【8/31発売】海に眠る戦争の記憶、レック写真集「続 蒼海の碑銘」を著者・戸村裕行が語る

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皆さんは「レック(Wreck)」という言葉をご存じだろうか。

直訳すると「難破船」、ダイビングというアクティビティにおいては「沈没船」を意味する言葉となり、それらに「ダイビング」という言葉を付けることで「レックダイビング=沈船ダイビング」となる。ただし、沈船だからといって艦船に限らず、沈没した航空機なども含まれる言葉である。

8月31日に上梓される私の写真集「続 蒼海の碑銘〜海底に眠る戦争の記憶〜」は、そのような世界各地の「レック」を撮影したものであり、一昨年に刊行した「蒼海(そうかい)碑銘(ひめい)」の続編となる。通常、レックには例えば魚礁などにするために意図的に沈められた艦船なども含まれるのだが、本書は「戦争の記憶」…すなわち、70年以上前に我々日本人が経験した太平洋戦争に関連するもので構成されている。

2020年刊行「蒼海の碑銘ー海底の戦争遺産」

レックは歴史を語り伝える海中の戦争遺産

世界地図を広げて過去の大戦を振り返ってみると、その範囲の広大さに改めて気付かされる。海においてはハワイにはじまり、グアムやサイパン、パラオ、トラック(現チューク)、ミクロネシアの島々、フィリピン、インドネシア、ソロモン諸島、パプアニューギニア…。「次はどこの海で潜ろう」。そんな気持ちで世界の海を調べたことのあるダイバーであれば、一度は耳にしたことのある地名ばかりではないだろうか。

零式観測機 ラバウル・パプアニューギニア

零式観測機 ラバウル・パプアニューギニア

戦争が始まり、徐々にその範囲を広げていった日本だが、1942年8月にソロモン諸島、ガダルカナル島における戦いから連合国側の本格的な反攻が始まった。本書に関連するものとして、1944年2月にトラック島(チューク)空襲、3月にパラオ大空襲、8月にグアム、1945年4月からの沖縄戦など、戦火は着々と本土へと近付いていくことになる。その中で、軍艦(戦艦や航空機を搭載できる空母など)のみならず、民間から徴用された輸送船や、それらを改良して運用された補助艦艇などの損害は確実に拡大し、犠牲になった艦船の数は4000隻、機帆船や漁船などを含めると7000隻以上とも言われている。

山鬼山丸の機銃弾 チューク・ミクロネシア連邦

山鬼山丸の機銃弾 チューク・ミクロネシア連邦

特にチュークやパラオ、フィリピンのコロンなどは、湾内に停泊や退避しているところを空襲された結果、ある程度浅い水深にまとまった数の艦船が沈没することになり、それらの地域では「歴史を語り伝える海中の観光資源」としてレックダイビングのメッカとなっている。

掃海駆逐艦エモンズとの出会い

本書の表紙にもなった「エモンズ」は、沖縄は古宇利島の沖の水深約45mに横になって眠っているアメリカ海軍の駆逐艦である。駆逐艦とは小型で高速の戦闘艦で、敵の軍艦や潜水艦に対しての攻撃や哨戒(しょうかい)、輸送船などの護衛などに従事する艦のことを指す。エモンズに関しては建造後に海中に敷設された機雷(海中に設置し船が接近、または接触すると爆発する兵器)や不発爆弾などを捜索して除去することを任務とする「掃海」駆逐艦として改装され、沈没時にもその艦種であったことからそちらの名称を使用することにしている。

私が初めて潜ったのは2010年頃のことだったと思うが、その頃のエモンズはほとんど知られておらず、ごく一部の限られたダイバーしか潜っていないような存在であった。現在では多くのメディアで紹介され、当時に比べるとかなり周知されてきたのではないだろうか。さらには九州大学などの研究により、宮崎県の新田原基地を発進した特攻機「九八式直接協同偵察機」による体当たり攻撃を受けた結果、最終的には自沈という方法で現在の場所に眠ることになったという論文も発表されている。そのため、エモンズに体当たりをしたとされる機体のエンジンやランディングギア(航空機の脚の部分)なども間近に見ることができる世界的に類を見ないレックとなっている。(私の元にはそれに反論する文章として、エモンズに突入したのは姫路海軍航空隊の九七艦攻機という意見も大量の資料と共に送られてきていることを追記しておく。)

