漂流寸前のトラブルを経験して、いま振り返る教訓と考察
今回のトラブルを、いろんな立場、角度から、私見を交えて見ていきます。
これまでの経緯などはこの二つの記事をご覧ください。
宮古島でのナイトダイビング後に漂流寸前〜事前の状況編〜|オーシャナ
最善策を冷静に考えられるだけの経験の重要性〜漂流寸前の実体験〜|オーシャナ
原因は油断、トラブル後はベストな対処
まずは、ダイビングガイド側の視点から。
船が流された原因は、係留したブイが切れてしまったこと。
通常はかけるアンカーも、船上からは海が穏やかに見えたこともあって、かけていませんでした。
潜降後、ブイの状態を確認していましたが、それでも切れるブイのロープ。
ガイド&ヨットマン人生の長い渡真利さんも「油断しました」と反省しきり。
また、潜っている間、船上に人がいないことも要因のひとつ。
これは、地域のルールで決まっていたり低コストでローカルを雇えたりする海外と異なり、ボートが無人の状態で潜るというのは沖縄では割と一般的なことだと思います。
複数アンカーやアンカーに予備のロープをかけるなどして、慎重に係留することで対処しているのが現状のようですが、こうした船の漂流が起きるたびにツッコミが入る問題です。
個々の問題というより、沖縄全体で考えるべき問題かもしれません。
※伊豆などは、漁師さんが操船&待機していることが多い気がします。
ただ、強調しておきたいのは、渡真利さんの事後処理は見事でした。
何かに執着することなく、また保身することなく、迷いなく最短ルートへ誘導し、指示、連絡はベストだったと思います。
渡真利さんだからこそ、トラブル後に何もなかったとも言えます。
また、このトラブルを教訓にしようというオープンマインド。
「このことを記事にしますが、いいですか?」の問いに対して、「もちろん。実際に起きたことだし、教訓にしないとね」との答え。
当たり前に聞こえますが、事故やトラブルは隠そうとする人が多く、だからこそ第三者組織やメディアが必要なわけですが、ダイビング界ではどれも機能していない中、立派なことだと思います。
以前、漂流事故を起こしたダイビングサービスがその顛末と今後の対策をHPで公表したとき、「あれが悪かった、これが悪かった」「なんでそんなことしたんだ」と批判も挙がりましたが、同時に「事故や過信は起こるもの。むしろ、こういう姿勢のサービスの方が信じられる」という反応もあり、事故やトラブルについては多角的にバランスよく見る必要があります。
あなたは、どこまでリスクを想定して、どんな装備を選択しますか?
次にダイバー側からの視点。
まずは、今回のトラブルについて、“たられば”話。
もし、「あったら良かった装備」は、必要性の高かったものではスノーケル、ブーツ、グローブ。
その後のことを考えれば、レーダーフロートや防水ケースに入った携帯電話や携帯用の通信機などもあればさらに良かったでしょう。
ただ、だからといって、すべてを携帯しろとは言いません。
以前、漂流したダイバーさんが、以後、ペットボトルに水を入れて携帯して潜っていると言っていましたが、どこまでの事態を想定して、どこまで備えるかはその人の選択。
こうした事例を読んで、自分自身で考えるしかありません。
何度も漂流を体験している越智カメラマンは、基本、いつもフロート、携帯用スノーケル(丸めることができる)、アラートを携帯しています。
大物を追い撮影するスキンダイビングが多く、素足、素手はこれからも変えないでしょうが、それはその人の選択、優先順位。
ちなみに僕は、こうなった以上は、今後、足を保護するものは履くことにし、グローブやスノーケルはマスクには付けずに携帯しようと思います。
その人なりの選択、優先順位があって、とやかく言うことではないですが、少なくとも“選択”しているかどうかが大事なポイントかもしれません。
次に悪い方のたられば話。
このナイトダイビングの日はちょうど台風と台風の合間。
翌日からは、かなりうねりが入っていました。
台風時のうねりではよじ登り作戦では生還が難しかったかもしれません。
さらに、流れが沖に向かって激しかったら、陸から離れていたら、たまたま奇跡の波が来てAさんを引き上げてくれなかったら、シーガルで潜っていたら…。
明暗は常に紙一重。
不幸中の幸いだったのかもしれません。
ひざ下の水深でも死ぬことがあるわけですから、正解はありません。
そして、ダイバーとして痛感したのは、海に放り出されたら、最後は泳力、体力、経験、知恵などなど、一人の人間として、動物として自然に立ち向かわなければならないということ。
“誰にでもできるダイビング”というのは目指すべきひとつの道だと思っていますが、普段からフィットネスに気を配っている人がもしもの時に強いのは当たり前ですね。
昔のダイバーは「ダイビングの基本は泳ぐことだ」と、僕もかなり泳がされましたが、トラブルに際して初めて実感する言葉です。
岸壁を登るという異常事態だけでなく、荒れた海でのラダーへのエグジット、うねりのある海でのビーチエントリー・エグジットでは、割と腕力・体力がものをいうのも事実です。
逆に言えば、自分の力量に合ってない海況を見極めることが大事ということでしょう。
トラブルや事故の情報を得られるダイビングメディアの必要性
最後は自戒を込めてメディアからの視点。
今回、船に戻ってきてお酒を飲みながら、「さて、このトラブルをどう扱おうか」「どう説得して書く方向にもっていけるか」と人知れず逡巡していました。
ダイビングメディアのほとんどすべては、現地から呼ばれてプロモーションのために来ています。
つまり、お店との共存関係がベースにあります。
しかし、僕らは、同時に読者との共存関係も強く意識しているので、掲載しないわけにはいきません。
不都合なことが起き、「お願い、書かないで」と言われた時、昔よく使っていた手は、しばらく時間を置いてから、匿名で事例を使って教訓を示すこと。
今回もそうしようかどうか迷いつつ、渡真利さんの反応を読み取るために「書きますが、いいですか?」と投げてみたわけです。
ここで、「頼むから書かないでくれ」と言われていたら、はねのけてでもこうした詳細記事を書けたかどうかは自信ありません…。
これが、ジャーナリズムという側面では、ダイビングメディアの限界かもしれません。
よく「ダイビング業界は都合の悪いことを隠す」と言われますが、これは個々のお店というより、構造上の問題。
その大きな原因が先述した第三者組織とメディアの体たらく。
都合の悪いことは隠した方が得をすることが多いので、プレッシャーがなければそりゃ隠します。
だからこそ、そうした状況の中で、「もちろん、全部書いてよ」との言葉にはとても価値があり、正直ホッとしました。
現地からのタイムリーで臨場感あるこうした事例は多くの人の教訓になるはずです。
同時に、ダイバーが事故やトラブルについての情報を素早く得られる環境を整えることの重要性を痛感しました。
この実現にはメディアのビジネスモデル自体からいじくらないといけない難しいテーマですが、今回のトラブル体験をきっかけに、事故をテーマにしたコンテンツを作ることを決めました。
※
中途半端に情報を出したので心配する声や大げさな噂などにも一部なっていたようですが、以上が宮古島で起こったトラブルです。
この経験、記事が、すべてのダイバーが事故なく安全に潜れる一助となりますように…。