原潜はリブリーザーだ!?
ヤドカリ爺の生きている間に、究極のスクーバ、
リブリーザーが誰も使えるようになればと願っておりますが、
リブリーザーの将来性と同時に、その裏にそのテクノロジーゆえのリスクも潜んでおります。
せっかくの将来性を喜びながら、そのデメリットをあげつらうのはご遠慮しておりますが、
潜水艦も沈んでしまうと、艦内での生存の戦いは、まるでダイビングのイマージェンシーそのもの、
もっと言えばリブリーザーダイビングと同じというお話。
ここからリブリーザーのリスクをご想像いただければと思うのであります。
ヤドカリ爺は少し古い小説『原潜を救助せよ』(ジェイムズ・フランシス/二見書房)を
読み直しております。8年ほど前に出版された本であります。
何だ潜水艦の話か、ダイバーの私たちには関係ないなというのは、チョト早とちりと申し上げたい。
話はアメリカの原子力潜水艦がロシアの原潜と水中で衝突して400mの深海に沈み、
世界各国の知恵を集めて乗組員を救出する8日間のドラマで、
あの24のように、時間を追ってストリーが展開する、リアルなシーンが連続するのであります。
そのリアルさは半端でありません。
それもそのはずジェイムズ・フランシスという著者は、
以前はイギリス海軍研究所の水中医学部長、
さらにアメリカ海軍で潜水艦救難プロジェクトに参加という、
潜水水医学のエキスパート中のエキスパートが書いたサスペンス小説であります。
執筆中にヴァレンツ海でロシアの巨大原子力潜水艦クルスクの事故があったと、
著者は前書きで語っておりますが、
原子炉が破壊されなかったのが不幸中の幸いというべきでしょうか。
3月11日の大震災の原子力発電所の事故も収束にまだまだ時間がかかることを考えれば、
フィクション小説ではありますが、読み返してみても、まさに今日的なテーマに感じております。
次から次に襲ってくるトラブルのシーンは、専門家が書いただけに、
いわば現実に起こりうるヴァーチャルリアリティーというべきか、
リスクマネージメントのシーンとしてみても大変、まさにためになるお話が続くのであります。
じかに水に接する私たちダイバーと潜水艦の中のトラブルとは、
まるで無縁、遠い世界のことに思いがちですですが、
よく考えれば、いやよく考えずとも、潜水艦は近頃話題のリブリーザーであります。
乗組員が呼吸で使った酸素は、その分だけ補給し、
吐いた炭酸ガスは化学的にあるいは吸収剤で処理する。
まさにリブリーザーそのものであるのです。
違うのは、潜水艦の内部は、基本的には1大気圧で保たれているところですが、
ひとたび浸水すれば、艦内の空気は圧縮されて上昇します。
当然乗組員の体には窒素が溶け込んでいき、
水面に戻ったときにの減圧症のリスクは高まります。
その他、酸素の欠乏、炭酸ガスレベルの上昇、脱出するときの減圧の問題。などなど。
艦内にとどまれば呼吸するガスはなくなる、水面に向かえば減圧症になる。
これは長いダイビングをして、減圧する空気がないダイバーのイマージェンシーそのもの。
艦内の環境をコントロールする発電機などの動力源が動かなくなるということは、
バッテリーにトラブルが起こるブリーザーと同じこと。
潜水艦というのは、ダイバーとは濡れいるかいないかだけの違いなのですな。
特に自分の吐いた息をまた吸い込むという点において、
まさにリブリーザー・ダイビングそのものです。
小説では、炭酸ガスレベルが刻々と上昇するのを、
水酸化リチウムという苛性ソーダのような薬品を使って吸収させるシーンなどが出てまいります。
この水酸化リチウムというのが、ダイビングでのリブリーザーの炭酸ガスの吸収剤の正体。
炭酸ガスを吸収して、水と炭酸リチウムというものに分解するのだそうであります。
多量に使用すると、艦内は水浸しでしかもアルカリ性の炭酸リチウムがいっぱいという状況になるといいます。
これはリブリーザーの吸収剤の操作を間違えると、
いわゆるソーダジュースをダイバーが吸引するところと似ております。
話が横にそれますが、宇宙飛行士の船外活動の生命維持装置もリブリーザーですが、
これまた水酸化リチウムが使われているそうな。
また宇宙船事故でアポロ13号の乗員の命を救ったのもこの水酸化リチウムだそうであります。
とまー延々と潜水艦の中での息のつまる8日間が続くわけでありますが、
やどかり爺が長々とこの『原潜を救助せよ』をご紹介するのは、
つまらぬどこかのダイバー救援団体の会報なんぞを読むよりは、
はるかにダイビングのお勉強になるフィクションサスペンス小説であるということであります。
しかし、すでに絶版になっております。なんという罰当たりな世の中でしょうか……。
そしてなんというありがたい世の中でしょうか。
アマゾンのマーケットにわずか1円の中古が残っております。
もちろん1円の本ですから、送料250円はかかりますが、
ドトールのコーヒー一杯よりも、懐も痛めずに少なくとも3日は楽しめることは請け合いであります。
ちなみにこの著者、ジェイムズ・フランシスというお方は、
最近よく聞く、デコンプレッション・イルネス(減圧病/減圧障害)という呼び名提案者であるとか……。