ビーチ用車いすに乗って、山形の海でビーチダイビング!老舗ショップ「アーバンスポーツ」の挑戦
鹿児島県大島郡瀬戸内町にある障がい者と健常者が共に安心・安全に楽しめるマリンスポーツ総合施設「ゼログラヴィティ」を運営する一般社団法人・ゼログラヴィティ(以下、ゼログラヴィティ)が、日本財団の海と日本プロジェクトの助成を受けて全国のマリンアクティビティ施設へとユニバーサルデザイン導入支援プロジェクトを全国で行っている。
これまで沖縄県恩納村や和歌山県すさみ町、広島県江田島などの事例をご紹介してきたが、今回は8月に2名の障がい者とボートダイビングに挑戦予定の山形県鶴岡市にある東北地方随一の施設や多彩なプログラムを備えるダイブセンター「アーバンスポーツ」の事例をご紹介。昨年行なった「ビーチスター(※)」というビーチ用車いすの活用方法の検証をアーバンスポーツの視点で見ていこう。
※ビーチスターの両脇には肘乗せを兼ねたフロートが装備されており、水に浮かべることができる仕組みとなっている。
障がいの有無、国籍、年齢にかかわらず、誰にとっても海での遊びや学びが日常となるデザイン(設計)のこと。ゼログラヴィティでは、SDGs達成の原則にもある「誰一人取り残さない(leave no one behind)」という世界を実現するため、このユニバーサルデザインに則って障がい者向けのプログラムを作成したり、マリンアクティビティスタッフへの研修、設備導入などを実施している。
ゼログラヴィティが、ユニバーサルデザイン導入支援プロジェクトを本格的にスタートするきっかけとなったのは、初年度に行った障がい者に対する意識調査。そこで明らかになったのは、障がい者の70%以上が「障がい者はマリンアクティビティに参加できない」と思っていること。一方で半数以上がマリンアクティビティに興味を持っていること。実際にマリンアクティビティを体験された障がい者の方の90%以上が「世界が変わった」、「何事にも挑戦する意欲がわいた」と感じていることである。この結果を踏まえ、誰もがマリンアクティビティを楽しめる環境づくりをする強い必要性を再認識した。
アーバンスポーツがユニバーサルデザインを導入しようとする背景
ダイビング業界全体で見ても、トップレベルのダイビング知識と経験を持つインストラクターが揃うアーバーンスポーツだが、オーナーの相星氏は、「当ダイブセンターは、階段も多く狭い箇所もある」という。しかし、多様性を求められる時代、多くの方に山形県の海を紹介できるようにユニバーサルデザインを目指したいという想いを抱いている。
そこで、「イベントや特別なときだけでなく、いつでも“ふらっと”だれでも自由に参加できるダイブセンター」をテーマとし、昨年1月にゼログラヴィティの施設がある奄美大島にてユニバーサルデザインの座学・実技研修を受講。同年6月には、アーバンスポーツに車いすを使用する障がい者2名が来店し、プールで体験ダイビングを実施した。
海でダイビングをする!ビーチスターの活用検証
プールでの体験ダイビングから約3ヶ月後、再びアーバンスポーツを訪れ、ゼログラヴィティが物品提供した、ビーチスターの活用検証が行われた。ここにはユニバーサルコーディネーターとして安心安全にアクティビティが提供できるようスタッフ指導や環境整備にアドバイスをしている本プロジェクトの指導者である上岡央子氏(以下、上岡氏)が帯同し、アーバンスポーツのスタッフにアドバイスをしていく。
活用検証実施にあたり、アーバンスポーツには前もってビーチスターが送付され、事前にアーバンスポーツのスタッフ間で、構造を理解したり、ホームとする海の環境を考慮し使用方法を検討したりしてくださっていた。そのため当日は、その検討内容をゼログラヴィティ側に共有し、実際に障がい者をサポートするにはどうしたらいいか、どのような流れで障がい者を海に案内するのがいいか、実際に一通りの流れを試していった。
ビーチスターの活用検証を終えて
