ダイバーなら知って得する、アオリイカ産卵観察のコツと生涯のヒミツ

待ち遠しい夏休みも目前、海の中では海水温度も上昇し始め産卵やハッチアウトといった、ダイバーが一度は見たいと願う時期に突入している。水中世界では多くの生き物たちが命をつなぐこのシーズン、特に注目したいのはアオリイカの産卵だ。普段深場で生活しているアオリイカは、海水温が上昇し始めるとともに浅場に移動し繁殖行動をおこなう。正直この時期になると決まって観察できる生き物のため、そこまでレアという訳ではない。

ではなぜ本記事ではアオリイカにスポットを当てていくのか。それは、意外と知られていないアオリイカの生涯と繁殖行動の二つが大きく関係しているからだ。

本題に入る前にまず、アオリイカがどういった生き物なのか振り返ってみよう。

アオリイカってどんな生き物?

(Dive Hearing 志村晃央さん提供写真)

アオリイカは北海道南部から沖縄の沿岸に生息し、春から夏になるとダイバーが観察できるほどの浅瀬にやってきて繁殖行動をおこなう。孵化した個体は夏から秋にかけて沿岸部に生息し、水温が低下し始めると同時に、深場へ移動し成長をする。アオリイカの胴長は雌雄でも異なるが、20〜45cmほどで、大きい個体になると、50cm以上にも成長することもあるという。アオリイカは高度な遺伝子分解により少なくとも「シロイカ型」「アカイカ型」「クアイカ型」3つの種類に分類が分けられると言われている。

参考:徳島県産アオリイカの資源生物学的研究

体の大きさだけじゃない、オスメスの見分け方

アオリイカは雄が大きく、雌が小さいことで見分けがつくが、他にも雌雄の区別方法があるのをご存知だろうか。以下の写真を参考に、体の模様をよく見てみてみよう。

(オスのアオリイカ Dive Hearing 志村晃央さん提供写真)

(メスのアオリイカ)

オスには白いボーダーラインがあり、メスにも同様白いドット柄があることがお分かりいただけるはずだ。水中で判断しかねる場合は、前述した体の大きさも参考にしていただきたい。雌雄の判別が分かるようになるだけで、それぞれの行動の意味や違いが理解でき、より一層ダイビングが楽しくなるはず。

また、アオリイカは場所や感情によって体の色を自由に変化させることができる。水中に漂っている時はきれいな半透明であることがほとんどだが、オス同士の争いやメスにアピールする際は興奮状態にあるため、赤褐色のような体色をグラデーションのように体になびかせることもある。また、繁殖行動というのは自分の子孫を残せるか否かにかかる一大イベント。

1匹のメスを射止めるためにオスたちの大戦争が始まるのだが、これがまた凄い。例えば、ライバルとなるオスが右側、好意を寄せるメスが左側にいたとしよう。この場合、体の色を器用に使い分け、右側にいるオスに対しては敵意を剥き出しにした表現を、左側にいるメスに対しては自身の魅力をアピールすることができる。メスへの想いが届き、めでたくカップルになることができたオスは、産卵場所へと優しくエスコートしメスの産卵が終わるまできちんと見届ける。時には他のオスからメスを守るような紳士的な行動も観察できるらしく、卵が産み落とされた後もペアでその場を後にするといった仲睦まじい一面もみられることがあるそう。

参考:FISH WORLD

アオリイカの産卵場所はどこ?

アオリイカは海藻やサンゴの間を好み卵を産み落とす。その時期に合わせ、現地のダイビングショップではアオリイカが産卵場所に選びそうな浅場に産卵床を設置し、人工的に環境を整える。そのお陰で、われわれダイバーが観察しやすい生き物の一種であり、産卵シーンも見ることができるのだ。また産卵床の付近には、アオリイカを狙うウツボやハッチアウトしたばかりの稚魚を捕食目的としたミノカサゴなどの生き物が隠れていることがある。

(アオリイカを狙うため産卵床に潜むウツボ 金本行央さん提供写真)

アオリイカの卵ってどんな形?

