ミスリードされがちな潜水事故を正しく伝えるために~今週の編集長・多事総論~
潜水事故データの実態とミスリード
日本における、唯一といってよい公式のダイビング事故データといえば、海上保安庁が毎年発表している「レジャーダイビング事故発生状況」です。
そのデータとその解釈ってどうなのよ?
これが率直な感想なわけですが、ダイビングメディアや大手指導団体PADI、Cカード協議会、DANジャパンなどなど、日本のダイバー世論を形成する主要な組織が、海保のデータを“そのまま”流し、都合よく解釈しているように見えます。
それらの解釈を、プロも含めてダイバーの方も結構そのまま真に受けて……という、ことが毎年繰り返されています。
正直なところ、もうツッコミ飽きて、また、ツッコミを入れることが後ろ向きな気もして、最近はあまり触れずにいました。
しかし、今週の中田さんの記事「表に出るデータは教えてくれない潜水事故の深刻度」で公表した、独自に集計した事故データが興味深かかったのと、影響力の大きいPADIの最近の解釈がミスリードだと思ったこと、具体的な提案が見えてきたことなどの理由で、再度、全力で野暮なツッコミを入れさせていただいた後、前向きな提案をしたいと思います。
事故が増えたぞ!と大騒ぎの2013年
でも、どれだけ根拠があるのよ……という話
2013年、ダイビング界はにわかに「事故が増えたぞ、さぁ大変」と盛り上がりました。
根拠となったのは、2012年の海保のデータ。
確かにこれを見ると、2012年(平成24年)の事故者は10年間で最高、死亡者も9人から22人になり、「事故者、急増しています!」ということになります。
しかし、分母のわからないデータ、つまり、ダイバー数がわからないデータに、どれだけの意味があるのか? いや、むしろ、恣意的・意図的な解釈、ミスリードができてしまうのでは? というのが何度も言ってきた、飽きたツッコミです。
わかりやすく言えば、10人のうち1人が死亡事故を起こした翌年、1000人のうち2人が死亡事故を起こしたとして、どっちの方が死亡事故のリスクが高いのかってことです。
極端な話、1人が2人になれば“事故者倍増!”とも言えちゃうわけです。
また、どこまで一定の条件でデータをそろえられているのかイマイチ不明で、まあ、参考程度のデータだよねっていうことです。
しかし、業界やメディアは結構このデータを重用します。
DANジャパンも海上保安庁もメディアもPADIも「急増!」と発信し、SNSやホームページの書き込みの反応を見ると、皆さん、「急増か!」と結構そのままの受け入れているようです。
絶対数が増えたよ! 原因の1位は溺水だよ!
と言われても、それって何も言ってないじゃん、って思うんですよね……。
また、PADIはこのデータから、以下のような指摘をしています。
「傾向として見られるのは、やはり中高年の事故が多いということ。
◆事故者のうち、40歳以上の占める割合は67%
◆40歳以上の事故者のうち、死者・行方不明者の占める割合は54%
◆死者・行方不明者のうち、40歳以上の占める割合は97%
と、事故者数が多いだけでなく、重大な事故につながりやすいという傾向も出ています」
PADI News – 海上保安庁が平成24年度の「レジャーダイビング事故発生状況」を公開
これも分母とダイバーの年齢構成比がわからないことにはねぇ……。
だって、そもそも40歳以上のダイバー人口が多い気がしませんか?
そして、基本的に、雑誌等のダイビングメディアはこうした見解をそのまま流す文化があります。
結果、2013年は「ダイビング事故急増! 大変!」ということで、PADIはセミナーを開催したり、雑誌なんかは「STOP!潜水事故」キャンペーンを張るわけです。
僕が、ブロックの冒頭で「ダイビング界はにわかに『事故が増えたぞ、さぁ大変』だと“盛り上がりました”」と、人の生死に関わることに“盛り上がる”という不謹慎で揶揄するような表現をしたのは、まさに、こうした、官公庁、ダイビング業界、メディアのプロレスのような事故防止施策や報道姿勢こそが不謹慎、いや正確には不誠実に見えるからです。
あざとければまだいいのですが、思考停止、あるいは無自覚な気もするんですが……。
潜水事故というテーマは、人の興味を引きますし、その対策に対する議論は、何かいいことをしている気持ちにもなれるので、誰もがのっかりやすいのだと思います。
“事故減少”より“事故急増!”の方がマシなわけ
たとえ、おかしなデータと解釈でも「事故が増えているぞ」と言っているうちは、まだいいんです。
無自覚だろうが、意識的だろうが、偽善だろうが、危機感は啓蒙を補強するには最適で、実際に事故防止につながるから。
(ただ、そんな根拠の薄いデータでお上から「ダイビング危ないぞ!」って言われるのは、ダイビングに対する風評被害的なリスクもあり、実際、2013年はそうした話や文を多く見聞きした気がします)
しかし、感覚として事故防止の啓蒙をすべき時期と感じてもいたので、冒頭で言ったように「ツッコミを入れることが後ろ向きな気もして」ツッコミはいれませんでしたし、実際、PADIの安全セミナーはとても意義があり、雑誌の事故事例の具体的ケース紹介などは、とても有益だと思います。
また、ふざけたデータだとしても、お上からの「ダイビングは事故が増えているぞ! なんとかしろ!」の声への対策は必要なので、PADIやメディアが防壁となってくれていることには感謝しなくていけません(あくまで業界の人が、です)。
本当は、お上に対して「そんなデータで事故急増とか言うなやボケェ!」とやっていただくのがよいのかもしれず、安全セミナーはアリバイ的に終わってしまう可能性や誰に対して行なうべきものなのかというツッコミも腹の中にはありましたが、グッとこらえ、むしろ前向きな内容で告知をさせていただきました。
悩みましたが、やっぱり、皆で事故をなくそうって前を向いているのにツッコミを入れるのもどうかなと思った結果です。
でも、PADIが、今度は「事故が大きく減少」とか言い出すんですよね……。
良い傾向となっています。PADIでもセミナーなどを通してダイビングの安全啓蒙に力を入れてきましたが、その一翼を担えていたらうれしく思います
PADI News – 海上保安庁が今年1~8月の「レジャーダイビング事故発生状況」を公開!