アーバンスポーツのスタッフが参加者に接する様子を間近で見ていた上岡氏からは、「ダイビングショップ内には、段差や階段がありバリアフリーとは言えない環境でしたが、スタッフ全員の心にはバリアはありませんでした。今回参加した障がい者の方をアーバンスポーツさんに紹介すると、たくさんの質問が飛び交い、さらにはダイビングに関係ない話題でも盛り上がり、一緒に話をする時間がとても心地よかったです。これは私以上に、参加した障がい者の方が一番感じたのではないでしょうか。“純粋に美しい海を知ってほしい、そのためにお客様のニーズに応える”という考えの中に、は障がいの有無は関係ない。アーバンスポーツに日本全国からお客様が集まる理由は、この素晴らしい考え方にあるのだと思います」とコメントをいただいた。お客様に最高のサービスを提供するために受け入れ側の高いモチベーションは必要不可欠と言える。
アーバンスポーツのスタッフにも実際のビーチダイビングについて聞くと「実際に障がい者の方から話を伺ったり、一緒にダイビングをしたことで、自分たちは難しく考えすぎていたことに初めて気がつきました。水中は無重力状態なので、健常者と違う特別な技術は必要なく、サポートが難しいとは感じませんでした。これまで培ってきたインストラクターとしての経験を活かし、どんな方に対してもサービスを提供できるように試行錯誤することは興味深いのと同時に、ティーチングやガイディングの技術向上にも必要な知識だと感じました」と感想を教えてくれた。
「アーバンスポーツは、お客様目線で多種多様なニーズに応えて事業を展開しています。ダイビングに関する知識や技術に関しても、ダイビング業界のエキスパートから高い評価を得ています。それがなぜなのか、オーナーと出会ってすぐに理解できました。そして、オーナーはじめ、スタッフ全員が新しいことに目を光らせて積極的に知りたいと思う気持ちを強く感じました」とダイビングスキルだけでなく、その人柄こそがアーバンスポーツの魅力ではないか、上岡氏は話した。
ユニバーサル化を加速させるために必要なこと
最後に本プロジェクトの指導者である上岡氏から今後にかける想いを伺った。「マリンアクティビティ事業はようやくコロナ禍から解放され、お客様と売り上げが戻り、減らしたスタッフ数も増やすために改めて人材確保が必要な状況になっています。一方で、本プロジェクトに興味はあるが、新しい取り組みには時間を費やす余裕がまだ持てない状況だという話も伺います。このような状況の中で、マリンアクティビティのユニバーサル化を加速させるためには、行政と一体となった取り組みが必要となってきます。
また、本プロジェクトの本質は、日本の海やマリンアクティビティをもっと世界に誇れる価値ある財産に引き上げることにあります。日本の美しい海を広く世界に知ってもらい、訪れる価値を見出すためには、その環境がとても重要です。単に海の美しさだけでなく、ビーチの過ごしやすさ、施設の利用しやすさなど、海で過ごす時間、空間、一つひとつが日本の美しい海を作る要素となっています。日本のすべての環境において、世界水準に引けを取らないレベルまでユニバーサル化が進むことで、日本の海やマリンアクティビティはもっと世界に誇れる財産となるに違いありません。それを実現するために本プロジェクトは存在しています」。
アーバンスポーツのスタッフからも「ユニバーサルデザインに関する取り組みが世界からの遅れを取り戻したい」とあった。今回のダイビングはビーチエントリーだったが、8月にはボートエントリー(海況次第)にも挑戦していく予定だという。今後のアーバンスポーツの動きに注目していきたい。
東北地方随一の施設と、多彩なプログラムを備えているダイビングセンター。通常のCカード講習、ファンダイブはもちろん、今回のようなリブリーザーをはじめとしたテクニカルダイビングの講習も盛んに行っている。ダイバー歴44年、インストラクター歴35年という超ベテランの相星克文さんをリーダーに、娘さんの杏奈さんなど実力派スタッフが庄内の海を楽しませてくれる。2024年4月で創立29年を迎えた。
障がい者と健常者が共に安心・安全に楽しめるマリンスポーツ総合施設として、2016年、奄美大島瀬戸内町清水に 「ゼログラヴィティ清水ヴィラ」が設立。宿泊施設をはじめ、自社船、プールなど全てがバリアフリー設計となっており、スノーケリング、スキューバダイビング、カヤック、クルージング、ホエールウォッチングなど、奄美の海で の豊富なマリンアクティビティを誰もが安心して楽しめる設備とサービスが整っている。「旅と海遊びで夢と希望を作り出す」をコンセプトに、日本のダイビング業界におけるユニバーサルデザインの普及を推進しています。