マーメイドが伝えたい、ジュゴンと沖縄の海のこと
米軍の新基地建設が進む辺野古・大浦湾(沖縄県名護市)のレポート第4弾。
生物多様性の宝庫でジュゴンの北限の生息地でもある辺野古・大浦湾は、米軍の新基地建設に向けた埋め立て工事や軟弱地盤の改良工事が進み、環境悪化が懸念されています。今回は、その辺野古の海とジュゴンのことを想って制作された動画を紹介します。また作者の草地ゆき氏に、この動画を作るに至った経緯や想いを語っていただきました。
(文/写真/聞き手:長谷川潤)
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目次
動画「沖縄の物語 A Tale of Okinawa:マーメイドとジュゴンの棲む海で」
2025年4月30日、久米島のダイビングガイドが水中でジュゴンに出会い、撮影に成功したというニュースが流れました。そのニュースを見て涙する一人の女性。主にスキンダイビングやドルフィンスイムのツアーや教室を手掛けるダイビングインストラクターの草地ゆき氏です。映像作家でもある草地氏は2024年12月と2025年3月、僕(筆者の長谷川)と共に、ジュゴンの生息地の北限である大浦湾を潜り、写真や動画で水中の光景を記録していました。
沖縄本島ではかつて3頭のジュゴンの生息が確認され、その内の2頭は、現在米軍の新基地建設工事が進む辺野古の周辺で暮らしていました。餌場である海草藻場ではこれまで多くのジュゴンの食痕(ジュゴントレンチ)が見られていましたが、工事が始まった2018年以降、食痕はほとんど見られなくなり、2頭のジュゴンは姿を消してしまいました。また2019年には、前述の3頭のうちの1頭と思われるジュゴン(辺野古とは反対側の西海岸・古宇利島付近に生息)が、死体となって発見されています。

海草藻場で採餌するジュゴンのイメージ(生成AIによる画像adobe stockより)

2014年に撮影されたジュゴンの食痕(写真提供:北限のジュゴン調査チーム・ザン)
「行方のわからない2頭のジュゴンは、今頃どこで何をしているのだろう? たとえ故郷の辺野古から離れていても、幸せに生きていてほしい。」
イルカやクジラ、マナティなどの海生哺乳類が大好きで、一緒に泳ぐツアーも企画している草地氏は、基地建設工事が進む辺野古の海の現状をこの目で見て以来、このような想いを抱くようになりました。しかし、米軍基地建設というあまりにも大きな問題を前にして、「地元民でもない、いちダイバーに過ぎない自分に何ができるのだろう?」という戸惑いもあり、辺野古で撮影した写真や動画をどのようにアウトプットするか悩む日々が続きます。そんな折、久米島でのジュゴン発見のニュースを目にして、「『沖縄のジュゴンを守りたい』という率直な気持ちをカタチにしよう」と決意します。
そして同年7月上旬、最近始めた「マーメイドスイム」の器材と衣装を携えて、2人で辺野古の海へと向かったのです。この時に僕が撮影した海草藻場でのマーメイドスイムの映像と、12月および3月の辺野古取材で草地氏が撮影した水中映像を素材にして、草地氏の想いが詰まったこの動画が完成しました。
以下の章では、草地氏がジュゴンや辺野古の海に惹かれ、マーメイドスイムを始め、この動画を作るに至った経緯について、本人に語っていただきます。
ダイバーとして「海のためにできること」を考え実行する

野生のイルカと泳ぐ草地氏(2023年6月5日 バハマ・ビミニ諸島)
長谷川
草地さんはドルフィンスイマーでもあり、クジラやアシカ、そしてジュゴンに近い種であるマナティと泳ぐツアーも企画されていますね。海生哺乳類に惹かれている理由を教えてください。
草地
海生哺乳類と泳ぐことで、動物たちのその時その時の感情を感じられることがすごく嬉しいなと思っています。もちろん彼らは野生なのでこちらに興味がない時もたくさんありますけれど、だからこそ関心を持ってくれた時により幸せを感じられるんです。