エモンズに体当たり攻撃したとされる九八式直協機のランディングギア(手前)古宇利島・沖縄県

エモンズに体当たり攻撃したとされる九八式直協機のランディングギア(手前)古宇利島・沖縄県

初めて潜った際は、特攻機が近くにあるということは知らなかったのだが、ダイブコンピューターのデコ(減圧)がでないように意識しながらも、水深が深いために水中にいられる時間は一瞬ということで、焦りながらも目前にそびえ立つ船体からの戦争の生々しさと迫力に圧倒されたことを思い出す。よくよく考えてみてもスキルがまだまだ未熟であった私を誘ってくれたガイドさんには感謝の念しかなく、もしかしたらその一本がなければ私がこのように沈没船を撮ることもなかったかもしれない思い入れのあるレックである。

それから何度か訪れてはいたのだが、衝撃的だったのは2021年1月の大規模な崩落である。これは世界的なレックにいえることなのだが、大戦期のものに関しては沈没してから約80年が経過した今、さまざまなエリアで同様の事態が起きている。その原因は、経年劣化であったり、自然環境の変化によって発生した大型の台風の影響、日本であれば地震大国ということもあり、地震の後に訪れてみたら崩落していたという事例など数多く報告されている。

崩落したUSSエモンズ 古宇利島・沖縄県

崩落したUSSエモンズ 古宇利島・沖縄県

海中という特殊な環境において、守られ、未だ残っているさまざまなレックだが、現在の状態であればいつかは崩れ、ガレ場となり、誰も訪れなくなった結果、そこにレックがあったことすら忘れられてしまうのではないか。戦争経験者が鬼籍に入られるなどする中で、戦争の記憶をどう残していくか、紡いでいくかということが多く叫ばれる昨今において、今回紹介しているすべての海底の戦争遺産に関しても同様だ。どう保護していくか、伝承していかなければならないかというのは早急に着手するべき課題である。

そこで亡くなられた方がいるという事実

私の写真集、または今この文章を読み、「レックに潜ってみたい…」そのような気持ちになってくれるダイバーがいるのであれば、忘れないでいただきたいのが、戦争に関連するレックの場合「そこで亡くなられた方がいる」という事実である。どうしてもダイビングという「レジャー」において、遊びや楽しいという考えが優先されつい疎かになってしまいがちなのだが、これらの艦船や航空機には運命を共にされた方々がいて、その方々には戦友やご遺族がいる。

例えばエモンズにおいても60名の方が戦死されており、その方々の名前はメモリアルプレートに刻まれ海中で見ることができるのだが、沈没した船がお墓という考えは古くからあるものである。今年、毎年行われているエモンズの遺族会の方々が主催するメモリアルダイブに参加する機会をいただいたのだが、海中に置かれているメモリアルプレートに献花されている姿はとても印象的だった。

エモンズのメモリアルダイブ 古宇利島・沖縄県

エモンズのメモリアルダイブ 古宇利島・沖縄県

ご遺族にとってそこは「大切」な場所なのである。もし皆さんがこのような場所を潜る機会が今後あるのであれば、少しでもそのような方々に寄り添う気持ちを持ち、亡くなられた方々に想いを馳せて潜っていただけたらと思っている。

ダイバーとして歴史を学ぶ

過去の戦争の評価や思想などは各々に任せるが、最近の不安定な世界情勢の中でより感じることの多い「平和の尊さ」や「戦争は二度と起こしてはいけない」という感情。その点に関しては概ね皆さんに同意していただけると考えている。陸上であれば、戦争資料館や平和記念館などを訪れて学ぶように、ダイバーだからこそ見ることのできる海底に眠る戦争の記憶。そこで感じる経験はきっと特別なものになるのではないだろうか。ダイバーでない方からは「自分は潜ることができないから見せてくれてありがとう」といった感謝の言葉を多く頂戴している。 

