『世界で一番美しい ペンギン図鑑』出版記念、水口博也さんインタビュー【後編:自然写真を撮るということ】
2018年6月に、誠文堂新光社より「世界で一番美しい ペンギン図鑑」を発行された水口博也さんにインタビュー!
『世界で一番美しい ペンギン図鑑』 (誠文堂新光社、2018年6月発行)
前編では、なぜ南極取材を続けるのか、そして、ペンギンの変化について語っていただきました。
今回は、野生生物を取り続けてきた水口さんに、自然写真を撮る意味を聞きました。
動物や自然にインパクトを
与えてしまうことへの対価とは
山本
私はかつて、『オルカ アゲイン』(風樹社、1991年2月)に書かれていた一節が忘れられません。
ホエールウォッチングが盛んになり、9年間親しんだシャチたちを取り巻く社会環境の変化に際し、水口さんはこう記しました。
ー『オルカ アゲイン』P100より引用
いま、取材や写真に対して、どういうスタンスで接していらっしゃいますか?
水口
実は僕、もう自分は撮らなくてもいいと思っているんです。
山本
う、水口ファンとしては、聞き捨てなりませんが。
水口
もちろん、これまで撮影されていないものは、撮りますよ。(笑)
最近は写真ファンが非常に増えて、写真を撮る人間が、最も動物にインパクトを与えてきている、と僕は思っています。それ以前に、彼らがすむ環境に足を踏みいれること自体、インパクトを与えてしまう行為です。
クジラなんか完全にそうです。
アマチュアの方はある程度は仕方ないでしょう。しかし、プロは、インパクトを与える事は重々わかったうえで、その対価を考える必要があります。
山本
水口さんが思う対価、とは?
水口
やはり、啓蒙に尽きるでしょう。
取材、撮影で得た成果は、共有財産にして広く一般に還元することがプロの条件だと思っています。
30年くらい前の大昔ですかね、まだ捕鯨問題なんかが取り沙汰されていて。“そうではない”意見を作るうえで、僕の写真が役に立った事は間違いないと思うんです。
僕の場合、何がしか啓蒙活動が写真に必要な場合、そうした写真がすでに世のなかにあるならば、僕がわざわざ海に出て、相手にインパクトを与えてまで撮るよりは、借りた方がよっぽどいいと思っています。こうした撮り方をすることで、より自分の世界を表現できるというのであれば話は別ですが。
やみくもに撮るよりも
融通しあうことを選ぶ写真家たち
山本
『世界で一番美しい ペンギン図鑑』では、どうなんでしょうか。
水口
『世界で一番美しい』シリーズは、自分が撮影したものも多少は使うけれど、世界中からいいものを集めて作っています。
ペンギンについては、長野と共著という形にしました。
ペンギンには、二大分布地があって、ひとつは、サウスジョージアやフォークランドなど南米の先端から南極半島にかけて、もうひとつは、オーストラリアやニュージーランドの南側にある亜南極の島々です。
僕は、南米〜南極半島へは20年来通っているのですが、ニュージーランドの南方は、あんまり撮っていないんです。
一方で、長野は、ニュージーランドおよびその南方の亜南極の島じまにすむペンギンの写真をものすごく撮っていた。見せてもらったら、クオリティもいいんです。
で、共著という形で行こうと。
その他、足りないものは、海外から何割か持ってきてまとめました。
セレクトは、全部僕がやっています。
山本
海外からというのは、フォトエージェンシー?