首に釣り糸が絡まったアシカ(2020年 メキシコ・ラパス 撮影:草地ゆき)
長谷川
そんな海生哺乳類と一緒に泳ぐツアーの中で、楽しいばかりではなく、数々の悲しい光景にも出会ってきたと聞いていますが。
草地
はい、釣糸などの海ごみが絡まったイルカやアシカ、ボートのプロペラで無数の傷がついたマナティなどを目の前にしたことが何度もあります。なのに、それが私たち人間のせいだと疑いもせず、こちらに遊びに来てくれるような子もいて…そういう時は心から、「ごめんね」という気持ちでいっぱいになります。

尾ひれに釣り具が絡まったイルカ(2021年 御蔵島 撮影:草地ゆき)
長谷川
この釣り具が絡まったイルカは、僕も何度か出会いましたよ。釣り具は結局外れてくれたようですが、この子に会うたびに胸が苦しくなりました。海の生き物たちに深刻な被害をもたらしている釣糸や漁具も、今国際的に問題になっている「海洋プラスチックごみ」の一種です。海洋プラスチックごみ問題は、ぼくらダイバー・ドルフィンスイマーが最も身近に感じられる海の環境問題ではないかと思いますが、この問題については既に具体的なアクションをいろいろやっていますよね?

サンゴに絡まった漁網を取り除く(2021年6月24日 小笠原・兄島瀬戸)

ビーチクリーンアップ(2022年10月22日 三宅島)
草地
はい。ビーチクリーンや海中清掃などの具体的なアクション、SNSでの呼びかけや情報発信などを行っています。ビーチクリーンについては、実は最初の頃は「お客様にゴミを見せたくない」という気持ちでこっそり拾っていたんです。でもそうしているうちに傷ついている動物たちを目にするようになり、「ここままじゃいけない!」と思うようになりました。「動物たちにこんな思いをさせているのに、自分には何もできない…」と思い悩んでいた頃もあったんですけれど、でも悩んで何もしないよりもできることを続ける方がずっといいな、と徐々に思うようになって…今は、昔の自分と同じような方たちの気づきや、行動を起こすきっかけになることができたらいいな、という気持ちで続けています。

親子で海ごみ問題を考えるイベント(2025年6月 練馬区立豊玉リサイクルセンター)
長谷川
水中クリーンアップやビーチクリーンアップだけでなく、海ごみの問題を子どもたちに学んでもらう機会を作ることにも力を入れていますよね。
草地
はい。未来を担う子どもたちに問題を知って欲しいという思いは、もちろんあります。でもそれだけではなくて、もともと自分は興味のない難しいことは全然頭に入ってこないタイプなので、子どもたちにもわかるくらい楽しく簡単に伝えることができたら、きっと大人にもすんなり理解してもらえるよね、と思ったのもあるんです。
それに、子どもって正直ですよね。前にビーチクリーンに参加してくれた子がタバコの吸い殻を見つけて、こう言ったんです。「大人は僕たちにポイ捨てはダメだよっていうのに、どうして大人は捨てているの?」って。ほんと、そのとおり! グサッと心に刺さりました。そんな風に子どもが大人に対して純粋な気持ちを伝えてくれれば、大人も何か気づいてくれるかもしれないという思いもあります。
子どもたちは、私たち大人が作ってきた世界を、良いことも悪いことも含めて引き継がなければならないわけで…私たち大人が「子どもたちに少しでもいい未来を残してあげたい」と思って行動することが必要なんだと思っています。
長谷川
そして、映像編集スキルを活かした環境啓発の動画も作っていますよね。YouTubeにいろいろな動画がアップされていますが、中でも「海洋プラスチックごみ問題について、イルカくんが教えてくれるよ!【ニンゲンのみんなへ -ボク、地球が心配なんだ- 】」は、再生回数が9万回を超え、学校や公共施設でも教材として使われていると聞いています。
草地
この動画を作成する少し前までは、プラスチック問題はリサイクルをちゃんとしていれば大丈夫、と思っていました。途中でどうやらそうじゃないらしいと気づいたのですが、最初は何がどうダメなのかが全然わからなかったし、リサイクルがうまく回っていないなんていう発想は一切なかったので、調べてみてびっくりして…これは多くの人に知ってもらいたい!と思ったんです。ただ問題を訴えるだけではなかなか広まらないとも思っていたので、自分の得意な方法で、楽しく伝えられることをやろうと思い、作ったのがこの動画です。
海の環境問題を考えるメディアとしてのマーメイドスイム

