれない、死を解き明かす必要があるのか、といった懸念はなかったですか?
寓話(ぐうわ)的、伝説的な人のままにしておけば良かったという葛藤などはなかったのでしょうか?

監督

自分自身、とてもすごい人だと思って取り組みましたが、映画と実際の人物像とは違うと聞いていました。実際、途中で彼のことを嫌いだと思う一面もあったりはしました。だけど、誰でもポジティブな一面だけでなく、ネガティブな部分もあります。
しかし、彼のポジティブな一面というのは、最終的に寓話にしておくよりもよっぽど素晴らしいものであり、そういう意味では悩むことなく、本当の彼を“ディスカバー”しようと思いました。

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寺山

最初に思い描いていたジャックの人物像と、最終的な彼のイメージとでは、違いはありましたか?

監督

彼を調べていくうちに、「非常に複雑な人間だな」と思ったと同時に、「非常にクリアな人だな」とも思いました。
ジャック・マイヨールという1人の人であっても、彼の友達に聞く場合と、エージェントに聞く場合、フリーダイバーのように彼を神格化している人に話を聞くのでは全然違うし、国によっても違う。いろんな国でいろいろなキャラクターを演じていた。
でも、一方で共通するのは、エゴイスティックで、怒りっぽくて、女好きというところもあるということ。

イタリア人にインタビューした時も、彼は水中と陸にいるときは人が違っていて、水中ではいい人であり、陸では印象がよくない人でした。
彼自身もそれを自覚していたのではないかと。
地上にいると常に人に囲まれてはいたけど、意外と人は好きじゃなくて、水中でイルカといる方が好きだったのではないかということを感じていました。

世界で一番認知度が高いのは日本
その共鳴した理由とは

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寺山

それくらいエゴが大きくないと、偉業は達成できないということかもしれませんね。

監督

彼の場合、グランブルーのキャラクターの方が有名になってしまったことが苦悩につながってしまった。

寺山

人生にはフェーズがあって、先日の上映会で「最初の20年間とあとの10年間とで人が変わった」と、ジャックと親交の深かった、成田均さん(インタビュー記事)がおっしゃっていたのが印象的です。

その中で、ジャックにとってなぜ日本が特別だったのかという話がありましたが、なぜそういう存在になったのでしょうか。
親友ともいうべき成田さんの存在が大きいからなのかなとも思ったのですが。

監督

日本に来てからが大きな変化のきっかけだったのではないかと思います。
彼は非常に肉体を使って生きてきた人だったので、年齢を重ねるごとにその肉体が少しずつ衰退していくのを感じていました。

昔だったらテレビに出るときも録画だったりしますが、90年代に入ってからは全部ライブ中継。
そうすると、映画の中の美青年の彼と、実際は年をとってきている自分との違いや、実際にダイビングをしても昔ほどうまくできなかったり、女の人にモテなかったりとか、そういったギャップに苦しみ始めて、それが許せないタイプだったのではないかと思います。
そこから変化が起こってきたのはないかと。

寺山

当時、日本で『グラン・ブルー』はとても話題になり、日本の40歳以上のダイバーはほとんど知っている。
その年代なら、ダイビングをしていない人でもなんとなく知っているという感覚がありますが、海外のヨーロッパだと、映画やジャック自身はどの程度の認知度だったのでしょうか。

監督

認知度でいうと、日本が1番で、次にフランス。
アメリカやカナダでは、映画も知らなければ、ジャックの名前も知らない人がほとんど。
私が思うに、日本で彼がこれほど崇拝されているのは、彼の持つ哲学的な部分、競技としてではなく自分との闘いみたいなスピリットの部分ではないかと思います。
禅の考え方などが日本人に対して響き、これほどまでの人気になったのではないかと。

寺山

監督自身はいつからご存知だったのですか?

監督

世代的に映画も知っていたし、ジャックが主人公というのは知ってはいましたが、どんな人かはまったく知らなかったです。

それこそたくさんの人が「グラン・ブルー」に影響を受けてダイビングを始めました。
主人公を演じた、ジャン=マルク・バールを見て、みんな彼をジャック・マイヨールだと思い、憧れとなっていくという事実に対して、実際の彼は60歳。
映画の中の彼とは違っていて、彼は全然ハッピーではなかったのではないかと思います。

彼ではなく、彼を演じているジャン=マルク・バールの影響を受けて、崇拝していった人が多かったのではないかと。
ジャックが亡くなったニュースの時に、彼の写真が出たというくらいですからね(笑)。

ドキュメンタリーに感謝
ジャック・マイヨールの周りの方たちの反応

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寺山

今回のドキュメンタリー作品を作ったことで、ジャックの娘さんをはじめ、日本で親交が深かった、成田さん、自然写真家の高砂淳二さんたちが「感謝しています」とおっしゃっていました。
イメージとは違う、ギャップがあるところを親交があった方たちは知ってほしかったのでしょうか。
その3人の方たちが口をそろえて「感謝しています」と言ったのは、どういう意味だと思われますか?