第五十号駆潜艇 小笠原諸島・東京都

第五十号駆潜艇 小笠原諸島・東京都

よく、レックダイビングはハードルが高い、難しそうという言葉を聞くが、現地に行けばダイビングショップがあり、ガイドさんがいて、アドバンスレベルまで持っていれば潜ることが可能なポイントも本書には多く掲載している。ぜひ皆さんもダイビングを通して「歴史を学ぶ」ということを考えてみてはいかがだろうか。そして本書がその一助になれば幸いである。

続 蒼海の碑銘
—海に眠る戦争の記憶

発売日:2022年08月31日
出版社:イカロス出版
サイズ:A4判
ページ数:152ページ
定価:3150円(税込)
▶︎ 詳細はこちら

戦後77年が過ぎ、あの戦争の痕跡も多くが消えつつある。しかし、海底には今も多くの艦船や航空機が眠っている。沖縄から、日本の大根拠地だったトラック諸島、激戦の舞台となったソロモン諸島、そして観光地としても知られるグアムやパラオにも、「戦争の記憶」が残る。
本書はレック(沈んでいる船や航空機)をライフワークとして撮影を続けている戸村裕行カメラマンが、各地で収めた海底の戦争遺産を収録した写真集の第2弾。戦後70年以上を経てもなお、かつての雄姿をとどめる戦闘艦艇、悲劇的な最期を遂げた徴用船、零戦をはじめとする各種の日本軍機など、静かに海底に眠る姿を紹介する。

【CONTENTS】
■太平洋の航空戦
F6F ヘルキャット●ギゾ島・ソロモン諸島
零式艦上戦闘機五二型乙●小笠原諸島・父島
SBD ドーントレス●レンドバ島・ソロモン諸島
九九式艦上爆撃機●グアム
B-17 フライングフォートレス●ガダルカナル島・ソロモン諸島
B-24 リベレーター●パラオ
PBY-5 カタリナ●ツラギ島・ソロモン諸島
二式飛行艇(二式大艇)●チューク/サイパン
零式観測機●ラバウル・パプアニューギニア
零式水上偵察機●グアム/パラオ

■戦闘艦艇
掃海駆逐艦エモンズ●古宇利島・沖縄県
第五十号駆潜艇●小笠原諸島・父島
駆逐艦「薄」●チューク
駆逐艦「長月」●コロンバンガラ島・ソロモン諸島
駆逐艦「若竹」●パラオ
特設巡洋艦「清澄丸」●チューク
甲標的(特殊潜航艇)●小笠原諸島・父島
伊号第一潜水艦●ガダルカナル島・ソロモン諸島

■補助艦艇・徴用船
特設運送船「乾祥丸」●チューク
特設運送船「日豊丸」●チューク
貨物船「菊川丸」●チューク
貨物船「桃川丸」●チューク
特設運送船「天城山丸」●チューク
貨物船「山鬼山丸」●チューク
貨物船「松丹丸」●チューク
油槽船「富士山丸」●チューク
特設水雷母艦「神風丸」●パラオ
第一号輸送艦●小笠原諸島父島/兄島/パラオ

▶︎▶︎▶︎展示協力中
靖國神社遊就館特別展
海鳴りのかなた」写真展示中
令和4年3月19日(土)~12月4日(日)

▶︎▶︎▶︎沈船ダイビングツアー
11/18〜11/23
小笠原諸島で沈船ばかりを巡るツアーを開催します。
詳しくはオフィシャルサイトよりお問い合わせください。

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PROFILE
1982年生まれ、埼玉県出身。
世界の海中を巡り、大型海洋生物からマクロ生物まで、さまざまな海中景観を撮影し続けている水中写真家。生物の躍動感や色彩を意識したその作品は、ウェブやダイビング誌、カメラ誌などで発表され、オリンパス株式会社の製品カタログなどにも採用されている。

また、ライフワークとして、太平洋戦争(大東亜戦争)を起因とする海底に眠る日本の艦船や航空機などの撮影を世界各地で続け、軍事専門誌「丸」にて5年にわたり連載、その成果として靖國神社・遊就館などで写真展を開催するなど活動は多岐にわたる。また、”歴史に触れるダイビング”をテーマに、レックダイビングの普及に勤めている。講師、講演多数。
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