バハマの海でマーメイドスイム(2025年5月 撮影:外山明友美)
長谷川
草地さんは2024年からマーメイドスイムを始めて、今はインストラクターになられていますが、どのような想いからマーメイドスイムを始めたのですか?
草地
海の環境保護に関わる活動をするにあたり、何かインパクトがあっておもしろいことができないかなと漠然と思っていたんです。最初は陸上の人魚風コスチュームだけでもいいかなと思っていたものの、フリーダイビングのインストラクターとしては、水中のマーメイドもできた方がいいかな、ということでチャレンジしました。
あと、水族館に野生のイルカを連れてきて水槽に入れたり、決まった時間にショーをさせたりするのはちょっぴりかわいそうと感じていて、イルカショーの代わりにマーメイドショーができたら素敵だなとも思っていたのもありました。近年素敵な先輩の皆さんが水族館でのマーメイドショーにトライしてくださっているので、いつかマーメイドショーがイルカショーを上回る日が来るのも夢ではないかもと思っています。

マーメイドルックで海ごみを拾うツアーの参加者(2025年9月7日 神奈川県真鶴町・琴ヶ浜)
長谷川
9月7日にはマーメイドルックで水中クリーンアップするツアーを開催されましたが、どんな感じでしたか?
草地
元々海中清掃だけでも宝探し気分で楽しんでもらえるとは思っていましたが、みんな揃ってマーメイドルックでゴミ拾いできたらさらに盛り上がるかもと思い実施しました。必須にはしなかったのですが、積極的にチャレンジしてくださる方が思った以上に多くて嬉しかったです!本格的なコスチュームはリスクがあるので、マーメイドのライセンス所持者の方以外にはマーメイドレギンスを着用していただいたり、ヒトデのアクセサリーをつけてもらったりすることにしました。

マーメイドスイムで海ごみを拾う(スイマー:めめ 海んちゅマーメイド 2025年10月15日 沖縄県恩納村 撮影:草地ゆき)
長谷川
マーメイドスイムでこういう活動を行う時に注意している点はありますか?
草地
新しいグッズを使うことは環境負荷につながりかねないので、フリマサイトなどでユーズド品を揃えて貸し出し用にしました。色がバラバラなのがかえって選ぶ楽しみにつながったようで良かったです。ちなみに自分自身のコスチュームは、リサイクルポリエステル使用のものを選択しています。
それともうひとつ気になるのは、マーメイドスイムやビキニでのスイムにはリスクもあるということ。こういう活動がどんどん広まって盛り上がってくれたらと思う反面、そういったリスクを知っていただいた上で、注意を払ってトライしていただけると嬉しいなとも思っています。
辺野古の海とジュゴンに寄せる想いをカタチに

アオサンゴ群集(2024年12月3日 辺野古・大浦湾)

クマノミ城(2025年3月4日辺野古・大浦湾 撮影:草地ゆき)
長谷川
辺野古の海にはこれまで3回行っていますが、基地建設現場と海の中をご自分の目で見た時の気持ちを教えてください。
草地
以前から聞いていたアオサンゴ群集やクマノミ城などが、想像していた以上にまだ残っていたことにはホッとしました。ただ、クマノミ城は建設現場の本当にすぐ近くでしたし、土砂の流入で年々透明度が落ちていると聞いて、心が痛みました。基地建設には賛否両論あると思いますので私はそれについて断言するつもりはないのですけれど、でも大昔からここにいるアオサンゴや一生懸命生きているクマノミたちに申し訳ないなと…。
また辺野古のアオサンゴは他の地域のアオサンゴとは遺伝子が違うとも聞いて、その後すぐに石垣島・白保のアオサンゴも見に行きましたが、形状が全く違っていてびっくり。どちらも大事にしなければと感じました。

辺野古の基地建設現場を撮影(2024年12月3日)
草地
実は、ここに来る以前は正直なところ「基地建設は仕方ないよね」と思っていたんです。でも地元で暮らしている方の話を聞き、その暮らしの変化を感じるうちに、自分が今暮らしている場で自分たちの望まない工事が進められることになってしまったら、自分はどう感じるだろう? とも思うようになりました。