監督

特に娘さんは、ハリウッドセレブのような子供でもなんでもなく、ごく一般的な方です。
成田さんも含め、誰からも聞かれることもなく、「本当は違うのに……」と、ずっと思ってきたと思います。
「誰もわかってくれないから絶対言わない」という思いもあったけど、逆にどっかで「本当のことを言いたい、話したい」という心理的葛藤もあっただろうし、ずっと溜め込んできたのではないかと。
それを自分が映像にして、きちんと表現されたことへの感謝だったのではと感じています。

寺山

他国の親交があった方たち、作品に出ていたカメラマンや友人の方々は、作品を見た後の反応は、「よくぞ言ってくれた」という反応なのですか?
それともまた違うのでしょうか。

監督

まだ誰も見ていないんですよ。
インタビューした人のだいたいはアメリカ人で、アメリカではまだ試写会をやっていないので。
娘さんにもまだ映画は見せていないですが、最終的にできたスクリプトは見せました。
それに対しては「すごくいい」というものではなくて、「ああ、いいんじゃない」くらいの返事がありましたが、見たときにはどうなるかなと。

ただ自分の家族のヒストリーを見るのは、気分的にどうなんでしょう。
成田さんでさえも最初は「すごいいい作品だけど、消化するのに時間がかかる」と言っていたので……。

寺山

高砂さんと一緒に取材に行った時に、高砂さんがよくお話しする言葉があります。
例えば「海は母で、海中はまるで子宮の中にいるようだ」など、語られる言葉が、ジャックが作品の中で言っていたことと同じだったので、高砂さんを含め、さまざまな方が影響を受けていたんだなと改めて映像を見て思いました。

監督

高砂さんが影響を受けたというのはその通りで、ジャックはものすごく影響力のある人で、カリスマ性があり、すぐに人を虜にするような人。
それには2面性があって、そうやって虜にするから、高砂さんとかが海の世界の素晴らしさをその後もずっと伝承していきます。
そういう意味では、彼のカリスマ性は素晴らしいけれど、意外とそれを利用するところもあって。
生涯家も持たず、海水パンツとゴーグルだけで世界中に行けたのも、みんなが良くしてくれたり泊めてくれたり、成田さんにおいては借金して家まで買ってあげたから、日本に住めたわけで。
とにかく影響力がある人だったんだろうなと感じますね。

編集期間8ヶ月のビッグプロジェクト
根底のテーマは死生観

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寺山

イメージと異なり、さまざまな複雑な面を持っている中で、その人物像を浮き彫りにするためには、いろいろな人に取材をしなければならなかったと思います。

作品のテーマやストーリーはどのようにして決めたのですか?
どのような取材をし、どれくらいの制作期間をかけて完成までたどり着いたのでしょうか?

監督

作品が最終的にどうなるのかというのは置いておいて、かなりきちんとフォーカスしました。
まず台本があって、テーマというのも、1つは海であり、1つは環境であり、1つはジャック・マイヨールという人であり、それに基づいて、ストーリーなどが決まっていきました。

エピソードとして、イタリアに撮影に行ったら風が強くて天気がすごく悪かったから、カメラマンがこれは無理だから家の中で撮影すると言って大喧嘩になりました。
僕は現場やそのシーンをすごくこだわってやっていて、だからテーマを考えるのに時間をかけなかったけど、どう編集するかというのがすごい大変でした。
あちこちの国に行ってやることだし、テクニカルな問題もあったり。
編集は8ヶ月で、その中でも集中してやったのは6ヶ月ですかね。

プロデューサー

8ヶ月という編集期間はとても長いです。
普通だいたい1ヶ月、かけても2ヶ月なので、いい意味で、これはビッグプロジェクトでした。

監督

ドキュメンタリーだと1年くらいかかるものです。
それによってどう見えるかが全然変わるので。
ある意味この作品もそうだけれど、見る人によって違う風に見えるというのはとてもいいのだけれど、それでも僕は自分にとっての見え方を決めなければならない。

表向きには海があるけど、もう1つの意味として、「死」があります。
「この作品の僕の見え方は、死です」と言うと、作品が売れなくなってしまうので、表向きは海にフォーカスしていますけど。

その「死」というのは、ネガティブな意味だけじゃなく、ポジティブな意味もあります。
これを見た人が、すごく悲しいけれどちょっとハッピーだったりとか、死んだあと、最後にイルカが出てきたりして希望につながったり。
ある意味、死生観ですかね。
生きることの意味、死生観みたいなものを最終的に問うというのがテーマだったのではないでしょうか。

寺山

日本のファンも、「なんでジャックは死んだのか」と、なんとなく、死んでしまった、自殺したという事実だけが残ってしまっていて。
ポジティブにも受け止められるリアルなラストが、皆さんが感謝したところなのでしょうね。

監督

寺山さんは、なんで死んでしまったと思っていましたか?