そーですか……。
いや、確かにそう言える部分はあるかもしれませんし、先述したようにセミナーなどは有意義ですが、業界の先頭を走るPADIは、こんなデータに振り回されることなく、本質に迫っていただき、こうした文章はちょっと恥ずかしいと思っていただきたいんですよね。
期待の裏返しで心底がっかりなんです。
減少って解釈は気をつけなくていけません。
データの不誠実な解釈が、悪い方に出るリスクが生じるからです。
実はまったく改善されていない事故状況が、改善されたという認識を生む可能性があるのです。
もちろん、PADIも「まだまだダイビングの安全について真剣に考えていく必要があります」と言っているのですが、何だかこう、絶対数の、それも同条件で取ったかどうかもわからない数字の、増えたり減ったりに一喜一憂するのってどうなんでしょう。
事故が増えるデータが出た!→官、業界、メディアのスクラムで対策!→事故が減少した!→俺たちのやってきたことで一定の成果を得たぞ!→それでもやっぱり気を引き締めないとね→事故がまた増えたぞ!→以下、永遠に続く……。
そもそもデータの根拠が薄かったら、むなしいスパイラルですよね。
しっかりしたガイドやインストラクター、あるいは一般ダイバーはこうした喧騒とは関係なしに高い意識を持ち続けていらっしゃるのが救いです。
こうしたデータから、危機感をあおられたり、安心感を与えられたりということには、ある種、冷ややかな視点で眺めつつ、安全セミナーや事故情報などなど、自分に役に立つものを利用するというスタンスがベターなんじゃないでしょうか。
中田データと海保データの比較でわかること
海保のデータとその解釈の信頼性という意味で、興味深いデータを提示しておきます。
事故研究をしている連載中の中田さんが、「海保、警察、消防、自治体記録に、直接調査事例を加えて、私が作成したものです」という独自のデータです。
海保データと中田データの、かぶる年の死亡・行方不明者数を比較してみてください。
■中田データ
■海保データ
■死者・行方不明者
・2003年 海保23 中田30
・2004年 海保16 中田19
・2005年 海保14 中田21
・2006年 海保11 中田21
・2007年 海保17 中田24
・2008年 海保18 中田23
・2009年 海保14 中田25
・2010年 海保25 中田32
絶対数も違えば、推移も違い、「減った、増えた」の解釈はまったく違ったものとなります。
残念ながら2012年の中田データはないのですが、あったとしたら果たして急増!になったのかどうか。
中田さん自身も言っていることですが、結局、中田さんのデータも母数がわからないもので、具体的事例を追った結果、蓄積したデータではあるのですが、少なくともデータの取り方によって、見え方はまったく違ってくるというひとつの根拠でしょう。
潜水事故防止にできること
以上のようなことは、随分前から指摘し続けてきましたが、どこか虚しさがありました。
こんな小さい声を出しても届かないしな~という諦めと、「じゃあ、どうすればいいの?」「じゃあ、お前がやればいいじゃねーか」という自身へのツッコミ。
しかし、少なくともネットでは検索でもオーシャナが上位に出てくるようになった今、潜水事故のキーワードで検索した時に、しっかりとした情報を伝えなくてはいけないと思っています。
そして、やはり似た問題意識を持っていれば、人は引き合うものかもしれません。
具体的な取り組みのとっかかりが見えてきました。
※そういえば、昔(2010年)、オーシャナの1人いぬたく君も同じような指摘をブログで書いていました。
「ダイビング事故は増えているのか?」 第11回潜水医学講座レポVol.2 | いぬと海
先述したとおり、中田さんは、「より具体的な内容を」ということで、事故ひとつひとつを調査・研究した結果として、海保より絶対数を積み上げたデータを作成しています。
※結局、絶対数のデータって、把握の問題なので、多い方がマシという……
連載中の高野さんは、「エビデンスが大事」との思いから、大学で統計に基づいた事故の調査を続けています(当たり前ですが、分母のないデータの根拠の薄さを指摘しています)。
こうした人を業界全体で応援して、データの充実を図り、アナウンスしていくことが、誠実な事故防止施策、報道の第一歩だと思うんですよね。