辺野古・大浦湾の隣にある安部海岸の海草藻場でマーメイドスイム(2025年7月9日)
長谷川
かつてはジュゴンの餌場であったと思われる海草藻場を実際に見て、そこで泳いだ時の気持ちを聞かせてください。
草地
ジュゴンが辺野古周辺からいなくなってしまったと聞いて悲しく思っていたので、先日の久米島で目撃されたニュースを聞いた時は嬉しくて涙が出ました。安部の海草藻場で泳いだのはその後だったので、ここにジュゴンがいたんだ、今も遠くで元気に暮らしているのかも、と想像しながら泳ぐことができ、とても幸せで温かい気持ちになりました。でも(同じ仲間の)マナティもそうだけど、あんなに大きな体でこんな小さな草ばかりを食べて生きているなんて、いつもお腹が空いていそう!?そう考えると余計に愛おしかったです(笑)。
長谷川
最後に、今回作った動画を見た方へのメッセージをお願いします。
草地
いろんな意見がある中で、ある角度から見れば「こっちが正しい」と思えるけれど、逆の立場から見れば「そっちも正しい」と感じることってありますよね。メディアやSNSなどの情報も大切だけど、一度立ち止まって「自分にとって何が大切なんだろう?」と思ってもらえると、また何か新しい道が見えてくるかもしれません。私は、海が好きだから、生き物が好きだから、その気持ちを大切にしたいし、伝えたい。そう思っています。
まとめ:「好き」と「伝える」から始める環境活動のススメ

大浦湾でサンゴを撮影する筆者(2024年12月3日 撮影:草地ゆき)
僕もこれまで、いくつかの現場で自然保護や動物保護の活動をしてきました。そして今は「ライター」という立場で、米軍基地建設が進む辺野古・大浦湾の問題にかかわり始めています。いずれも「よそ者」という立場で、誰に頼まれたわけでもなく、自分から勝手に首を突っ込んでいるのですが(笑)、その動機は共通しています。
「守る対象が好きだから」
自然保護、環境活動、社会問題に対する活動…そのいずれにおいても、そこにかかわる人たちの動機や関心事は様々です。辺野古の基地問題については、地元住民の方々の生活や安全への不安、沖縄の自己決定権や自治の問題、沖縄の歴史的・文化的な誇りとアイデンティティの問題、自然環境保護、平和と反戦、民主主義や人権の擁護…すぐ思いつくだけでもこのくらいは出て来ます。
いずれも、とても重くて一筋縄ではいかない問題ばかり。「そんなヘビーな問題に、よそ者の自分はかかわれない」と思うのもある意味当然だと思います。現に、1年前の自分もそのように思っていました。

大浦湾のアオサンゴ群集(2024年12月3日)
ですが、環境活動家ダイバーの大先輩に連れられて、昨年12月にはじめて大浦湾のアオサンゴ群集を見た時、その荘厳さに圧倒され、「このアオサンゴ群集を育んだ大浦湾の自然は、絶対に失いたくない」という強い想いに駆られたのです(「辺野古・大浦湾を潜る 米軍基地建設が進む海で出会った、奇跡のサンゴ」参照)。そして、まずはライターとして、この海の素晴らしさと、それが失われてしまうかもしれない現実について発信していこうと心に決めました。
僕も草地氏も、それぞれ「アオサンゴ群集」「ジュゴン」という「好き」なものがあるが故に、辺野古の基地問題に前向きにかかわっています。このかかわりが、問題解決に向けた具体的な何かに繋がるかどうかはまったく分かりません。でも、まず始めてみないことには、何かを変えられる可能性は永遠にゼロのまま。そして何より、好きなものが失われていくのを何もしないで眺めているのは居たたまれないのです。

大浦湾でサンゴを撮影する草地氏(2024年12月3日 )
僕らダイバーは、海の中を実際に見ることができる稀有な存在。自分の大好きな海や生き物が危機にさらされているのを見たら、「自分には何もできない」と思わず、まずはそれを自分が得意な方法で人に伝えることからはじめてみてはいかがでしょうか。それを受け取った人と繋がることによって新しい展開が生まれ、やがて問題の解決につながる道が開けるかもしれません。
この記事が、自分の身の回りで起こっている問題に対して最初の一歩を踏み出すきっかけになってくれたら、嬉しいかぎりです。

