堀口和重の「イキイキと生きる!生き物伊豆紀行」(第5回)

今さら聞けない季節来遊魚の話。無効分散で、魚たちは投資をしている!?@伊豆半島

こんにちは。水中カメラマンの堀口和重です。

季節も秋に入り、陸上もだいぶ涼しくなってきましたね。
今年も伊豆の海では南方種が所々で見られ、秋の海へと変化しています。

毎年見られているハギやチョウチョウウオの仲間も続々と目に留まりますが、西伊豆の大瀬崎では2年ぶりにボロカサゴが確認されたり、東伊豆ではダイバーに大人気のクマドリカエルアンコウが観察され、海の中はとても賑わっています。

ボロカサゴ。大瀬崎では2年ぶりの登場(撮影/堀口和重、撮影地/大瀬崎)

ボロカサゴ。大瀬崎では2年ぶりの登場(撮影/堀口和重、撮影地/大瀬崎)

さて、伊豆では秋に見られることの多い南方種たちなのですが、いったいどうやって来るのかご存じでしょうか?

マグロやカツオのような回遊魚ならば南方から泳いで渡ってくることも可能ですが、ほぼ着底している魚たちは泳いでくるのは困難です。

ましてや、南方種でありサンゴのポリプを食べるチョウチョウウオの成魚などが、寒い方に行くメリットはないですからね。

泳いでくるのではなく
“流されてくる”

どのようなメカニズムかというと、南方種は夏~秋ごろに活発に動く黒潮の影響や台風によって、自ら移動してくるというよりは“流されてくる”生き物たちであり、産卵後の卵や孵化した稚魚などは着底せずに水面や中層を漂い、それが潮の力や台風の動きで運ばれてくるのです。

そして運ばれてきた生き物たちの中には、自分の住みやすい環境を見つけて着底するものたちもいます。

チョウハン。チョウチョウウオの仲間は、夏から秋によく見られる(撮影/堀口和重、撮影地/大瀬崎)

チョウハン。チョウチョウウオの仲間は、夏から秋によく見られる(撮影/堀口和重、撮影地/大瀬崎)

体力が美しいソメワケヤッコの幼魚(撮影/堀口和重、撮影地/大瀬崎)

体色が美しいソメワケヤッコの幼魚(撮影/堀口和重、撮影地/大瀬崎)

ニシキフウライウオもまた、南方から流れてくる人気の魚(撮影/堀口和重、撮影地/黄金崎)

ニシキフウライウオもまた、南方から流れてくる人気の魚(撮影/堀口和重、撮影地/黄金崎)

“死滅回遊魚”は
もはや以前の言葉?

では、その流されてきた生き物ですが、その後はどうなるのでしょう? そして何と呼ばれているかご存じでしょうか?

流されてきた生き物は、冬には寒さで死んでしまうことから、ダイバーの中では以前までは「死滅回遊魚」と呼ばれていました。死滅という言葉の響きや、回遊魚ではないということから、「季節来遊魚」という呼び名もよく耳にします。

しかし、それは正式な用語ではなく、本来は「無効分散」と呼ばれています。

無効分散は、南方から伊豆などに辿り着き、冬になるとほとんどが死んでしまうという考えではなく、「その生き物が辿り着いた先で、成魚になれず、繁殖もできない」までのことを示すのです。

しかし、環境の変化で繁殖し産卵まで辿り着くことができれば、魚たちにとっては今まで無効だった分散が成功したことになります。そしてその可能性は否定できません。

つまり、この時期に見られる南方種たちは、南から流されてきて「かわいそうな魚」なのではなく、分散が成功する可能性に「投資をしている魚」と考えてもらえるといいですね。

ただ逆に、生き残ることにより、いろいろな問題は出てきますが……。

3年前に撮影した、寒さなどで弱っているヒラニザの幼魚(撮影/堀口和重、撮影地/大瀬崎)

3年前に撮影した、寒さなどで弱っているヒラニザの幼魚(撮影/堀口和重、撮影地/大瀬崎)