余談ですが、きちんとした統計データの取り組みをしている高野さんのデータでおもしろいと思ったのは、高野さんも、「中高年ダイバーのリスクが高い」という仮説のもと、データを取り始めたのだそうです。
それなのに、データはその仮説を裏付けるようなものではなく、そのアプローチはひとまず公表できなくなりました。
ここに科学の誠実さを感じるのです。
いや、もちろん感覚的には中高年ダイバーのケアはしなくていけないと思いますが、だからといって、データを都合よく使ってしまうのは危険だと思います。
そして、自分たち(オーシャナ)に引いて考えれば、こうしたマクロな取り組みをする人を応援・協力し、現状で全体像がわからないのであれば、具体的なひとつひとつの事故例を表に出したり、深堀り・検証をすることだと思っています。
今週の上野弁護士による事故事例の記事もそうした思いからです。
和解事案が表に出ることは、普通はなかなかありませんので、それだけでも意義あることだと考えます。
ダイビング講習中の事故、和解事例「待機させていた講習生がいない!」 | オーシャナ
そして、「分母を集めるためには」、ということに関しては、以前にも提案しましたが、分母データのひとつのヒントとして、以前、やどかり仙人さんが書いたコラムで、ダイビングの死亡率を表す時の分母として、DAN保険への加入者という実例がありました。
また、入海料や協力金を払うダイビングエリアであれば、ある程度の根拠ある分母となり得るかもしれません。
このテーマの最後に、きちんとした統計データが大事との思いから、行動を起こした高野さんと中田さんの印象に残った言葉を紹介します。
○高野さん
Q.なぜ、身銭を切ってこうした調査・研究をしているのですか?
「インストラクターになりたいと相談を受けた時、はっきり自信を持って“やりなさい”と言えない自分がいた。むしろ、大変だからやめておけばと言う自分がいて、誇りの持てる業界にしたかった。だから、まずはきちんとあらゆることエビデンスを示すことが大事だと思ったのです」
○中田さん
Q.事故情報を集めるためにどんなことをしたのですか?
「努力、および日々の生活と将来の人生設計の低下の受け入れ、ある期間は日常の安心と安寧の犠牲。これだけで、大抵の人は私程度のことはできます。優秀な人がこの程度のことをすれば、私など足元に及ばない成果を上げることでしょう。自分が望むほど優秀でないことに、幾度も唇を噛んだものです」
こうした善意がだんだん表に出てきたのは嬉しいことですが、逆に、こうした人の犠牲でしか前に進めないのは悲しいことですよね。
※
新しい海の価値を求めて
今週、スリランカにいるオーシャナ代表の越智カメラマンからレポートが届きました。
地球上最大の生物・シロナガスクジラを求めて。スリランカでのリサーチ |オーシャナ
念願が叶って海中でのシロナガスクジラの撮影に成功! |オーシャナ
シロナガスクジラを求めて世界の海へ!って、海が好きな少年なら誰もが憧れつつも、なかなかできることじゃありません。
いやー、こんなことしている人と一緒に仕事ができて嬉しいですし、単純にうらやましい。これが、本来の海のメディアの役割ですよね。
こういう冒険的要素はどんどん入れていきたいと思います。
そんな越智カメラマンはよく「俺たち、海賊になるんだ!」って言っているのですが、越智カメラマンと話していると、ワンピースを読んでいる時のようにワクワクしてきます。
そりゃね、本当は、事故のデータがどーのこーのなんて言ってないで、「海なんて死ぬときゃ死ぬのよ! 海賊になってクジラと遊んでシーシェパードと闘って、ロック!」って叫びたい気持ちもあるわけで。
※
先日、初体験した蛍光ダイビング。
全く新しい海中世界!蛍光ダイビング(フローダイビング)の魅力とは? | オーシャナ
正直、水中で光ることに対して、「で?」みたいに思わなくもなかったわけですが(笑)、やっぱり初めての体験ってだけでワクワクします。
初めての価値を生みだしたり、経験することって、人生の醍醐味。
ダイビングの最初の一歩もそうだったはずで、その後、なかなか劇的に新しいことってありません。
そういう意味では、一度は蛍光ダイビング、ぜひ経験してみてください。
※
オーシャナは、そんなにお金があるわけじゃないんですが(泣)、今年もすでにお金にならないけどおもしろそう!って取材をいくつか入れちゃいました。
新しい海、価値を求めなければ、海の仕事をやっている意味はないですからね。
と、自分に言い聞かせたところで(笑)、今週はこの辺で。