“誰も見たことがない”産卵を追え──パラオで始まったミカヅキツバメウオ極秘リサーチ
パラオの海では近年多くの魚たちの集団産卵行動が話題となっている。ロウニンアジやカスミアジ、ツノダシにカンムリブダイなどさまざまな種類の魚たちが、集団産卵をするのだ。魚種によって時期や条件は異なるものの、数千匹から数十万匹と集まる姿は圧巻だ。
これらの行動を調査し、過去にイレズミフエダイやマダラハタの産卵行動などを明らかにしてきたデイドリームパラオ・秋野大氏が、次に狙うのはミカヅキツバメウオ。
コロナ禍で観光が止まった期間も潜り続け、少しずつ見えてきた「ある法則」。そして2026年春、その決定的瞬間の記録に挑戦した水中写真家・峯水亮氏によるレポートをお届けする。
果たして、ミカヅキツバメウオの大産卵を捉えることはできたのか。

龍馬Iからダイビングボートに乗り換えてポイントへ向かう
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未知に挑み、記録する覚悟
この取材が決まった2025年11月。我々はパラオと日本をつなぎ、オンラインでミーティングを行った。その冒頭、秋野さんはこう切り出した。「群れ自体はおそらく見られると思います。ただ、産卵の瞬間については、まだ確証があるわけではなくて……」やや慎重なトーンだった。今回の滞在中、チャンスは1日ではなく2〜3回は見込まれるという。とはいえ、決定的な瞬間を捉えられる保証はどこにもない。そして、この時点でひとつの方針が共有されていた。たとえ今回、産卵の瞬間が撮れなかったとしても、それで終わりにはしない。その結果も含めて、すべてを記録する。成功も、失敗も、そのまま伝える。今回はそうしたスタンスで臨むことを、秋野さん、そして編集部も含めて確認した。ドキュメンタリーとして、この企画に向き合う覚悟を決めた瞬間だった。
きっかけは
以前からダイビングポイントでミカヅキツバメウオの群れがたびたび目撃されており、秋野さんたちは2015年からそのリサーチを開始した。その後、コロナ禍により状況は一変する。パラオは国境を閉ざし、外国人観光客の受け入れも停止。2020年3月から2021年7月までの約1年5ヶ月、ゲストのいない日々が続いた。海を案内したくてもできない。そんな状況の中で、「今しかできないこと」を突き詰めた結果が、現在につながっているという。
産卵の瞬間を捉えるための試行錯誤
普段は群れを作らない魚が、特定の場所に集まっている。その時点で、それが産卵行動に関係している可能性は高い。しかし問題は、その先だ。実際にその瞬間を目撃しない限り、産卵がいつ、どのように行われるのかは分からない。集団が現れる場所や水深も重要な要素ではあるが、最大の関心は、決定的な瞬間がどのタイミングで起きるのかという点にある。その答えに近づくためには、可能性のある時間帯を一つひとつ検証していくしかない。1日24時間を大まかに区切ると、早朝、午前、午後、夕方、日没前、日没後、夜間、深夜など、産卵の時間帯として考えられる時間に実際に潜って、観察を重ねながら、少しずつその条件を絞り込んでいく。地道ではあるが、それ以外に方法はない。
こうして積み重ねてきたリサーチをもとに、2026年春、満を持してオーシャナ取材班を迎え、ミカヅキツバメウオの大規模な産卵を記録するプロジェクトが動き出した。これは、その一部始終を追ったドキュメンタリーである。

