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仕事終わりに一本どう?石野昇太のゆうドキむねドキ〜夕暮れ時の生態行動を追え!〜(第1回)

スミレヤッコの繁殖行動を追え!いま、サンセットダイビングがアツイわけ閲覧無制限

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どうして海に潜るの?と聞かれてあなたはなんと答えるだろうか。地形が好き、大物に興奮する。ただ潜るだけで気持ちがいい。あるいはウミウシに癒されるという人もいるだろう。

海は、ただ潜っているだけで癒される

海は、ただ潜っているだけで癒される

私は、魚の繁殖行動を追いかけている時が一番楽しい。ダイビングの醍醐味の一つは、水中という特殊な環境下で、触れられるくらい間近で動物を観察することができる点にあると思っている。

本連載は、沖縄本島を拠点にガイド業を生業としている石野昇太が、魚たちのちょっとエッチで笑える生態行動を紹介していく。いつまで続くか分からないが、ネタが尽きるまでご笑覧いただきたい。

夕方からのダイビングが実はアツイ!?
背徳感と魚たちの昼とは違う一面を味わおう

これまでは、ダイビング後の飲み会を楽しみにダイビングツアーに参加されるダイバーがほとんどだったと思う。それが昨年から、大人数で集まることすら難しくなり、せっかく遊びに来たのに、ホテルの一室でその日撮ってきた写真を見ながら独りで晩酌するしかない。これってちょっと寂しい。

そんな時こそダイビング後の一杯を数時間遅らせて、夕方の海に潜ってみてはいかがだろうか。多くのダイバーが引き上げた後の一見静かな海の中では、昼間とは違う魚たちのちょっと変わった様子が見られる。

いつもはスルーしがちなオジサンだが、求愛するときには驚くべき体色の変化を見せる

いつもはスルーしがちなオジサンだが、求愛するときには驚くべき体色の変化を見せる

オスはメスを誘おうと意気込んでいるし、メスはオスを受け入れるための準備に余念がない。海の中全体がソワソワした雰囲気で満たされているのだ。

もちろん早朝や太陽が燦々と照りつける昼間に繁殖活動を行う種もいる。だが、夕方に見る生態行動は、誰も潜っていない時間に潜るというある種の背徳感に似た感情と、少しずつ明るさが奪われていくことに対する緊迫感が相まって、すごく興奮する。

生き物が好きという方に特におすすめのサンセットダイビング。騙されたと思って試しに一度潜ってみたら、もう二度と「潜り終わったらすぐビール」なんて思わなくなるかもしれない。

空が赤く染まる中、ドキドキとワクワクがいっぱいのサンセットダイビングへ

空が赤く染まる中、ドキドキとワクワクがいっぱいのサンセットダイビングへ

スミレヤッコの産卵を見るなら挙動不審なオスを探せ!

「ゆうドキむねドキ」第一回目のターゲットはスミレヤッコの産卵だ。

スミレヤッコの産卵

スミレヤッコの産卵

日本では南日本の太平洋側や琉球列島で見られる、青と黄色の体色が鮮やかな小型のキンチャクダイ科の魚である。沖縄本島では、ドロップオフの側面にある亀裂やオーバーハングした根の天井裏など、暗がりにいることが多い。

とても臆病な性格で、昼間に見たいと思ったらかなり慎重にアプローチしなければならない。大光量のライトを当てようものならすぐに亀裂の奥へと隠れていってしまう。美しい体色の割にいまいちダイバーからの人気が無いのは、その観察しづらさのせいだろうか。

ところがだ、夕方の海に潜ってみると、根の隙間を右往左往しているスミレヤッコたちの姿が容易に見つかることだろう。もしその中に、広範囲を往来するひと際大きな個体を見つけることができたら、それがオスだ。

