【ダイビングの新常識!? 】「潜ると鼻毛と爪が早く伸びる」という都市伝説を深掘ってみた

ある日、オーシャナ社内のチャットで河本社長からこんな通知が来た。「今更ながら、この話を深掘りして調べてみませんか??どうも、僕の周りも、僕自身も同じような話を感じた事がある」。

何かと思って、メッセージを確認したら、「ダイビング都市伝説〜鼻毛と爪が伸びるのが早い!?〜」というオーシャナ記事がリンクされていた。やはり社長は目の付け所が違うな…(笑)この記事では、「爪の“新陳代謝が活発になる”説」や「ただ“気になる”説」、「鼻毛は海に雑菌がいっぱいいるから伸びが早い?」などが挙げられていたが、いまいちしっくりこない…(笑)。

そこでオーシャナ編集部は、多くのダイバーの体のトラブルを診察してきている山見信夫先生(以下、山見先生)から意見を仰ぎ、深掘りしてみることにした。鼻毛と爪の伸びが早いなぁと思っている全国のダイバーの皆さま必見!

まずは全国のダイバーにアンケートでご意見を伺ってみた

そもそも、ダイビングをしていると鼻毛と爪の伸びが早いのか?最近のアクティブダイバーの実際のご意見を聞いてみようと、SNS(TwitterとInstagram)で伺ってみた。

Twitter


Instagram


その結果、伸びるのが早いと感じている人が多いという結果に!TwitterとInstagramの回答者数はほぼ同時数だが、Instagramでは圧倒的な差が見られた。やはり、ダイビングをしていると鼻毛と爪の伸びが早いということなのだろうか。都市伝説と思われていたことが、もしかしてダイバーの新しい常識になってしまうのか!?

真相を確かめるべく、山見先生にお話を伺ってみた。

教えてください、山見先生!ダイバーは鼻毛と爪が伸びやすいのでしょうか?

編集部

まずは、鼻毛について教えてください

山見先生

研究報告を見たことがありませんので調べてみましたが、鼻毛とダイビングを直接関連づける研究は見つかりませんでした。ただ、脱毛症や植毛をした方が、高い気圧で酸素を吸うと、毛細血管の再生が促進され、脱毛率が減少するという報告はあります(Zhe-Xiang Fan,2021)。動物実験では、ラットに高い圧力下で酸素を吸わせると、肌や毛の周囲にある毛包のコラーゲンが増えるという報告もあります(B Sula, 2016)。マウスを使った実験でも、血液の流れが悪い部位は、高濃度の酸素が、毛の成長を早めるという報告があります(Harunosuke Kato,2020)。

編集部

おー!ということは、鼻毛だけでなく、体全体の毛に影響を与えているということですね。髪を伸ばしたい方にダイビングをおすすめしてみます(笑)。

では次に、爪について教えてください。

山見先生

確かに、海から帰ってきた日の夜、爪の白い部分が増えた気がして爪を切りたくなりますよね。結論から言うと、気圧や酸素濃度は、爪に何らかの影響を与えている可能性があると考えられます。

たとえば、飽和潜水(水深335m相当圧や305m相当圧)をすると、指の爪にボーズライン(Beau’s Line)という横溝ができることが知られています(H.Schwartz,2006)。ボーズラインは、体にストレスがかかったときにできやすくなるもので、300m相当圧を超える環境が体にストレスを与えてボーズラインができるのだと考えられます。ただ、このボーズラインは、爪の成長が一時的に抑制されたときにできるといわれています。ということは、飽和潜水は、爪の成長を抑制したことになります。

ただ、生体の反応は、かなり高い圧力下(または、かなり高い酸素分圧下)と、わずかに高い圧力下(または、わずかに高い酸素分圧下)では、真逆になることがよくあります。たとえば、100%酸素を吸いながら深場でダイビングをすると、痙攣などの酸素中毒症状が現れる可能性がありますが、エンリッチド・エア・ナイトロックスなど、適度な酸素濃度のエアを吸うとダイビングのパフォーマンスが上がりますね。ですから、通常行われているスキューバダイビングが、爪の成長を抑制しているとはいえず、爪に何らかの影響を及ぼしているかもしれないと考えられるのです。

