サメと寄生虫に明け暮れた大学時代から、シャークジャーナリストになるまで〜『ほぼ命がけサメ図鑑』発売インタビュー(後編)〜

帯あり

シャークジャーナリストの沼口麻子さんがサメへの熱い想いを詰め込み執筆した本『ほぼ命がけサメ図鑑』が発売。
これに際して、幼少期からシャークジャーナリストになるこれまでをインタビュー。

前回はちょっと変わっていた(?)幼少期から、ピラニアを飼育してた中学生、アフリカの大自然で人生観が変わった高校生のエピソードをお届けしました。

後編は本格的にサメと出会うことになった大学生時代から、紆余曲折を経てシャークジャーナリストになるまでの道のりをお届けしていきます。

研究のため小笠原へ
サメに明け暮れた大学時代

寺山

大学では何学部へ行ったんですか?

沼口

東海大学海洋学部というところで、専攻はフィールド系の水産学科。現在の学科名は海洋生物学科になっているそうです。
3年でゼミを決めるとなり、悩んだ末に、4年からサメの研究室のゼミに入りました。

大きい生物をやりたいと思っていて、鯨類系かイカとかマグロ、サメあたりを考えていました。フグ毒の研究室も見学にも行って、当時ヒョウモンダコ(フグ毒をもつ)を13尾飼育していたので、その研究にも惹かれましていたこともあったなぁ。

そんな中、大学3年生の時に実習で小笠原諸島の父島に行ったんです。島に上陸して3時間くらいのフリータイムがあったんですけど、あいにく嵐で。大雨の中、何が出るかも言われずに潜ったら、シロワニがたまたま一本だけ見られたんです。
そこで「シロワニやりたい!」と決意しました。

寺山

最初にわりとサメらしいサメに会ったんですね。

沼口

そう、ダイビングで初めて自分より大きいサメっぽいサメに会ったのがこの時でした。
これが、3年生の6月のできごと。その夏、すぐにまた小笠原に行って、2週間ほどダイビング三昧で過ごしました。

ダイビングサービスKAIZINさんにお世話になっていたのですが、繁忙期だったこともあり、わたしが乗ったダイビングボートが漁船だったんです。私としては、これが運命となりました。
船長さんに話をきいたら、マグロはえ縄をやっている漁船で。サメの歯が船艇にいっぱいあるんですよ!

「これ何?」と聞くと「アオザメとかが獲れる」と教えてくれました。そこで、船長さんに「サメが好きで研究したいんですけど」って申し出たんです。すると、以前にサメの研究に協力したことがあるから、協力は可能だと言ってもらえたんです。

サメのサンプリングってなかなか難しいこともあるのですが、偶然にサンプルを提供してくれる協力者に恵まれました。

すぐにゼミの先生に相談したんです。「小笠原のサメをやりたい」と言ったら「いいよ」と言ってもらって。
先生自身のテーマに沿ったものを学生もテーマにしなくてはいけない研究室が多い中、いい意味での放任的な指導が、私としてはとても良かったです。

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寺山

小笠原のサメの中でも、具体的にどういったことを対象とされたんですか? 分類とか解剖とかやられたと思うんですが。

沼口

テーマを決める時には、今までどんな論文が出されていて、ここから何ができるかを見定めていくんです。

まず論文を集めるんですが、小笠原のサメの論文を集めてみたら、ほとんどなかったんです。すごい昔に水産試験場でこんなサメがとれました、という数ページの論文くらい。

つまり、まだ小笠原にどんなサメがいるのか誰も知らない状態だったわけです。
先生には、「まずは魚類層だね」と言われました。
サメを獲りまくって、それをひたすら種の同定をして、小笠原のサメ層一覧を作るんです。

そのためには、サンプルを採らないといけないんですね。小笠原水産センター、漁師さんや地元の釣りをされている方に協力を仰いで、確実にそのサメを獲って調べていく。目視のみでは報告できません。

寺山

多い少ないではなく、いることの証明ですね。

沼口

はい、数は関係ないんです。
同じような種類が大量に獲れる一方、レアなものは1匹獲れるか獲れないかくらいだったり……。

寺山

小笠原では何種類くらいいるんですか?

沼口

私が獲ったものと過去の論文をみると、小笠原周辺海域のサメは34種類って結果が出ています。
それ以降は誰も研究していないので、もう少し研究して深いところを狙えばまだ出るかもしれませんが。

サメの捕獲は漁師さんにお願いするのですが「俺が入港するときに必ず港にいることが条件だ」と言われました。
小笠原のサメは大きいと4m近くもある。大型なので、漁師さんも命がけなのです。

その4mのサメを漁師さんにクレーンで水揚げしてもらって、わたしの軽トラに積み込みます。その後、水産センターの加工場をお借りして、計測と解剖です。このときに必要なサンプルを取って処理します。
そんな研究を大学4年生の時に、半年間行っていました。

寺山

なるほどね、すごいなー。先生に褒められたんじゃないですか?

沼口

論文の評価はわかりませんが、大型のサメのサンプリング能力だけは研究室一でした(苦笑)

寺山

それで、大学卒業の後は就職したんですか?

