ザトウクジラの個体数は増えている?減っている? ホエールウォッチング・スイムの与える影響とは

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ザトウクジラの個体数が減っている可能性があるといわれるのはなぜ?

ーー個体数は今も増え続けているんでしょうか。

小林先生

実は最近、今後も増え続けていくと楽観視はできない可能性もあると考えられています。ザトウクジラの捕獲が禁止されて以降、個体数は世界的に順調に増えていたのですが、2015年くらいをピークに横ばいか、もしくは減っている可能性もあるようです。ハワイで2015〜2016年くらいにザトウクジラの数はすっかり回復したね、ともいわれていたのですが、その頃を境に、突然ハワイで観察されるクジラの数が10分の1くらいに減ってしまったことがあったんです。すごい衝撃でした。
最近調査結果が出てきまして、どうやら餌場が関係していたようです。ハワイで繁殖するザトウクジラはアラスカ周辺で餌を食べることが多いそうで、アラスカでの調査結果と照らし合わせたところ、同じように、その頃の観察数が減っていたんだそうです。ちょうどその頃、一時的な気候変動で少し海水温が上がったため、ザトウクジラの餌場が変わったか、餌が少なかった可能性があります。そのため、繁殖場所もずれたか、帰ってくる個体も減ったのではないかともいわれています。日本周辺では、同じ頃あまり数は減っていなかったので、もしかしたら餌場が変わっていて、ハワイに帰る予定だった個体が日本に来た可能性があるのでは、と考えられています。
ただ2021年頃から、ハワイで観察されるザトウクジラの数も以前と同じくらいに戻ったともいわれていますので、やはり一時的な変動だった可能性もあります。

実際は減少していたように見えていただけなのか、もしくは本当に餌が少なくなってしまい死んでしまった個体もいたのか、まだわからない部分は多く、研究、検証が続いています。ただ、はっきりと論文などには出ていませんが、北太平洋のザトウクジラについては、これまでのように今後もどんどんと数が増えていく傾向にあるとは言い切れない可能性もあるようです

ーーザトウクジラの生息域が変化してきている可能性もあるということでしょうか。

小林先生

今後、環境が変化すれば、その可能性はあると思います。海水温の変化によって餌となる生物がいる場所が変われば、餌場ももちろん変わりますよね。ザトウクジラは繁殖地にいる間はまったく餌を食べないといわれているので、落ち着いて繁殖ができる環境であれば、繁殖地に関していえば大きく変わることはないと思います。なので、人間活動の影響があまりない環境があるということが必要なんだと思います

ホエールウォッチングやスイムと共存するには

ーー人間活動というと、ホエールウォッチングやスイムが盛んに行われていますが、その影響はあるのでしょうか。

ザトウクジラ

小林先生

観光産業によるザトウクジラへの影響調査については、日本では私たちが沖縄で調査を始めたばかりですが、海外ではいくつか論文が出ています。たとえば、昨年オーストラリアのほうで、ザトウクジラのウォッチングとスイムの過去3年間の影響調査に関する論文が出ています。それによると、周りに船がいる時といない時、つまりウォッチングやスイムのツアーの時のザトウクジラの行動を見ると、変化が多少見られることがわかっています。休息時間が減ったり、泳ぐスピードや方向が少し変わったりするようです。ウォッチングも影響がありますが、スイムの方が少し影響が大きいということも書かれています。
また、毎年それほど多い件数ではありませんが、スイムで怪我をする方もいらっしゃいます。クジラも攻撃を加えるつもりではないと思いますが、胸びれや尾びれが当たって骨折したり、入院が必要な怪我を負うことがあるようです。

ーーオーストラリアでは調査結果を受けて、何か対策はされたんでしょうか?

小林先生

そうですね。もともとウォッチング、スイムのルールがあったのですが、より厳しいルールが作られました。たとえば、ホエールスイムに関しては「自由に泳ぐ」ことが基本的に禁止されていて、船から垂らしたマーメイドラインというラインにつかまって観察するスタイルがとられています。人間の怪我はもちろん、ザトウクジラを追いかけたり必要以上に近づいたりすることを防げます。そのほかのルールとしては、親子クジラがいるときは海の中に入らず、ウォッチングも30分以内に限定するといったものがあります。

ーーウォッチングやスイムを完全にやめるのではなく、楽しみつつ、ザトウクジラへの影響を減らすようにしているんですね。日本だとこういった取り組みはされているんですか?

小林先生

沖縄だと座間味村では似たようなルールが、しっかりと作られています。親子クジラに対しても1時間しかウォッチングしないとか、スイムは陸から10マイル(18.5km)以内の自主ルール適用海域において禁止などですね。沖縄本島でも、各協会の方々がホエールウォッチングやスイムに関する自主ルールを設けています。今後は、沖縄や奄美の各協会、研究機関、行政機関とで連携して、ザトウクジラの保全と安全で持続的なツアーとの両立のために、より保全に根差した世界の基準にあったルールを作る方向で、皆さんと相談しています。

ーー影響調査も協会の方々と一緒に取り組まれているんですよね。

小林先生

はい。沖縄本島では北部と中南部の方々とメインに調査を行っています。ウォッチングやスイムツアーを提供する事業者の方も、ザトウクジラが来なくなったら活動できなくなってしまうということもありますし、守らなくてはいけないという意識をとても高く持っていらっしゃいます。

ーーどんなふうに調査をされてるんですか?

