【BSAC連載vol.01】スノーケルインストラクター資格を導入した理由とその背景
スノーケリングはダイビングに比べて誰でも手軽にできるイメージがあるが、実は危険も多く、きちんとした安全対策がまだ全国的に普及しているとは言い難い。そこでダイビング指導団体《BSAC》が取り組んでいるのが、「スノーケルインストラクター」の普及だ。
《BSAC》の大槻祥久さんと七尾慶一さんに、スノーケルインストラクター資格を導入した理由、現状などについてお話をうかがった。
沖縄の現状がスノーケルインストラクターの
導入を始めるきっかけになった
ダイバーはもちろん、多くの旅行者たちから高い人気を誇る沖縄。ダイビングだけでなく様々なマリンアクティビティを楽しむ事ができるが、スノーケリングはその中でも、常にトップクラスで人気があるアクティビティの一つだ。
《BSAC》では、そんな沖縄で以前からスノーケルインストラクターの普及に取り組んできた。
大槻さん
私は2005年から《BSAC》の仕事に携わっていますが、当時沖縄のダイビングショップでは、ダイバーは減少傾向にありました。その一方、沖縄本島の「青の洞窟」というスポットでのスノーケリングツアーがとても人気があり、年間何万人という方がスノーケリングを楽しんでいるという話を聞いていました。
ダイビングショップでも、もっとスノーケリングスノーケリングに特化したサービスを取り入れることによって、ビジネスの幅を広げていけるだろうということで、スノーケリングを教えるインストラクターの資格の導入と認定を考えるようになりました。
そんな中、久米島のダイビングサービス《イーフスポーツクラブ》では、「はての浜」でのスノーケリングツアーを盛んに行い、多くのお客様が来ていました。2011年にご縁があり、《イーフスポーツクラブ》の代表・久米浩二さんとお話する機会ができました。
当時はほとんどのダイビング指導団体がスノーケリングに特化した指導者の育成を行っていなかったので、「指導団体として何かできませんか?」というお話を久米さんからいただき、それからスノーケルインストラクターの導入とCカードの普及を《BSAC》として考えるようになりました。
当時の沖縄では、スノーケリングツアーについては、さまざまな業者が開催していて、スノーケリングのスキルを教えられるかどうかわからないような事業者も多かったという。しかし一方で前述の久米島の《イーフスポーツクラブ》では、独自にスキルの指導も行っていた。
七尾さん
《イーフスポーツクラブ》では、スノーケリングツアーに参加される方に、「ラッコのポーズ」というスキルを教えていました。年配の方や泳ぎが苦手な方は、マスクに水が入ったり、トラブルがあったりしたときに咄嗟に上を向くことができません。しかしこの「ラッコのポーズ」を覚えることによって、上を向くことができるようになります。
こういったスノーケリング独自のスキルがあることに、ハンドブックを制作している時に、気づかされました。
そこで安全にスノーケリングが楽しめる環境を整えるために、《BSAC》スノーケルインストラクターの導入は、まず沖縄を舞台に展開されることになった。
事故が起きたときの対応のためにも
スノーケルインストラクターの資格は大切
沖縄本島の「青の洞窟」のビジネスとしての成功を見て、「スノーケリングはもうかる」というイメージが定着し、業者の数はどんどん増えていた。
またダイビングショップでも、スノーケリングを取り入れる店が増え、はたから見ると「ダイビングよりスノーケリングは簡単だからだれでもできる」と、安易にやっているとしか見えない店も多かったという。
大槻さん
スノーケリング事業への新規参入は、資格がなくてもできてしまいます。しかし、万が一事故が起きたときに、バックアップできる団体がない状況では、引率者自身が十分な対応ができない事が予想されます。
そして万が一訴訟になってしまった場合は、引率者が賠償責任を負う可能性もあり、保険に加入されていない場合は被害者に十分な補償ができない場合が考えられます。
《BSAC》では、比較的簡単にスノーケル事業は比較的簡単に始められる事から、知識や経験が不足している事業者が新規参入し、その店のスタッフが良くわかっていないまま営業を続けていることを問題視している。さらに、スノーケリング事故の中には訴訟にまで至っているケースもあるが、無保険のまま営業している事業者が存在しているという。
こういった現状を改善し、より多くの方たちにスノーケリングを安全、安心に楽しんでいただきたいというのが、スノーケルインストラクターが導入された大きな理由なのだ。
ダイビングよりも危険!?
