海の宝箱みたいな本が作りたかった 〜「海の辞典」出版記念・中村卓哉さんインタビュー〜
水中カメラマン・中村卓哉さんの海の写真と文で綴られた
「海の辞典」(雷鳥社)が4月20日(金)に発売された。
16cm / 287pという小さいサイズで、
身長180㎝を優に超える中村卓哉さんが手にすると手の平にすぽっり。
そんな小さい本だが、込めたられた思いは大きかった。
―――――「海の辞典」を出すきっかけを教えてください。
昨年3月、初の写真集となった「わすれたくない海のこと」(偕成社)が出版されて、
さあ、次は何を出そうかあれこれ考えているときに震災が起きました。
すぐに、海に対する怖い思い、ネガティブなイメージが
ついてしまうことが心配になったんです。
潜らない人にとって海って何だろうと考えると、
この植え付けられたネガティブなイメージになるんじゃないだろうかと思いました。
じゃあ、すぐに海にポジティブな発言をしたいかといえばそうでもなく、
自分の中にも少しは海に対する恐怖心がぬぐえないでいました。
だから、ネガティブなことを言わないようにはしていましたが、
その前に、自分の中で「海って何なんだろう?」という自問自答が生まれたのです。
そして、昨年の7月くらいかな。
「よし、自分にとっての海を見つめ直してみよう」と思ったんです。
そこで、過去の写真を洗いざらい出してきて、自分の海の原点を探していると、
10歳のときに潜った沖縄のサンゴ礁のイメージが蘇ってきました。
海という言葉で連想させられるシーンはこういう理屈抜きの気持ちいい海だなと。
―――――その思いを形にするのは大変なことではありませんか?
まず、大事にしたかったのは、海を知らない人にも伝わること。
最初のうちは、コンセプトも何もなく、
ただ海を伝えるためにどうするか見つめ直す作業をひたすらしていました。
海を知らない人に「海ってこういうもんだよ」と伝えるためにどうしたらいいのか?
そうした作業の中で、海のいろいろな表情を見せようと、
少しずつジャンルを分けていくようになったのです。
海の色、海の例え、海の名前、海の音、海の言葉……。
ジャンルに合わせて500以上の言葉を探して、
それに合う写真をおよそ160点ピックアップしました。
でも、あくまで海を知らない人たちの気持ちを大事にしたかったので、
ノンダイバーであるデザイナーと編集者に
写真の選びや大きさ、並べる順番を決めてもらいました。
290ページの大ボリュームの本になりましたが、
自分にとっての海がすべて詰まった集大成です。
―――――サイズが小さく、書体も可愛いですが、子供を意識してのことでしょうか?
どういう人に見せたいかと考えた時、
やっぱり、一番見てもらいたいのは子供でした。
自分がそうであったように、海が人の心を癒したり、
海に教えられたり、そういうことを子供たちに少しでも感じとってほしい。
だから、まずは子供が手にとりやすいように。
そして、誰にでも持ち歩けるようなサイズと重さにしました。
大人にとっても、気軽に持ち歩けるサイズと重さで、
雑貨屋やヴィレッジヴァンガードなんかで売っていそうな素敵な本になりました。
一方で、もちろん、写真を大きく見せたい願望もあるんですよ。
でも、そこをあえて小さくして、
本を開くといろんなものが飛び出してくる宝石箱みたいな本にしたかったんです。
――――――ひとつ驚いたのが、写真に魚の名前や撮影地の情報がない。なぜでしょうか?
写真展をやるとハイアマチュアやダイバーだと、
「あそこのハゼですね」とか「レンズはどうなの?」とか、
作為的なことに関心がいきがちです。
でも、そうなると照れくさくなっちゃったりして、
もっと五感で感じとってほしいと思ってしまいます。
海って何がすごいのか?
10歳で初めて潜ったとき、水中は太陽でキラキラしていて、
自分の吐く息がボコボコと聞こえて、
手で触れることもできて、目で見ることもできる。
単純に、そんな海の入り口の部分で驚いたこと、感動したことなど、
感じたことをそのまま入れたいと思いました。
だから、撮影地なんかより、「ボコボコ」って言葉を入れたりしているんです。
その点、子供たちは素直です。
写真のイソバナを見て「うわ〜赤い!」とか
マンタを見て「でかーい」、「こんなに広いんだ海は」と海を真っすぐに感じている。
そんな出会いの瞬間の思いを大事にしたいと思っています。
―――――最後にひと言お願いします。
写真をよく見せようと思うと光沢の出る紙がいいのですが重い。
ですから、この本はマット系の紙を使っているのですが、
それもやっぱりいつも持ち歩けるような本にしたかったからです。
余談ですが僕は小さいころから4コマ漫画が大好きで、
続きのあるテレビのドラマも漫画もあまり見ません。
4コマ漫画は前から見なくても、どこからでも読めて、
同じものを繰り返し見ても新鮮ですし、見ていないのが見つかったりすると嬉しい。
「海の辞典」もそういう読み方をして欲しいと思っています。
ランダムに開いて、こんな写真があったんだ、
この言葉いいな〜と、少しでも長く楽しんで欲しい。
ぜひ、「海の辞典」を旅のお供によろしくお願いします。
中村卓哉Takuya Nakamura