水口
今、大手のフォトエージェントが変わってきています。
最初は、借りるまでの説得に手がかかりましたが、今では、「水口ならこういう本にしか使わないはずだ」という信頼を築けているのでスムーズですね。
また、僕の写真もけっこう入っているんですよ。
そういう面で、価格的な交渉もしやすいんです。そこそこ量も借りますからね。
山本
水口さんだから借りやすい、という裏事情もあるんですね。
水口
海外のトップクラスの動物写真家たちも、割と同じことを考えています。
「啓蒙活動に使うなら、写真を融通し合おうよ」と。
プロのとことん上の人たちだけですが、あえて動物にインパクト与えて、世の中にあるような写真を撮るぐらいなら、自分の写真を使ってもらっていい、人の写真を借りてもいいと思っている。
各メディア、声をかけていいか迷うんですけどね。案外、その辺はフランクなんですよ。
山本
だからこそ、これほど写真の写真が一同に会すことができたんですね。
水口
はい、100パーセント網羅すべく、揃えました。
もちろん、生態に関する内容も充実させています。
山本
水口さんの本は、いつも揃え方に手抜きがありません。(笑)
一枚の写真で経過を見せるのは不可能
変化は物語で語られるべき
山本
しかし、啓蒙といっても、やり方次第では諸刃の剣ですね。
水口
困るのは、「温暖化がわかる写真を撮ってきてよ」といった依頼ですね。
経過的なものなので、一枚の写真で見せる事は、まず無理なんです。
ひどいものもありました。
北極で撮られた写真で、点々と氷が浮かぶ中のひとつにホッキョクグマがいる。で、キャプションに「冬でも北極圏は氷がなくなるところがあって、ホッキョクグマは生きるのが難しくなってます」とある。
注意深く見ると、北極圏の冬には、こんなに太陽出ていないから、夏に撮られた写真かな……とか。
また、氷河が壊れていくところを切り取って、「温暖化が進んでいる」なんていっても、昔から季節が来れば壊れてるわけで。毎年。
そういう一枚って、ものすごく嘘をつきやすいものなんです。
大きなテーマを言うときに、一枚の写真で伝えようとすると、極端な一断面を切り取り出すことになります。強烈ではあるかもしれませんが、嘘である可能性が極めて高いでしょう。
戦争の報道だってそうですよね。ものすごく悲惨なところを一枚とるか、ものすごく楽観的なところをとるかで、大きく印象が変わる。
本当に一枚で語る写真もないわけではないと思うんですが、変化を見せるには難しい。
かといって、極端な例を二枚並べたら分かるのかっていうと、それはそれで、すごく恣意的な部分が働いてしまう。
山本
見せ方って、難しい問題を孕みます。
水口
では、嘘をつかないレポートって何か。
それは、本にするとか、組写真にするとか、たくさんのもので説得していくしかない。ひとつの物語で伝えていく。それにつける原稿は、目撃者としての証言になる。
特に環境問題っていうのは、そこがかなり求められる世界ですね。
写真を撮る際も、この写真をどうまとめるかという視点で撮らざるを得ない。
特に、クジラやイルカの場合は、一枚の迫力ってありますけど、ペンギンの場合は、環境問題ともっと密接に絡んでいるので、一枚で見せるってことはあんまり考えてないですね。
この写真を今後どう使っていくか。そして、どういう物語に使っていくか、ものすごく考えています。
山本
最後に、今後の方向性を教えてください。
水口
ここにきて、写真というものが、プロだけのものではなくなってきています。
まとめるというところでは、決定的にプロの世界ですが、一点一点の写真については、特に。アートの世界は、また別ですけども。
もう自分の写真にこだわらなくてもいいなと思っているんです。
むしろ世の中で撮られたものをどう構成するかに力を注ぎたいなと。
それぞれの人が、各人ならではのキャラクターや能力を持っていますが、僕が自分自身の能力を考えると、人生で残された時間、いままでにない表現方法での写真は撮りたいことは事実ですが、それと同時に世のなかにある写真をまとめることにかけたほうがいいよねっていう思いはあります。
山本
半分、残念のような……。
水口
でもね、本を作っていると必ず、「こういう写真が欲しい」という思いが生まれてくる。そして、その写真はまだ撮られていないものなわけで。(笑)
山本
理想は、先へ先へと現れてくるわけですね。ありがとうございました。
書籍紹介
『世界で一番美しい ペンギン図鑑』
いま、世の中にあるペンギン本の中では、写真の質、量ともに“一番揃っていると言っても過言ではない”ペンギン図鑑。水口さんの他、共著の長野敦さん、そして、世界中の写真家による、優れたペンギンの写真が200点以上掲載されています。
ペンギンの生態のみならず、ペンギンを取り巻く地球環境にまで言及。専門家からの寄稿もあり、ペンギンの生態についてより深く理解することができます。
『世界で一番美しい ペンギン図鑑』 (誠文堂新光社、2018年6月発行)
水口博也
プロフィール
水口博也さん
写真家。科学ジャーナリスト。1953年大阪生まれ。京都大学理学部動物学科卒業後、出版社にて自然科学系の書籍の編集に従事。1984年フリーランスとして独立。以来、世界中の海をフィールドに、動物や自然を取材して数々の写真集を発表。1991年「オルカ アゲイン」で講談社出版文化賞写真賞受賞。
新刊紹介
〜今年発行された2冊〜
・『世界の海へ、シャチを追え!』(岩波書店、2018年5月)
・『世界で一番美しい クジラ&イルカ図鑑』(誠文堂新光社、2018年3月)
関連書籍
〜ペンギンと南極の本たち〜
・「南極の生きものたち (月刊たくさんのふしぎ2015年12月号)」(福音館書店、2015年11月発行)
・『ペンギンびより』 (Sphere Books、2009年1月発行)
・『風の国・ペンギンの島』(アップフロントブックス、2005年8月発行)