世界記録保持者ハーバート・ニッチ氏×日本代表・太田陽子氏トークセッション!~自由も達成感も実現する。フリーダイビングの魅力とは~
2007年にAIDA世界選手権のフリーダイビングNLT(ノーリミット)分野において、深度214m(702ft)の世界記録を樹立し「The Deepest Man on Earth(地球上で最も深く潜る男)」の称号を与えられたオーストリアのフリーダイバー、ハーバート・ニッチ氏。そして、フリーダイビング日本代表の太田陽子氏。お二人の共通点は、アポロの「バイオメタルマスク」のアンバサダーであること。そんな縁から今回のフリーダイバー・トークセッションが実現した。フリーダイビングの魅力についてはもちろん、やりたいことを実現するにはどうすればいいのかなど、トップアスリートならではの深く、熱いトークをお届けしよう。

太田陽子氏とハーバート・ニッチ氏
偶然の出来事から始まった、ニッチ氏のフリーダイバー人生
オーシャナ編集部(以下、――)
最初にお二人がフリーダイビングを始められたきっかけについてお聞きしたいと思います。ニッチさんはダイビング器材を紛失したことで、フリーダイビングの天賦の才に気づかれたそうですね。
ハーバート・ニッチ氏(以下、ニッチ氏)
90年代後半にダイビングサファリに向かう途中、ロストバゲージでダイビング器材がなくなってしまいました。しかし、せっかくのダイビングトリップなので、器材なしで潜ることにしました。水中写真を撮ることに夢中になっていたのですが、友人が「どこまで深く潜れるかトライしてみたら」と言ってきたのでチャレンジしてみたら、32mまで潜れました。海の中で魚が泳いでいるのを見ていたら気分が紛れて、恐怖も苦しさもまったくありませんでした。当時の世界記録は34mだったので、本格的にフリーダイビングを始めることにしました。

――それはすごいですね! やはりニッチさんは、並外れたフリーダイバーとしての才能を持っていらっしゃるんですね…。陽子さんは、どのようなきっかけでフリーダイビングを始められたのですか?
太田陽子氏(以下、陽子氏)
フリーダイビングを知ったきっかけは、フェイスブックで写真を見たことです。とても魅力的だと思いましたが、実際に始めるまでは少し時間がかかりました。その後、2019年にフリーダイビングの講習を受けたのですが、その頃は会社勤めをしていたので、週末にトレーニングをしていました。2020年には幸運にも世界大会の日本代表メンバーに選出されることができました。しかし新型コロナウイルス感染症が蔓延し、世界大会はキャンセルに。そのことがきっかけで、会社員としてのキャリアか、フリーダイビングか、本当に自分がやりたいことはどちらかを考えるようになりました。
当時私は30歳だったのですが、30代でフリーダイビングを始め、世界で活躍する日本人女性選手がいることを知ります。自分もこれからフリーダイビングに打ち込んでいくことで人生を変えることができるかもしれない。そう思って、一念発起して会社を辞めて、フリーダイビング中心の生活をすることに決めました。トップ選手で私のインストラクターでもある方に「なにかフリーダイビングに関わることをお手伝したいです」と言ったところ、インストラクターになることを勧められ、スクールのお手伝いをさせてもらうことになりました。

太田陽子さんの競技中の様子
――30歳という年齢は、自分のキャリアを考える時期かと思いますが、思いきった決断が功を奏したのですね。その後、陽子さんはいつでも練習ができるように海の近くに移住し、フリーダイビングのインストラクターになって活動しているんですよね。まさに夢を実現されていて、すごいなと思います。
「世界一深く潜った男」が極めたフリーダイビングのトレーニング方法とは
――ニッチ氏はフリーダイビングで数々の世界記録を樹立してきましたが、どのようにして、そのような超人的な記録を打ち立てるまでになられたのかを教えてください。
ニッチ氏
私はパイロットとして仕事をしてきました。フリーダイビングは仕事の傍らの趣味でしたが、どうすればもっと上達するかを何度も考えました。しかし、当時はフリーダイビングをする人と接する機会も少なく、オーストリアにはフリーダイビングのスクールもありませんでした。そのため自分自身でどうしたらもっと潜れるかを考えて、独自のトレーニングをするようになったんです。
――ということは、誰にも習わずに、独自のトレーニングをされてきたんですね。具体的にはどんなトレーニングなんでしょうか?
ニッチ氏
いろいろなトレーングを試してきましたが、ソファでの“カウチトレーニング”はとても効果がありますよ。
陽子氏
ソファでトレーニング?! どんなことをするのか、知りたいです!!
ニッチ氏
ソファに座って、息を最大に吐き出して、呼吸を止める。それだけのシンプルなトレーニングです。30秒呼吸を止めたら、次に30秒呼吸をする。次に1分間止めたら、1分間呼吸してというのをずっと繰り返すんです。大会の1週間くらい前になったら、水深15mから20mくらいの浅いところで、肺を完全に空にした状態で、体を水圧に対応させていくというトレーニングを行います。

――ものすごく息苦しそうですが、実際どうなんでしょうか?
陽子氏
水の中に入ると潜水反射が起こります。「潜水反射」とはクジラやイルカなど哺乳類に起こる生理反応です。息を止めたり、顔が水に触れると、酸素を節約するために心拍数が低くなったり、代謝がゆっくりになったりします。トレーニングをすることで、この反応を起こりやすくしたり、強く起こすことができるようになります。
ニッチ氏
私はいつも短い時間で最大限に効果的なトレーニングをしようと心掛けています。潜水反射は代謝を落とす作用があるので、ずっとトレーニングし続けるのは身体によくないんじゃないかと。大会の合間には、体力作りのためにジムなどでのトレーニングもしましたが、そのときはフリーダイビングはしていません。同時に両方やるということはないですね。
ヨガや瞑想などをメンタルトレーニングに行う人もいますが、私はやりません。今やっていることに集中すると、外のことが全く気にならなくなります。大会に出ているときなどは、自分を俯瞰して客観的に見ることができるんです。ゴールを設定したら、それを達成するために何をすべきかに集中し、最短で結果を出すのが私のスタイルです。世界記録はすべてそのようにして出してきました。

海の中をフリーダイビングで自由自在に楽しむニッチ氏
――コーチなどは一切つけずに自分で考えたトレーニング方法で、世界記録を塗り替えることができるというのは、もともとニッチさんにフリーダイビングの才能がずば抜けてあったからではないのでしょうか。
ニッチ氏
そんなことはありませんよ。自分で自分に合ったトレーニング方法を見つけて、続けているだけです。