スミレヤッコのオスは、メスに比べて黄色い範囲が広く、ヒレの青いラインが鮮やか

スミレヤッコのオスは、メスに比べて黄色い範囲が広く、ヒレの青いラインが鮮やか

スミレヤッコの世界では一夫多妻のハーレムが形成されていて、1匹のオスが持つテリトリーの中にはだいたい3〜4匹の決まったメスがいる。日が傾いてくると、オスは活発にテリトリー内を巡回し、メスの様子を伺うようになる。

もし、あなたがスミレヤッコの産卵を見たいと思うのなら、はじめにこのオスを見つけることが肝心である。あとはメスたちの準備が整うまでこのオスを追い続ければいい。うまくいけば、1ダイブで何回も産卵を見ることができる。

産卵直前のスミレヤッコのメス お腹が卵でパンパンだ

産卵直前のスミレヤッコのメス お腹が卵でパンパンだ

愛撫に駆け引き!?
見どころたっぷりの繁殖行動

 
スミレヤッコの受精様式は体外受精で、ペアで上昇産卵を行う。2匹で浮き上がり、メスが放出した水に浮く浮性卵にオスが精子をかけるというものだ。この放精放卵は一瞬の出来事で、浮き上がっていた2匹は瞬く間に根に隠れてしまうし、卵もすぐに離散してしまうので見慣れていないと何が起こったのか分からないかもしれない。瞬きをこらえて観察していただきたい。

受精卵はすぐに離散していく

受精卵はすぐに離散していく

私が思うに、一連の繁殖行動の中で、特にナズリングと呼ばれる仕草が一番の見せ場だ。これはオスがメスに産卵を促すための行動で、よく「オスがメスのお腹をつつく」ようだと表現される。「もうすぐ産卵だ!」という緊張のピークであり、もっとも写真が撮りやすいシーンでもある。

ナズリング オスがメスの“お腹”をつつきながら上昇していく

ナズリング オスがメスの“お腹”をつつきながら上昇していく

恥ずかしながら私には、この行動がメスを愛撫しているようにしか見えず、キンチャクダイ科の産卵を見ている時が一番興奮する所以でもある。是非ともこのナズリングがどういうものなのかご自身の目で見ていただきたいが、魚の繁殖行動の見どころはこれだけではない。

産卵に至るまでのオスとメスの駆け引きもまた見ていて面白い。他の多くの魚たちと同様、スミレヤッコの繁殖においても、メスに最終決定権がある。どれほどしつこく求愛しても、メスがヤル気になるまでオスはいつまでも待たされる。

臆病なメスは幾度となく途中で産卵をやめて隠れてしまう。それでもオスは諦めずに求愛し続けなくてはいけない。産卵の観察は、あと一歩!のところでやめてしまうシーンを何度も見ることになる。メスの準備が整った段階で、ようやく産卵をさせてもらえるのである。このもどかしさも、見ている側の気持ちを昂らせる要因の一つかもしれない。特に男子諸君、これはとても身につまされる話ではないか。振られても諦めない、このオスの様子が何とも健気で愛おしくなるのだ。

産卵直前、メスのお腹から卵が溢れ出てきそう。この状態でもメスは途中で産卵をやめて逃げてしまうことがある。

産卵直前、メスのお腹から卵が溢れ出てきそう。この状態でもメスは途中で産卵をやめて逃げてしまうことがある。

一見、メス優位のスミレヤッコの恋愛事情だが、ことはそう単純ではない。ハーレム内には複数匹のメスが暮らしている。夜になるとスミレヤッコたちは根の亀裂に隠れて眠ってしまうので、オスは完全に海が暗くなる前にハーレム内の全てのメスたちと産卵を終えなくてはならない。いつまでも同じメスに求愛し続けていると時間内に終わらなくなってしまう。メスが放卵に手こずるようなら、オスはしびれを切らし一旦その場を離れて次のメスに求愛しにいく。そのメスもダメだったらまた次。それもダメならはじめに戻って求愛し直し。そうして順繰りに求愛していく。オスはオスで意外と時間にはシビアなのだ。時々、離れていくオスを、まるで「待って、あとちょっと、次は大丈夫だから!」と言って追いかけるようなメスの行動を見ることがある。一度次へいくことを決めたオスは振り返らない。限られた時間の中で繊細な駆け引きが行われているのだ。

