【オジサンの繁殖行動】超高速秘技!美しく体色が変化したオジサンの求愛に刮目
沖縄では3月から順に県内各地で海開きが行われ、海水浴をしている人たちをちらほら見かけるようになった。4月からは水温が23度まで上昇し、魚たちの活性も上がってきた。まだ、サンセットダイビングをウエットスーツで潜るには若干寒く感じる時期だが、夏がすぐそこまで来ているのを徐々に実感しはじめる今日このごろだ。
前回、スミレヤッコを題材に繁殖行動を追いかけることの面白さを説いた「夕どき胸ドキ」。第2回のターゲットは、第1回をお読みいただいた方にはもう予想がついているかもしれない。そう、オジサンだ。ヒメジ科の仲間で、日本では南日本の太平洋側から琉球列島まで広く分布している普通種。今回はこのオジサンの繁殖行動を観察しに、サンセットダイビングへ出かけよう。
誰もが一度は、数匹で群れる小さな魚をインストラクターに指差されて「オジサンたちの幼魚でーす(笑)」とか、「メスのオジサンです♀」とかダジャレ混じりに教わった経験がおありだろう。そんなインストラクターは私以外にいなかったかもしれないが、これが意外にも水中だとウケるのだ。それはさておき、2本のヒゲを巧みに操り採餌(さいじ)している姿を面白がって観察していた頃が、きっとあなたにもあったはずだ。今ではそんなありふれた普通種なんて気にも留めないだろうが、実はいつでもいる普通種こそ生態観察にはもってこいの対象なのだ。騙されたと思って、もう見向きもしなくなったオジサンにもう一度注目してみてほしい。
オジサンのヒゲに注目
今回、ターゲットにするオジサンは標準和名つまり正式名称が「オジサン」だ。若くてもオジサン。メスが老成しておじさん化するわけでもない。とにかく名前がオジサンなのだ。名前の由来は、口元から伸びる特徴的な2本のヒゲだ。このヒゲは、味覚に似た感覚器官の役割をしており、通常は砂地に潜っている甲殻類などを見つけることに使われている。
じっくり観察していると、もぞもぞと岩肌をなめまわしているオジサンが、隙間から飛び出てきた小魚にバクンっと飛びかかる姿を見ることができる。このように、オジサンにとって餌探しをする時になくてはならない重要なヒゲだが、繁殖行動を観察する際にもこのヒゲに注目して欲しい。なぜなら、これが見ていて恥ずかしくなる動きをするのだ。
ナワバリを死守する、カッコイイオジサン
ヒゲについて語る前に、オジサンの産卵形態について紹介しておこう。スミレヤッコと同様、ペア産卵で、卵は海中をバラバラになって漂う分離浮性卵だ。雌雄で上昇していき、放精放卵を行う。普段からよく見る、砂地や岩礁域で地を這いながら採餌しているオジサンからは想像できないくらい高く上昇してから産卵に至る。
見た目から雌雄を見分けることは難しく、群れの規模も把握しづらい。ところが夕方になると、決まった根の上などに集まっている様子が見られる。ここで一番強いオスが複数匹のメスを囲ったハーレムをゆるく形成している。「ゆるく」と言ったのは、時々この群れとは関係のないところで単独の産卵を見かけたりするからで、一般的にはハーレムの境界は曖昧なようである。
とはいえ、一番強いオスは1匹でも多くのメスと産卵したいものだ。いつも私が観察を行う根を牛耳るオスは、メスたちが集まるある一定の範囲に別のオスが近づこうものなら、ものすごい勢いで追い払いにいく。「バヒュン!」って音が聞こえてくるほど。直前までどれだけ激しく求愛していようとも、間男の姿を見かけた瞬間、ヒゲと鰭を折りたたみ、もっとも水の抵抗が少ないフォルムで追いかけるのだ。一切の隙もなくナワバリを守っている。
堂々と自分のナワバリ内で産卵に至るオジサンの姿は、すごくカッコイイ。カッコイイオジサンだ。前述した群れの外で産卵をするペアというのは、もしかしたらこのオスに負けたオジサンが、テリトリーの外で逢瀬を重ねている不憫な姿なのかもしれない。
異様な動きを見せる、オジサンのヒゲ
間男とNo1オスのつば競合いを勝手に擬人化して見ているだけでもオジサンの産卵は面白い。しかし、忘れてはならないことがもう一つある。あのヒゲだ。あのヒゲなくしてオジサンの産卵を語ることはできない。オジサンの産卵で一番の見どころは、求愛時のヒゲにあると私は思う。普段から採餌のためにしきりに動かしているヒゲが、求愛の時には異様な動きを見せる。
もともと地味なオジサンは、求愛時、紫がかった体色に変化し別の魚かと思うほど美しくなる。婚姻色になったオスは背びれを目いっぱい立ててメスの前に陣取る。そして次の瞬間、なんと、ヒゲを超高速に震わせるのだ。
その様子を形容するには「ンベロベロベロベロベロォ」という擬音がぴったりくる。アイドルの歯ブラシを舐めるあの芸人さんを想像してくれればいい。ちょっと気持ち悪いのだ。あそこまで異常なアピールの仕方は他の魚にはない特別な求愛行動だ。
必死になって求愛するオジサン、なりふり構わず頑張っているオジサン。人によっては嫌悪感さえ感じてしまうかもしれないが、怖いもの見たさというか、両目を手で覆って指の隙間からつい覗いちゃうあの感覚、分かっていただけるだろうか。あの高速舌使いは僕のまぶたの裏にこびりついてなかなか消えてくれない。
あ、これはトラウマってやつか。
仕事終わりに一本どう?石野昇太のゆうドキむねドキ〜夕暮れ時の生態行動を追え!〜(連載トップページへ)
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