衛星でも見えない、「隠れた」前線の話(前編)

気象予報士くま呑みの“ダイバーのためのお天気講座”

セブ島ロケ・雲の形

天気図では見えない前線

前回、青函連絡船5隻沈没を招いた日本最悪の海難事故が、前線の読み間違いだったとお伝えしました。
台風が温帯低気圧になっても油断大敵!?~ダイバーなら知っておきたい前線の話~ | オーシャナ

当時は、気象衛星の観測もなく、レーダー観測網も整備されていなかったのですから、仕方なかったかもしれません。
しかし、もろもろの天気図も衛星写真も整備された現代でも、同様の「前線の読み間違い」は起きています。

前線の連載の最初「ダイバーにも密接に関係する「前線」ってなに?」の冒頭で書いたダイビングの事故事例にしても、すでに様々な予報も天気図もある現在の話です。

いくら読み間違いだといっても、そんなことが起きるのでしょうか?

実は、前線というのは一筋縄ではいかない例外がたくさんあるのです。
大きさに関してだけでも、通常の低気圧などと違って、本当に小さな数キロクラスのものから、数千キロオーダーまで、さまざまな大きさがあります。

前回までは、その中で数百キロのオーダー以上の「典型的な」前線のお話をしました。
しかし、小さな前線や派生的に発生する前線などは、全国規模の天気図には、出ていないことがあるのです。

今回はそんな「隠れた」前線や、典型的ではない前線を見ていきたいと思います。

前線は、国によって解釈が違う

まず、この天気図を見てください。

ヨーロッパの天気図

図1.ヨーロッパの天気図(イギリスの MET Officeより)

地図は、右半分がヨーロッパです。
右上の方が黒海、そして右に地中海、右下はアフリカです。
左上には、グリーンランドも見えていますから、かなり広範囲にわたっていますね。

イギリスに天気の影響をおよぼす、イギリス西側の北大西洋が大きく天気図の範囲に入っていることがわかります。

ここで、注目していただきたいのが前線の描き方です。
なんだか、日本の見慣れた天気図の前線とはだいぶ形がちがいませんか?

温暖前線が赤、寒冷前線が青、閉塞前線が紫で表示されていますが、よく見ると、いくつか、日本の天気図の解析の仕方ではでてこないような表現があります。

  1. 図上部真ん中の1009hPaの低気圧の周りには、まるで渦を巻くように閉塞前線が解析されています。日本では、こんな形の前線は描きません。
  2. その右の1001hPaの低気圧には、閉塞前線が2本解析されています。日本の天気図では、1つの低気圧から延びる閉塞前線は1本のはずです。前回説明した温帯低気圧の発達モデルですと、低気圧中心の回りに反時計廻りに渦をまく流れがあって、温暖前線に寒冷前線が追いつくと閉塞前線になるという形だからです。
  3. しかも、その低気圧の中心は閉塞前線の端ではなく、温暖前線と寒冷前線がぶつかってTの字型になっている辺りにあります(Tボーン型前線・後述)。日本の天気図では、モデルどおり、閉塞前線は低気圧の中心から延びることになっています。
  4. 右下の地中海にある994hPaの低気圧から伸びる寒冷前線の先は、温暖前線になって止まっています。日本の天気図では、普通は、寒冷前線の先は停滞前線として解析され、温暖前線が低気圧の西側の前線の端になることはあまりありません。これも、低気圧の発達モデルだと考えられないからです。
  5. 左下の大西洋にある995hPaの低気圧にはやはり、閉塞前線が2本解析されていますし、そのうち1本は中心の周囲に渦をまくように伸びていますが、よく見ると閉塞前線の進行方向が前線の場所によって逆になっています(半円や三角のしるしは、前線進む方向につけます)。これも、日本のモデルだと説明がつきません。

このように、国によって、前線の解析が違うのです。

これは別に、日本とイギリスで、違った大気があるわけではないですから、前線の解析に使うモデル(=考え方)が違うということになります。

実際、前回お話をした低気圧の発達モデルは、「ノルウェー学派」という、比較的伝統的なモデルですが、1990年頃からは上空の大気の流れの観測も発達してきて、それを考えに入れたより三次元的な「シャピロ・ケイサー」というモデルも提唱されています。

このモデルでは、前述のTボーン型前線が出来ることも説明されています。
(ちなみに、現代の研究では、「ノルウェー学派」と「シャピロ・ケイサー」のどっちが「正しい」かということはなく、現実の前線は、両方のモデルの中間的な存在で、どちらか片方だけで説明がつくということではありません)