沼口

就職に興味がなくて、働きたいって気持ちも全然なくて……小笠原のサメの研究はもうちょっと続けたいと思ったので、じゃあもう少し大学に残ろうかなと思いました。
大学院を受験して合格して、引き続きまた小笠原に引っ越して、同じようにサンプリングして……。

でも、魚類層だけだともう修士では認められないから、もうちょっと深くテーマを決める必要がありました。解剖したら必ず腸から寄生虫がいたのでそれがすごく気になっていて、寄生虫やろっかなーと思って、テーマを決めました。

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寺山

「寄生虫やろっかなー」って言葉、なかなか女子大生は言わないですよね(笑)。

沼口

ムシは昔から好きで、子どものときの文集に寄生虫の研究者になりたいって書いたような(笑)。

たくさんの種類がある寄生虫の中で、サメのサナダムシを専門でやることにしたのです。
彼らは最終宿主がサメなので、腸からは成虫を採取することができました。
宿主特異性が非常に高いので、オンデンザメにはオンデンザメにしか寄生しないサナダムシ、ヨシキリザメにはヨシキリザメにしか寄生しないサナダムシが住んでいます。メガマウスザメにいるのもメガマウスザメにしか寄生しません。

寺山

え、知らなかった……。
ぜひ、サナダムシの本も書いてください!

サメを捨て苦悩した会社員時代
“シャークジャーナリスト”の誕生

寺山

では、結局就職はせず?

沼口

いえ、サメ関係で働きたかったのですが就職先を見つけられず、結局、IT企業に就職しました。
サメのことは全部やめて、サメの論文とかも捨てて、この会社員人生で終わりにしようって決めて、8年くらい渋谷で働いていました。

でも、精神的に疲れてしまって、ある日、会社行こうとしたら立ち上がれなくなっちゃって。
半年休職して、結局復帰せずに辞めてしまいました。

前から行きたかった、パラオのインタープリテーション研修に参加してみたり、帰国してから引きこもって考えたりしてたら、やっぱり自分が本当にやりたいのはサメかなと。

寺山

得意なところに戻ったって感じですか。

沼口

そうですね。
OL時代、ちょうどストレスが溜まっていた時に乗り物に走ったことがあって、28歳のときに船舶の免許を取りに行ったんです。

そこで出会った人に、ランチ食べながら会社に対する不満を話をしていたと思うんです。そしたら「じゃあ、あなたは何が好きなの?」って聞かれて。「そういえばサメをやってたんですけど、でも今は全然やってないですね」って言ったんですね。「じゃあサメのこと聞いていい?」って言われて、話し出したらもう止まらなくて。

そうしたらその人が「うん、君は”シャークジャーナリスト”だ。いますぐ会社に退職願いを出してきなさい」って言われたんです。
あとから知ったんですけど、その人は有名なモータージャーナリストの方でした。

それから数年後も会社は辞めないでまだOLだったんですけど、たまたま仕事の勉強のためにいろいろなセミナーに通っていて、そこで「自分の強みをどうやって仕事に生かすか」という内容のセミナーがありました。

3つのサークルがあって、「自分の好きなこと」「できること」「社会のニーズ」これが合致してるところを見つけるという。
好きなことはサメだし、できることはサメの解剖と説明くらいはできるなってなったのですが、最後の「社会のニーズ」だけが分からなかった。

それなら「好きなこと」と「できること」を組み合わせればいいのかなと。
会社を辞めるときに、“シャークジャーナリスト”っていう肩書きを思い出して、SNSのアカウントを作り、そこから毎日サメの発信をしていました。

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寺山

いい話ですね。
好きなこととできることと需要と。
ただ「サメが好き」「サメかわいい」と言っているのではなく、“ジャーナリスト”として冷静に需要に応えている感じがします。
僕、じつは影響を受けて、肩書きに“ダイビングジャーナリスト”って入れています(笑)
それは置いといて……それで、“シャークジャーナリスト”としての活動を本格的に始めたわけですね?

沼口

はい、私ができることは「サメの発信」だなと。
あと、日本板鰓類研究会(にほんばんさいるいけんきゅうかい)のシンポジウムが隔年であります。これはサメなどの軟骨魚類の専門家が参加する学会のようなものですが、学生のときから公聴していたので、日本国内でのサメ研究の動向やサメの先生が何をご専門で研究しているかとかはなんとなく頭に入っていました。

やってみると意外と需要があって。
ただダイビング業界から需要があるっていうのは予想外でした。
いろんなダイビング雑誌さんから声をかけてもらって、「そうかダイバーはサメに関心がある人が多いんだ」と。
あとはテレビ番組で解説したり、ニュース番組でコメントしたり。

寺山

一気に有名人。
そうやって、この本にたどり着いたんですね。
では、この本の見どころは?

沼口

一番好きなところがメガマウスザメの章で、メガマウスザメが出ると地震だって安易に噂されますが、その真相とか。
私もインタビューするまで知らなかったことなので、面白いです。

寺山

最後に、今後の活動で予定していることはありますか。

沼口

今DMM.comのオンラインサロン『シャークジャーナリスト沼口麻子の「サメサメ倶楽部」』を去年の10月に始めて、私の活動をバックアップしてくれる人や「サメの研究者になりたい」っていう学生さんや子供たちが会員になってくれています。ここでサメの情報交換や、サメのことをたくさん学んでもらえる場にしてもらえたらなと。

そして、そんなサメが好きな子供たちがこの本を読んで、もっといろいろな視野を広げられたらいいなと思います。

ほぼ命がけサメ図鑑

帯なし

著者名:沼口 麻子
単行本: 389ページ
定価 : 本体1,800円(税別)
販売: 株式会社 講談社

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