小林先生

昨年から、オーストラリアで論文を出された研究チームと共同で調査を実施し、同じ方法を取り入れています。ツアーの船に一緒に乗り、ツアーは通常通り開催していただきます。そこで、まずウォッチングやスイムが始まる前に少なくともザトウクジラから300mぐらい離れたところで、15分間は自然な行動を観察します。その後、近づいてツアーを実施している間に15分、終了したらまた300mぐらい離れてザトウクジラの行動を観察します。レーザー距離計で正確な距離を測りながら、行動がいつどう変わったのか指標を作っていっています。たとえば、遊泳方法や速度、入水時間の変化などですね。

ーー実際にデータを取ってみると、やはり行動の変化は見られるのでしょうか?

小林先生

やはり個体差はすごく大きいですね。事業者の皆さんもそのように言われています。船が近づいてもあまり気にしない、行動変化がない個体もいれば、結構距離があるにも関わらず、とても嫌がって進行方向を変える個体もいます。ですので、なるべくデータをたくさん取って平均値を出すことが大事かなと思っています。
親子クジラに関しては、子クジラが逃げるかと思うと逆で、むしろ好奇心が強くて、船やスイマーを見つけると母クジラから離れてグッと近寄ってくることもあります。母クジラがあまりそれをよく思わないと泳ぎ去ってしまいますし、どっしり構えている母クジラであれば、人間や船に興味を持って遊んでいる子クジラを近くで見ています。
そういう個体の場合、一見すると影響がないように見えるんですが、その分休息時間や授乳に充てられる時間が減ってしまったり、子クジラは平気でも母クジラがストレスを感じてしまったりする可能性も大いにありそうです。そのため子クジラがフレンドリーでも、親子クジラのウォッチングやスイムは多少減らした方がよいというのは、世界的にもいわれていたりします。

ーーやはり今後、自然と観光を持続可能にしていかないといけないと思うんですが、こうしていくべきなんじゃないかとか、今すでに取り組んでいらっしゃることはありますか。

小林先生

今まさに岐路に立っているところだと思っています。個体数が増え続けていくのかわからない可能性もあるので、保全はしていかなければいけません。また、沖縄では2020年ぐらいから一部の地域でホエールスイムが始まり、事業者の皆さんもこのままの状況でいいのかと問題意識が高まっているところだと思います。世界と比べると、沖縄のホエールウォッチングもスイムもルールは優しめです。しかし、頭でっかちに海外のルールをそのまま持って来るのも良くはないと思うので、みんなで調査をして、その結果に見合った形でルール作りをしていくことが必要だと思っています。
 
たとえば海外では、大体クジラから100m以内には近寄ってはいけないルールなんですが、沖縄本島は50m以内というルールが多いんです。先日、北部ホエールウォッチング協会の方々からの要望があって、レーザー距離計で実際クジラまで50mとはどれくらいの距離なのかを測ってみました。それまでは感覚で50mの距離をとっていたのですが、実際に50m測ってみたら、事業者さんの方から「これは近すぎるかもなぁ!」と。こんな感じで現場の皆さんとやりとりしながら、ルールを作っていっています。また、環境省や沖縄県の方々にも情報を共有して、公式なルールにしていこうともしています。

ーーホエールウォッチングやスイムに参加されるユーザーに向けて、意識してほしいことなどはありますか?

小林先生

絶対にクジラに会えて、ジャンプする姿が見られて…というわけではないので、「絶対に見る!」と思うと見られなかった時のガッカリ感も大きいと思います。なので、ザトウクジラたちが繁殖している海域にちょっとお邪魔して、クジラだけでなくその環境も知ってみようかなという気持ちで参加していただけるといいなと思います。そうすることで、この海域や、クジラたちを守っていくために何ができるかを考えるきっかけにもつながると思います。

――ありがとうございました。

まだまだわからないことも多いザトウクジラの生態。商業捕鯨の時代に比べるとザトウクジラの個体数は増えているものの、今後順調に増えていくとは限らない。これからもホエールウォッチングやスイムを私たちが楽しむためにも、まずはザトウクジラたちも私たち人間と同じ生き物で、生きるためにこの海域を訪れていることを意識して接し方を考えることが大事なのではないだろうか。

Profile
小林希実
鯨類生態学、生物音響学を専門とし鯨類の生活史に関する研究、生物の音響行動学的研究を行う。

著書:クジラは何歳くらいまで親と過ごすの?クジラはどうして回遊するの?クジラ・イルカの疑問50(分担執筆)

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