スノーケリングに潜む事故のリスク
資格も経験もない引率者が開催するスノーケリングツアーに参加した場合、事故リスクが高まることは明らかだろう。実際、毎年数多くの事故が新聞やTVニュースなどでも報告されている。
こういったリスクを軽減するためにも、事業者がスノーケルの専門的な知識や技術を取得し、一定のレベルのスキルを参加者に教えられるようにすることは不可欠だ。スノーケリングもスキューバダイビングと同じように、始める前に器材の正しい使い方や基本スキルを学んでおくことで、安全に楽しめるようになる。
七尾さん
スノーケリングをする人の中には、器材の正しい装着方法や使い方をまったく知らない方も多いようです。マスクを正しくつけられている人でさえ、かなり少ないのが実情でしょう。
ストラップの位置が低すぎて、泳いでいる間にマスクの中に水が入ってしまう。また、スノーケルの取り付け方、くわえ方なども問題が多いです。
「ものを噛みながら、口で息を吸う」というのは、実は難しい行為なんです。
今のお子さんは鉛筆をかじることもないと思いますが(笑)、かじりながら吸う経験がないために、スノーケルがうまく使えないという方が増えています。マウスピースをしっかり固定できず、スノーケリングの最中に海水を飲んでしまったりするのです。
ものを噛むと『い』の口になります。そのまま呼吸をすると、海水が入ってきてしまうんですね。マウスピース回りを『う』の口でしっかりホールドする事で、海水の侵入を防ぐんです。また、スノーケルの位置や高さの調整をしないと、マウスピースをしっかり固定することができずに外れてしまったりする事もあります。
こういう基礎を“なぜ、そうするのか?”まで理解させなければなりません。
また暖かい沖縄の海でも、海の中に入ると体が冷えやすくなり、足がつりやすくなります。準備運動をせずにスノーケリングを開始してしまう人が多いと思いますが、アキレス腱を伸ばしたり、屈伸したりなどの簡単な運動をしてから海に入ると、より安全に楽しめます。
スノーケリング事故の特徴としては、周囲の人が気づかないうちに意識不明になる“ノーパニック症候群”で静かに亡くなっている状況があると《国際潜水教育科学研究所 潜水救急ネットワーク沖縄》代表の村田幸雄氏は、2019年1月1日に公表した「2018年潜水事故集計」において分析している。
「事前の安全講習会の受講の重要性を一般社会に、これまで以上に積極的に告知すべきと考えている」とも述べられており、まさに《BSAC》のスノーケルインストラクターは、これからさらに必要とされる存在であることがわかる。
ありがちなヒヤリハット
・浮力帯(ライフジャケットやスーツ)なしでスノーケリング
・フィンが外れて溺れてしまった
・ウエットスーツを着用せず水着のみで行方不明に
・波が高い場所
・単独で素潜り
「2018年潜水事故集計」(国際潜水教育科学研究所 潜水救急ネットワーク沖縄)より抜粋
スノーケルインストラクターが
増えていくことで、「海好き」が増えていく
日本は今、人口減少・少子高齢化が大きな問題となっているが、レジャー産業にも多大な影響を及ぼしている。
スキューバダイビング人口の減少、海遊び自体へのニーズの減少などの懸念事項があるが、スノーケルインストラクターが増えて、安全に楽しくスノーケリングが楽しめる環境が整っていくことで、大きなメリットが生まれてくる。
大槻さん
ダイビング人口の減少や“海離れ”という現象は近年大きな問題となってきています。
しかし、スノーケリングで子供の頃から海に親しんでいただくきっかけを作っていけば、その先にあるスキューバダイビングにも目を向けてもらえるのではないかと思います。一方で、スノーケリングをして怖い思いをすると、海が嫌いになってしまうこともあります。
「海を好きになって、親しんでもらう」ためにも、スノーケルインストラクターは重要な存在であると思います。
多くの人は、スノーケリングは海水浴の延長というイメージが強いかもしれない。
しかし海という大自然を相手にするだけに、リスクも当然ある。きちんとした指導ができるインストラクターと楽しめば、海が好きになり、いずれスキューバダイビングを楽しむ人も増えて、ダイビング業界の活性化にもつながっていくというわけだ。
次回は、実際にスノーケルインストラクターの養成を行っている現地サービスの声などを紹介します。
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1953年に英国ロンドンで設立され、今では世界中に支部を持つダイビング指導団体。2014年には英国王室ウィリアム王子が総裁に就任。
「SAFETY FIRST(安全はすべてにわたって優先する)」を基本理念に、各プログラムの開発等も行っている。
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※通常オーシャナでは、シュノーケリング・シュノーケルと表記していますが、今回の連載では、BSACの表記に合わせ、スノーケリング・スノーケルで統一しています。
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