デイドリームパラオ 秋野大(Akino Hiroshi) 1970年10月生まれ
常に挑戦をし続けている
これまでにもイレズミフエダイ、バラフエダイ、ツノダシなど、数多くの産卵生態を解き明かしてきた秋野さんたち。研究者も一目を置く、その卓越したリサーチ能力はどこから来るのか。秋野さんに率直に聞いてみた。世界の名だたるダイビングサイトの中から、このパラオを選んで訪れるゲストに対して、自分たちに提供できるものは限られている。だからこそ、最高に面白い体験を届けたい。誰も知らない世界を見せたい。その思いを形にするための大きな要素が、この海のポテンシャルと、クルーズ船「龍馬」の存在だ。これだけの可能性を秘めたパラオの海に、ダイビングサイトのすぐ近くを拠点とできる環境がある。龍馬をベースにすることで移動時間のロスはほとんどなく、効率よく海にアプローチできる。コロールを拠点にした場合、ブルーコーナーやビッグドロップオフといった主要ポイントまでは、往復でおよそ2時間。その時間を削減できることで、余裕を持ったダイビングが可能になる。さらに船内はホテルと遜色のない快適な空間が確保されており、食事面も充実している。コンディションを整えながら、ベストなタイミングで海に向き合える環境が整っているのだ。この恵まれた条件を最大限に活かし、唯一無二の海を案内したい。それが秋野さんの答えだった。それは、現地ガイドとしての飽くなき探求心にほかならない。

パラオは大物や群れのイメージが強いが、海底にはカラフルなソフトコーラルもある

別のポイントで出会ったナンヨウツバメウオの群れ。こちらもダイバーを見てあっという間に逃げていった
なぜパラオでは、集団同期産卵が繰り返されるのか
パラオで観察されているフエダイ類やハタ類、ツノダシ、カンムリブダイなどは、一度に数百万もの卵を放出し、海流に乗って広範囲へ分散させるタイプの産卵戦略をとる魚たちだ。ではなぜ、この海ではこれほど大規模な集団同期産卵が、繰り返し確認されているのだろうか。そんな素朴な疑問が湧いてくる。
こうした魚たちにとって、産卵場を決定づける要因は、海流・地形・潮汐といった環境条件に大きく左右されると考えられている。集団産卵に適した地形、捕食圧のバランス、適度な流速、孵化後の生存率、そして幼生が運ばれる方向。さまざまな要素が絡み合うが、その中心にあるのはやはり「流れ」だ。
パラオの北側には北赤道海流(North Equatorial Current / NEC)が西へ向かって流れ、パラオはその最西端付近、いわば北赤道海流圏の南縁に位置している。一方で、そのすぐ南側には、NECとは逆向きに東へ流れる北赤道反流(North Equatorial Countercurrent / NECC)が走っており、パラオはこの二つの大海流の境界に位置する。年や季節によってNECとNECCの勢力が変化するため、両者の影響を強く受ける特異な海洋条件が揃う。このような環境が重なる場所は、広大な北太平洋の中でもごく限られている。
さらに実際の海では、これらの流れが単純にパラオにぶつかるわけではない。島影や海底地形の影響によって複雑な渦が生じ、加えてフィリピン海域から伝わる渦も重なり合う。その結果、パラオ周辺の海は、流れが分散し、混ざり合う非常に複雑な構造を持つ。こうした多様な流れの相互作用は、豊富なプランクトンを生み出す。それは同時に、産卵場として、そして稚魚の育成環境としても、極めて有利な条件を意味している。パラオの海が、多くの魚たちに選ばれ続けている理由は、こうした海の構造そのものにあるのかもしれない。

産卵狙い以外にも大物や群れを狙うダイビングが普通に楽しめる
北赤道海流とは:広大な太平洋のうち概ね北緯8〜17°の幅広い帯域を一直線に西向きに流れる大きな海流。
北赤道反流とは:太平洋・インド洋・大西洋の赤道付近を東向きに流れる、細く長い海流。
いよいよ取材初日、ミカヅキツバメウオの産卵前集群は姿を現すのか——
第2回:取材初日のレポートは7/10公開!

DayDreamパラオのスタッフたち

龍馬Iの外観(DayDream Palau提供)

龍馬Iのキャビンの一例。バス・トイレ付のデラックスルーム
日本人スタッフ常駐で安心して楽しめるパラオ屈指のダイビングショップ。自社で積極的にダイビングポイント開拓も行うパラオダイビングのパイオニア。もちろん、透明度抜群のブルーコーナーやジャーマンチャネルなど、世界中のダイバーが憧れる定番ポイントにもご案内。「龍馬クルーズ」では、快適なクルーズ船で移動しながらパラオの海を満喫することができる。食事や宿泊も船内完備で、仲間と語らいながら贅沢なダイビングライフを楽しめる。初めてのパラオの方にもリピーターにも、安心・快適・充実の海旅を提供してくれる。
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