そこで、別の研究報告を見てみると、水深4m圧で35~39.5%の酸素を吸うと、指の爪にある毛細血管の血流速度と流量が増大することが示されています(Badur Un Nisa,2022)。35~39.5%というのは、スクーバダイビングでよく使われるエンリッチド・エア・ナイトロックス程度の酸素濃度ということになります。一方で、気圧と酸素濃度が低い標高の高い地点は、ダイビングとはいわば逆の環境でありますが、そこでに長期滞在すると、爪に変化が起こりやすいことが知られています(Lt Col G K Singh,2017)。つまり、気圧や酸素濃度は、爪に何らかの影響を与えている可能性があると考えられるのです。

編集部

なるほど。「ダイビング都市伝説 〜鼻毛と爪が伸びるのが早い!?〜」 で紹介されていた「爪の“新陳代謝が活発になる”説」は、結論だけ見ると間違っていなかったのかもしれませんね。ダイビングが爪の成長に影響しているということは驚きです!

最後に、「加圧トレーニングをすると、爪や髪が伸びやすくなるらしい」と言う意見があるのですが、その点についてはいかがでしょうか?

山見先生

加圧トレーニングと爪や髪を直接関連づける研究報告はありませんが、加圧トレーニングをすると、血液中の成長ホルモン量がかなり増加することは知られている事実です(佐藤,2011,2014)。そういう観点からすると、爪や毛髪に影響する可能性はあるのかもしれません。

山見先生、ありがとうございました。「ダイビング都市伝説 〜鼻毛と爪が伸びるのが早い!?〜」の内容と比べ、かなり説得力のある見解をいただけて、河本社長もオーシャナ編集部一同も満足(笑)。ダイビングを科学や医学的に見てみると、まだまだおもしろい発見がありそうだ…。

医療法人信愛会山見医院 院長・医学博士 山見信夫
杏林大学医学部卒。宮崎医科大学医学部附属病院、東京医科歯科大学医学部准教授、同大学院准教授等を経て現職。
DAN Japan緊急ホットラインドクター、警視庁水難救助隊講師、海上保安大学校研修科潜水技術課程講師、日本高気圧環境・潜水医学会理事・専門医認定委員・広報委員長などを歴任。現在も海上保安庁の潜水アドバイザー、NHK潜水撮影研修講師、DAN Japan運営委員等を務める。日本高気圧環境・潜水医学会専門医・評議員、日本スポーツ協会公認スポーツドクター、日本医師会産業医・認定健康スポーツ医、DAN Japan DDNetドクター・インストラクター、CMASマスターインストラクター・コースディレクター

ダイバー必読!体のトラブル対処法がわかる、山見信夫先生の新刊
『ドクター山見のダイビング医学』
山見先生が長年にわたり研究・診療を続けてきた減圧症をはじめ、ダイバーに多く見られる耳や鼻のトラブル、めまいや船酔い、窒素酔い、酸素中毒、シニアダイバーの注意点など、内容は多岐にわたる。症例と原因、予防法を網羅した本書は、安全にダイビングを楽しむために、ぜひおすすめの一冊だ。

  • 山見信夫 著
  • 発行年月日:2021/7/28
  • サイズ・ページ数:B5判 288ページ
  • 価格:4,400円(税込)
  • 発行:成山堂書店
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PROFILE
0歳~22歳まで水泳に没頭し、日本選手権入賞や国際大会出場。新卒で電子部品メーカー(広報室)に入社。同時にダイビングも始める。次第に海やダイビングに対しての想いが強くなりすぎたため、2021年にオーシャナに転職。ライターとして、全国各地の海へ取材に行く傍ら、フリーダイビングにゼロから挑戦。1年で日本代表となり世界選手権に出場。現在はスキンダイビングインストラクターとしてマリンアクティビティツアーやスキンダイビングレッスンを開催。
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