強いオスはテリトリー内に複数匹のメスを抱える

強いオスはテリトリー内に複数匹のメスを抱える

1匹のメスは1日に1回しか放卵しないので、コトが終わったオスはすぐさま次のメスを誘いに行く。そうしてテリトリー内にいる全てのメスが産卵を終えると、先程まで慌ただしく右往左往していたオスは、突然活発さをなくしあっという間に姿が見えなくなる。いわゆる「賢者タイム」というやつか。満足した様子で寝床につくのである。

放精放卵が終わった次の瞬間に2匹は離れる。オスは次のメスを誘いにいく

放精放卵が終わった次の瞬間に2匹は離れる。オスは次のメスを誘いにいく

季節ごとに変わる繁殖行動の様相

私は常日頃から、一つのホームと呼べる海を持って継続的に同じ対象を観察することダイビングの楽しみをより一層増してくれるのではないかと考えている。魚の繁殖行動についても、一度上手に写真が撮れたからといってそれで終わりにしてしまっては面白さの半分にも触れていないと思う。季節の移り変わりまで感じられるようになってはじめて、繁殖行動の面白さを余すことなく味わったといえるかもしれない。

たとえば、春は繁殖期の始めだ。まだ産卵に慣れていない若いメスはかなり警戒心が強い。求愛に応じはするものの、上昇途中でやめてしまう神経質なメスに手を焼くオスの姿を何度も見る。

本当にあった話だが、「あ!放精放卵した!」と一瞬思うくらい寸前のところまでいったのに、近くを別の魚が通ったせいでメスがいきなりやめてしまったことがある。勢い余ったオスは途中で止められずに放精してしまったのか、慌てふためきながら逃げたメスを追いかけるなんて出来事があった。オスの顔はまるで「えー出ちゃったよー!」と言っているようだった。

盛夏には互いにかなり手慣れてきて失敗はほとんど起こらない。すこぶるスムースに産卵が行われるため、もっとも容易に産卵が見られる時期である。

産卵期が終わりかける晩秋ともなると、今度はメスにはほとんどヤル気が残っていないにも関わらず、いつまでもオスだけがヒレを広げて求愛をし続けるというような日が出てくる。これはこれでオスの写真を撮るいい機会ではあるが、必死に「あと一回!あと一回!」と懇願している姿がどこか切ない。同じ男としてシンパシーを感じずにはいられない光景である。

このように1年をとおして追い続けることで、オスとメスの駆け引きが変化していく過程を観察することができるのである。

奇しくもテレワークやワーケーションなど、働き方や生活スタイルが変わりつつある昨今。仕事終わりに1本だけ潜ったり、一週間の出張の合間で夕方だけ潜り倒したり、なんてことがやりやすくなってきたのかもしれない。とはいえ、そういう働き方が難しいという方も少なくないと思うので、私の拙い連載から魚たちの繁殖行動の面白さに少しでも触れていただければ嬉しい。

まるでハートのような愛の結晶はこの後、潮に乗って長い旅に出かけていく

まるでハートのような愛の結晶はこの後、潮に乗って長い旅に出かけていく

石野昇太さん
プロフィール

石野昇太さん
1988年沖縄生まれ東京育ち。八丈島にあるフィッシュウォッチングに定評のある老舗のダイビングショップで5年間の修行を終え、祖母の家がある沖縄本島へ移住。2018年に「誰もがワンランク上の水中写真が撮れる」ように全ダイブがフォトセミナーのダイビングサービスをやりたいという思いで「ゴリラハウス」を開業。「撮りたいが叶う、潜りたいに適う」をコンセプトに、ゲストの希望に合わせて朝から晩まで潜り倒す生粋のダイビングバカ。最近は沖縄本島だけに留まらず、各地の心踊る光景を求めて遠征ツアーも開催中。
▶︎石野昇太さんのインスタグラムはこちら

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