ザトウクジラの個体数は増えている?減っている? ホエールウォッチング・スイムの与える影響とは

提供:ゼログラビティ奄美大島

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冬真っただ中の現在、沖縄や奄美周辺海域では繁殖のために訪れたザトウクジラたちが見られる。親子で泳ぐ姿やしぶきをあげて水面からジャンプする姿…その姿に魅了され、ここ数年盛んになっているホエールウォッチングやスイムに訪れる方も少なくないだろう。しかし、沖縄・奄美周辺海域のザトウクジラの個体数が減少している可能性があるという。そこで、一般財団法人 沖縄美ら島財団(以下、美ら島財団)でイルカ・クジラの研究をしている小林希実先生(以下、小林先生)に、ザトウクジラの個体数の変化や生態、ホエールウォッチング・スイムの与える影響と対策について詳しく伺った。

ザトウクジラは増えている?
世界の現況

オーシャナ編集部(以下、――):美ら島財団ではクジラに関してどんな研究をされているのでしょうか。

小林先生

美ら島財団の総合研究センターの動物研究室には魚類やサメ、サンゴなどさまざまな研究チームがあり、私たちはイルカ・クジラ全般の調査研究をしています。中でもザトウクジラの調査が大きな割合を占めています。沖縄では、1990年から座間味諸島を皮切りに周辺海域でクジラがよく見られるようになってきて、それに合わせて座間味村でホエールウォッチング協会ができ、私たちも調査研究を始めました。その頃ハワイなどでは、ザトウクジラの尾びれで個体識別ができることがすでに分かっていたので、沖縄でも個体識別を始めました。

ーー1990年より前は、沖縄周辺海域にクジラはいなかったんですか?

小林先生

もともとはいたのですが、激減していました。その昔、北太平洋を含め、世界的に商業捕鯨が始まり、1940〜1950年代に沖縄でも盛んになり、数年で500~600頭くらい捕獲されることもあったそうです。その影響で、ほとんど沖縄の周りではザトウクジラが見られなくなってしまったんです。それより前にどれだけの個体数がいたかは調査されていないため正確な数字はわかりませんが、毎年少なくとも1000頭以上は来ていたのではないかといわれています。

沖縄周辺で見られるザトウクジラ

沖縄周辺で見られるザトウクジラ

ーー世界的には、どれくらいの数のクジラが確認されているんですか?

小林先生

商業捕鯨がされる前は北太平洋だけでも2万頭はいたといわれています。ですが、商業捕鯨の影響で10分の1くらいに減ってしまい、1960年代から世界的にザトウクジラの捕鯨は禁止されています。そのため、60年代以降の個体数は右肩上がりに増加したといわれていて、現在北太平洋のハワイ周辺の繁殖海域だけで1万頭くらいでしょうか。はっきりとした個体数はわからないので、現在各国と協力して個体数を把握しようとしているところです。

ーーどのようにして個体数を把握しているのですか?

小林先生

尾びれの模様で個体識別をして、その情報を基に個体数推定という統計学的な方法で数を推定しています。ただ、ザトウクジラは回遊をしています。12〜4月に沖縄周辺でよくみられますが、日本やハワイなどには繁殖をしにきており、それ以外の時期は餌となる動物プランクトンや小魚が多いロシアやアラスカなどの海域にいます。しかし、すべての個体が同じようなルートで回遊しているわけではなく、また繁殖地もさまざまですし、もしかしたら毎年繁殖地に回遊しない個体もいるのではないか?という説もあります。そのため、各地で情報交換をしながら、協力して数を数えないと正確な数はわからないんです。

冬にザトウクジラが日本で見られるのはなぜ?
ザトウクジラの生態に迫る

ーーザトウクジラが繁殖する場所と餌をとる場所が違うのは、なぜなんですか?

小林先生

主な餌が、夏の冷たい海域で大発生するオキアミなどの動物プランクトンや群れる習性のあるニシンなどの小魚なんです。なので、夏はそこにとどまって、ひたすら半年間食べて太るんです。ですが、生まれたばかりの子クジラはまだ脂肪が薄く、海の冷たさに適応が難しいということもあって、おそらく温かい海域で出産して子育てをするんだと思います。交尾は餌場でしてもいいのではないかなと思うんですけど、なぜか交尾も繁殖海域ですることになっているみたいですね。

ーー繁殖海域で交尾から出産、子育てまでするんですね。

小林先生

はい。子クジラは生まれてから3か月は、その海域で母クジラから牛乳の10倍もの栄養素があるというミルクをもらって、どんどん大きくなります。生まれた時は体長4~5mですが、1歳になる頃には9mにもなるそうです。でも生まれたばかりだと体の脂肪も薄いし、泳ぐのもあまり上手ではないので、温かい海域で過ごして、ある程度成長してから母クジラと一緒に餌場海域に帰るみたいですね。