ダイビング中、海藻やサンゴ礁の間に白、もしくは茶色がかった細長いふわふわしたサヤエンドウのような形の物体を見つけことはあるだろうか。それがアオリイカの卵、正しくは卵塊のひとつに値する。一つの塊の中には約5〜10個の生命が宿っており、その塊を一回の産卵で数十個も産み落とすのだ。とある研究結果によると、水温上昇につれ卵塊に確認できる卵の数は減っていくとの報告も上がっているため、アオリイカだけでなく時期によって卵にも注目してみるのもマニアックだが面白いかもしれない。

参考:アオリイカの多産産卵について

(アオリイカの卵 金本行央さん提供写真)

(産卵のために集まるアオリイカたち 坪根雄大さん提供写真)

繁殖期が終わった後のアオリイカはどこへ?

産卵を終えたアオリイカたちは一体どこへ行ってしまうのか。実は次の世代へ命を受け継ぐことに成功したアオリイカたちはそのまま力尽き生涯を遂げる。いわゆる「年魚」と呼ばれる魚で、一年で一生を終えてしまうことを指す。われわれダイバーが毎年観察できていると認識しているが、今日見られたアオリイカは例外を除きもう姿を見ることはできない。彼らにとって子孫繁栄がいかに大切で、それだけに人生を注いでいるかがお分かりいただけるはずだ。

そんなアオリイカの命がけの繁殖行動をダイバーであればできるだけストレスを与えることなく観察したいと思うはず。ここからは、アオリイカの観察テクニックを紹介しよう。奇跡的な瞬間にぜひ役立てていただければ幸いだ。

アオリイカの観察のコツ

・アオリイカと同じ目線でアプローチしよう
360度自由に動くことのできる水中での生き物へのアプローチは、基本相手と同じ目線、もしくは対象となる生物の目線よりも下から近づくのがベスト。人間で例えたとしても、上からみられるのは少し威圧的に感じることもあるはず。相手に警戒されないかつ、ストレスを与えないためにも多少の気遣いは欠かさずに行うと良いかも。

・泡はなるべく控えよう
基本的にダイバーが出す泡は水中には存在しない人工的なもの。相手と同じ目線に合わせたとしても、エアがアオリイカに当たってしまっては意味がないのだ。呼吸を止めることはダイビング中は厳禁なため、落ち着いてゆっくりと深い呼吸法を意識してみるとアオリイカも安心して産卵できるはずだ。

・アオリイカを無理に追いかけることは絶対にやめよう
前述したように、アオリイカにとって繁殖行動というのは自身の子孫が受け継がれるかを左右する一生に一度の一大イベント。そんな大事なシーンの邪魔になることだけは絶対に避けるべき。いちダイバーとして生命が繋がれる瞬間を追いかけ回すのではなく、あたたかく見守る姿勢をとることはダイビングでのマナーと言っても過言ではないだろう。

アオリイカの産卵が観察できる国内の産卵床スポットはココ

アオリイカの産卵を観察するために、産卵床を設置しているダイビングスポットもある。関西圏のダイバーに人気の和歌山県の串本と、都内からアクセスしやすい伊豆半島の富戸では、毎年シーズンになると産卵床が設置されるので、確実に見ることができる。水深もそれほど深くなく、ビギナーダイバーでも産卵シーンをじっくり観察できる。それぞれの観察スポットでの詳しい産卵の様子は下記記事にまとめている。

一年という儚く限られた命だからこそ、力強い生命力さえ感じるアオリイカの一生。少し知るだけで、アオリイカの産卵シーンの見方が変わったのではないだろうか。これからは、ただ繁殖行動を観察するだけでなく、生き物の背景を知ることで他のダイバーよりも充実した時間を過ごしていただきたいと思う。

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PROFILE
静岡県西伊豆町出身。

ドルフィントレーナー専門学校を卒業後、ダイビングインストラクターや操舵手といった海に関わる職歴を持つ。

現在は、ライターとして「地球に暮らす全ての生き物がHAPPYな未来を」と願い、記事を書く。
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