寺山

晩年寂しい思いをして、うつ病で自ら命を絶ったと。病気ということが一番大きいのかもしれませんが、根底には、やはり絶望があったのだなと、トークショーの時の成田さんの言葉から思いました。

ジャックが話したという「僕は人の未来に失望している。100年後か200年後か、きっと言ったとおりになっているだろう」という言葉は印象的です。また、「人間にイルカたちのインスピレーションが少しでもあったらパラダイスになっただろう」という言葉は、ドルフィンマンらしくも、やはりセンシティブな方だったのかなと思ったり。また、あれだけ人生を謳歌しているように見えていた彼が、晩年、「犬と家と家族を大事にしろ」と言っていたことを聞くと、少し切なくはなります。

ただ、事実だけを見るとネガティブでかわいそうに見えるのですが、感覚的にはポジティブに捉えていましたし、死を聞いたときもそこまで驚きはありませんでした。誤解を恐れずに言えば、もともと自ら死を選択するのはありだと思っていますので。

このドキュメンタリーによって、みんな知りたいことが知れてよかったなと思います。

監督

自殺を否定的ではないとらえ方をする日本の死生観とやはり相性が良かったとはいえるかもしれません。欧米の宗教観では、なかなか理解しづらい部分です。

 

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さいごに

寺山

ちなみに、監督は潜ったりダイビングをしますか?
これに影響を受けて始めたりしますか? というか、ぜひ、やってください!

監督

みんなそういう風に言いますが、泳いだりシュノーケリングするだけで十分です。

寺山

ちょっと残念(笑)。
でも、客観的な目線だからこそ、できたんでしょうね。
僕みたいに海が好きだったり、ジャックを神格化していると入りこんでしまう。そうじゃないから良かったのかもしれないですね。

監督

そうかもしれないですね。
映画を作る監督として、客観的に、ベストは尽くしたと思います。

寺山

最後に、日本のダイバーへのメッセージをお願いします。

監督

ダイバーって、なんであんなところを潜ってしまうんだろうと、理解できない人たちでもあるのですが(笑)、さまざまなダイバーに会って、いろどり豊かで、人生豊かに生きている人たちだなと思いました。

海を愛している人たちだから、海を守ることとか、海をさらに発見することとか、自然に対する敬意もすごい。
僕が、「これを見て自然を大事にしよう」などのメッセージを言うまでもなく、それを理解している素晴らしい人たちですよね。
だから、ぜひそのままでいてほしいなと思います。

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WOWOWオリジナルドキュメンタリー
ノンフィクションW
ドルフィン・マン ~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ~

【WOWOW】

■12/7(木)深夜1:00 (8日AM1:00)
WOWOWプライム 5.1 字

■1/5(金)深夜3:30 (6日AM3:30)
WOWOWプライム 5.1 字

jakku

【ストーリー】

伝説のフランス人素潜りダイバー、ジャック・マイヨールの数奇な生涯に迫ったドキュメンタリー。
1988年に公開された映画『グラン・ブルー』は“素潜り”に命懸けで打ち込む青年が主人公の海洋アドベンチャー。この主人公のモデルこそマイヨールだった。彼は、上海在住の幼少期、何度か佐賀・唐津を訪問。そこで海女と触れ合ったことが将来へとつながる。成長した彼は世界を放浪、フロリダでイルカに出会い彼の運命が決定付けられる。素潜りの世界を極めるべく、インドでヨガに出会い、日本の禅寺で精神を鍛え、ついに1976年、人類史上初めて水深100mに達する偉業を達成。それは“人間を超越した感覚”を経験した瞬間だった。その後『グラン・ブルー』の公開で脚光を浴びるが、晩年うつ病になり自ら生涯を閉じる。
番組にはマイヨール本人の映像が随所に登場。実子、写真家ら彼と交流のあった人たちや彼に影響を受けた現役のトップ・ダイバーらが証言する。そこから見えてくる知られざる素顔や、人生に落とした影、日本との強い絆を通して、彼が生涯をもって人々に伝えたかったことを“深く”探っていく。ナレーションは『グラン・ブルー』で主人公を演じたジャン=マルク・バール。

※詳細はこちらから
http://www.wowow.co.jp/detail/109974

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