寒さに負けて越冬できなかったトゲチョウチョウウオ(撮影/堀口和重、撮影地/大瀬崎)

寒さに負けて越冬できなかったトゲチョウチョウウオ(撮影/堀口和重、撮影地/大瀬崎)

越冬する魚たち

2019年の1~3月の冬季は、伊豆の水温のピークが例年よりも2℃ほど高かったです。私自身が伊豆で潜っている中でも、今年は特に高く感じました。

これは、温暖化の影響か?と思う方も多いと思いますが、ここで注意してもらいたいのは、実は数十年単位で太平洋側の一部分は冬場でも水温が上がることがあるということです。

いろいろと情報を集めていくと、実際30年ぐらい前にも伊豆半島では同じように水温が高い時期があり、それまで生き残れなかった生き物たちが次々と冬の水温に耐えて越冬したり、普段見られなかった南方の生き物たちが見られたりしたようです。

今年4月に越冬したクマドリカエルアンコウは、6月まで確認された(撮影/堀口和重、撮影地/大瀬崎)

今年4月に越冬したクマドリカエルアンコウは、6月まで確認された(撮影/堀口和重、撮影地/大瀬崎)

大瀬崎で昨年現れたアザハタの幼魚は、現在20㎝以上にまで成長(撮影/堀口和重、撮影地/大瀬崎)

大瀬崎で昨年現れたアザハタの幼魚は、現在20㎝以上にまで成長(撮影/堀口和重、撮影地/大瀬崎)

2019年、私がもっとも驚いたのは、西伊豆の黄金崎で今まで越冬できなかった二ラミギンポが4月に産卵し、卵を保護している姿が確認されたことです。

伊豆大島では繁殖が確認されているのですが、伊豆半島では私が調べた限りでは情報はありませんでした。

卵を保護する二ラミギンポ(撮影/堀口和重、撮影地/黄金崎)

卵を保護する二ラミギンポ(撮影/堀口和重、撮影地/黄金崎)

このほかにも、以前まで産卵が確認できなかった南方種の産卵が確認できているようです。

前述した通り、2019年がもし水温が下がらないサイクルであるとしたら、来年以降にはこのニラミギンポなどの南方種は死滅する可能性があります。

仮に何年経っても水温が下がらないのであれば、今までとは違う変化が起こっているのかもしれませんね。

さまざまな気象学者の意見では、暖かいサイクルに入っているという意見もあり、現状では海が今後どうなっていくかまったくわからないということです。

実際にこの変化にずっと前から気づいていて、地道に情報収集を行い、伊豆を中心に撮影をしている方もいます。

2019年の秋は始まったばかり。これからまだまだ南方種の情報が伊豆各地で出てくると思います。

まずは伊豆に潜りに行って、普段は見ることのできない生き物たちの観察や撮影を楽しんでみてください。
その体験を通じて、無効分散された魚たちのことや、変化する海のことを考えてもらえたらと思っております。

もしかしたら、今後の環境を左右するような、新しい発見に出会えるかもしれませんよ!

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堀口和重さん
プロフィール

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伊豆の大瀬崎にある大瀬館マリンサービスにチーフインストラクターガイドとして勤務後、2018年4月にプロのカメラマンに転向。
現在は伊豆を拠点に水中撮影から漁風景や海産物の加工まで海に関わる物の撮影を行っている。
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PROFILE
日本を拠点に活動している⽔中カメラマン。カメラマンになる以前はダイビングガイドをしながら数々のフォトコンテストで⼊賞。現在はダイビング・アウトドア・アクアリストなどに関連する雑誌やウェブサイト、新聞などに記事や写真を掲載、水中生物の図鑑や教書にも写真提供している。2019年に日本政府観光局(JNTO)主催の“「⽇本の海」⽔中フォトコンテスト 2019”にて審査委員、2020年には“第28回 大瀬崎カレンダーフォトコンテスト”の特別審査員も務める。近年は訪⽇ダイビングツーリズム促進を⽬的として“NPO 法⼈ Japan Diving Experience”としての活動も⾏っている。
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