親子クジラ

親子クジラ

ーー泳ぐ練習もこの時期にするんですね。

小林先生

たとえば母クジラがジャンプすると子クジラもジャンプしたり、母クジラがテールスラップ(※)をしたら子クジラもテールスラップをしたり、真似しながら学んでいるんだろうなとは思います。母クジラがぷかぷか浮いてるとその上を子クジラがゴロゴロしているような時もあって、そういった姿も繁殖海域では見られますね。

※テールスラップ:尾びれを海面から高く突き出し、激しく海面に振り下ろしたり、海面下から蹴り上げたりする行動。威嚇や居場所を知らせるのが目的といわれている。

提供:一般財団法人 沖縄美ら島財団

ーー子どもを産むのは年に1回なんですか?

小林先生

毎年産んでいる例がほぼないので、おそらく2年に1回か、3〜4年に1回くらいのようです。

ーーじゃあ繁殖海域に来るのも個体別でいったら、2年に1回とか3〜4年に1回なんですかね。

小林先生

もしかしたらそういう個体もいるかもしれないんですが、基本的には出産をしない年も交尾のために、繁殖海域に回遊してきているのではないかと思います。ただ、沖縄だけでなく、ハワイでもメキシコでもどの繁殖海域でもオスの方がメスの倍の数いるんですね。通常オスとメスは大体半々の数で生まれているのではないかと思いますが、繁殖海域だけはオスが倍の数いるということは、繁殖しないか、もしくは性成熟していない若いメスはずっと餌場にいるんじゃないかという説もあるんです。実際に繁殖シーズンでも餌場海域のアラスカやロシアにもザトウクジラはいるらしくて。ただ、それが冬の間もずっととどまっているのかはわかりません。ザトウクジラの中でも早めに繁殖海域まで移動する個体もいるし、遅めに来る個体、早めに帰る個体もいます。そのため、行ったり来たりで、ずっといるように見えるのかもしれません。
性成熟する10歳になる前の若い個体は、わざわざ何千キロも旅をして繁殖海域には来ないのではないのかということもよく聞かれます。しかし、2〜3歳の若いクジラたちも毎年見られているので、繁殖には参加しなくてもその海域には来ているみたいなんですよね。

ーー繁殖活動を見学しているんですかね…。

小林先生

見学しているのかもしれないですね。若い個体同士が一時的な群れを形成しているときとかもあるんですけど、どういう目的なのかはよくわかっていません。でも3,000〜4,000kmも回遊して、餌もない場所にいるってすごい大変ですよね。いまだにわかっていないことがとても多い気がします。

ーー繁殖海域にいるときは餌を食べないんですか?

小林先生

繁殖海域で餌を食べているところは、確認されていません。おそらくオスもメスもまったく食べないのだろうといわれています。子育てが終わって餌場海域に帰る頃には、脂肪の厚さが3分の1くらいまで減っているそうです。半年かけて蓄えた脂肪を使いながら、繁殖海域に滞在するという戦略みたいですね。

ーーすごいですね。沖縄でこの時期に潜っているとクジラの声が聞こえますが、これも繁殖に関係あるのでしょうか?

小林先生

ソングと呼ばれる音声コミュニケーションですね。オスのクジラだけが主に繁殖海域で出す鳴き声です。摂餌シーズンの終わり頃や回遊途中にも多少聞かれることがあるそうです。非常に不思議で、同じ年に同じ海域にいるクジラは別の個体でも、ほぼ同じような特徴のソングを出すんです。歌にたとえると1番から7番みたいな感じでテーマが移り変わって、7番までいったらまた1番に戻って…と、本当に歌っているように聞こえるのでソングといわれています。次の年、7番がちょっと変わったりとか、2番が変わったりとかするんですけど、どの個体も同じように変えていくんですよね。で、数年経つとまったく違うソングに変わっているという。どうしてそんなことをしているのかはよくわからないんですけど、非常に興味が尽きないところでもありますよね。

ザトウクジラのソング

小林先生

また餌場海域では、ソングはシーズンの終わり以外はほとんど聞かれないんですが、別の鳴き声でコミュニケーションをとっているようです。餌を食べるときに、一時的な群れを作って餌をとるんですが、その時にまったく違う種類の「フィーディングコール」と呼ばれる鳴き声を出しているんです。最近では母クジラと子クジラの間でも、短い鳴き声でコミュニケーションをとっていることがわかってきました。子クジラが離れると母クジラが短めの音を出して、そこに子クジラが戻ってくるとか、そんなこともあるみたいです。

>>次ページ:ザトウクジラの個体数が減っている可能性があるといわれるのはなぜ?

 

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