逆を言うなら、日本の天気図に比較的合う解析のやり方はオーソドックスなモデルなので、そのように前線を描いていますが、実際には、例えば、すぐ近くに同じ方向に進む「前線」が複数あるということは大気の中では起こりえるということなのです。
これを、日本では、前線として解析していないだけなのです。

そして、もう一つ、日本の天気図との大きな違いがあります。
それは、日本では、高気圧や低気圧を「高」とか「低」とかと大きく色分けして書くのに対して、このイギリスの天気図では、「L」や「H」の文字は白文字でめだたせていなくて、むしろ前線が目立つようになっています。

つまり、日本は、伝統的に比較的低気圧本体に注目するのに対して、欧米では前線の動きに注目しているということなのです。

実際、例えば、この夏(2014年夏)に公開された、「Into The Storm」という、巨大竜巻を追うという気象娯楽映画でも、「低気圧が来ている」という会話より「フロントライン(前線)の動きが活発になっている」といった台詞が多くありました。

欧米では娯楽映画を見る人達にとって「低気圧」より「前線」の方がなじみの言葉だということです。

これは、想像ですが、日本は台風がよく襲ってくる国なので、熱帯低気圧も合わせて、低気圧本体により注目するようになったのかな、と思っています。
ヨーロッパの人にとってはあまり台風などの熱帯低気圧がなじみではないのです。

温帯低気圧に限った場合は、低気圧本体より前線の方に注目したほうが良いということなのでしょう。
ですから、特に、日本全体の天気図をみて、前線が描かれていなくても、もしかすると、欧米的な解析をしたら前線に相当するものがあるかもしれません。

そして、いわゆる前線の本体が近づく前に「前・前線」とでもいったほうが良いものが近づいているかもしれないのです。

衛星写真があっても前線の位置はわからない

「でも、それなら、衛星写真などから見たら見えるんじゃないの?」と考えるかたもいらっしゃるかもしれませんね。

それに関しては、実は、気象庁の気象衛星センターの技術報告第31号「雲画像による寒冷前線解析の可能性」というレポートで、解析困難であることが述べられています。
主な理由は、まとめると以下のようなものです。

  1. 前線は、必ずしも細い線でない。このレポートでは、625個の前線について解析していますが、そのうち、約半数の前線は、雲の線になって見えず、太い雲の幅となって表れ、その中のどこに前線があるのかわからない。
  2. 前線のところに必ずしも雲が発生するとは限らない。1/4の前線は、雲を伴っていなかった。これについての理由は、後述しますが、雲が発生しない前線は、衛星写真に写りようがありません。
  3. 前線の前に、スコールライン等の別の対流雲列(後述)ができていることがある。雲画像を見ると、まるで前線が2本あるように見えることがあって、どちらが前線本体かわからないことがあります。これは、欧米では場合によっては2本の前線に解析することもありますが、日本ではそれはしません。

また、レポート中、面白い報告として、次のようなことも報告されています。

  1. 衛星画像では、我々が見慣れている赤外線の写真より可視光線の写真のほうが、比較的前線の雲を捉えやすい。
  2. 発達中の低気圧より、最盛期から衰退期にはいった低気圧の前線のほうが画像として捉えやすい。これは、発達中の低気圧は盛んに雲を発生させるために、雲の帯の幅が広くなりやすいため。
  3. 東経140度より東にある低気圧のほうが、解析しやすい。これは、前項 2)に書いたことと同じで、東経140度以西の低気圧のほうが、発達中の可能性が高いからである。

つまり、衛星写真を見て、晴れで雲が写っていない区域だから、前線が無いとは限らないのです。
衛星写真は雲の動きを捉えるのには有効ですが、前線の動きを捉えるのには、必ずしも向いてはいないということです。

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PROFILE
日本気象予報士会会員。
国際基督教大学(ICU) 理学科物理卒。
1995 年 よりダイビングを始める。
外見が「熊」なダイバーなので、魚の名前に因んで「くま呑み」を名乗る。

中学の理科の授業で、先生が教卓で雲を作る実験をしてくれたのを見て以来、気象学、天文学、地学に興味を持つ。
ダイビングを始めてからも海と空を眺めるのが好きで、2002年、気象予報士を取得。

ダイビングのスタイルは、「地形派」。
ドロップオフやカバーン、アーチや地層の割れ目などを眺めるのが好き。
特に、頭上のアーチなどをくぐった先で、水面からの光が見える瞬間に萌えてしまう。

ダイビング以外の趣味は、オーガナイズド(組織)・キャンプ、合唱、キャリア
・カウンセリング。
現在は、国際基督教大学にて学生や子ども向けの組織キャンプのディレクターも
努める。
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