ダイビングにおける呼吸の問題
スキューバダイビングでは、レギュレーターを使用して水中で呼吸をします。深く大きく呼吸し、体内にしっかり酸素を取り込むことで、安全に潜ることができますが、呼吸に何らかの問題がある方、または呼吸器に疾患がある方は、ダイビング中に思わぬトラブルに見舞われることもあります。今回は、ダイバーが気をつけておきたい呼吸の問題、呼吸器の疾患、またその事前のチェック方法などについて山﨑内科医院院長の山﨑博臣先生にお話を伺いました。
山﨑博臣先生
山﨑内科医院院長。昭和59年埼玉医科大学卒業。平成3年より山﨑内科医院(東京都小金井市)院長。内科学会認定総合内科専門医、日本アレルギー学会認定アレルギー専門医、日本医師会認定健康スポーツ医。ダイビング経験1300本以上のSTARSワンスターインストラクター。
※本記事はDAN JAPANが発行する会報誌「Alert Diver」2018年10月号からの転載です。
CHAPTER01 ダイビング中の呼吸の注意点
ダイビング中の呼吸は「ゆっくり大きく」が望ましい
スキューバダイビングでは、レギュレーターを使って呼吸をします。レギュレーターで呼吸する場合、ゆっくり大きな呼吸をするように、特に心がけましょう。なぜなら、ゆっくり大きく呼吸しないと、効率よく体内のガス交換ができないからです。1分間の呼吸によって動く空気の量を分時換気量といいます(図1)。
■図1 分時換気量
1回の換気量(1回換気量)は平均で約500mlで、1分間の呼吸数を平均16回とすると、約8ℓの空気が出入りしていることになります。しかし、500mlの中で150mlくらいは肺の中に入っていかないので、ガス交換に関与していません(死腔)。そのため実際に有効に使われる空気量(分時肺胞換気量)は、8ℓから分時死腔換気量(※1)(150ml×16回=2.4ℓ)を除いた5.6ℓということになります。ただし、ゆっくり大きく呼吸をすると、換気効率がよくなります。同じ分時換気量が8ℓでも、呼吸数を半分の8回にすると、分時肺胞換気量は6.8ℓとなります (図2)。つまり、ゆっくり大きくしたほうが効率のいい呼吸ができるということです。呼吸数は1分間に通常12~18回ですが、ダイビング中は5~6回を目安にするといいでしょう。ゆっくりと深い、ヨガのときにするような呼吸が理想的です。
(※1) 分時死腔換気量=1分間で動く死腔の換気量
■図2 分時死腔換気量と友好的な呼吸
苦しいと思ったらしっかりと吐ききることが大事
運動量が増えていくと、呼吸は短く速くなっていきますが、細かい呼吸は非常に不利益です。ダイビングの場合は、レギュレーターを通して呼吸をするので、もっと死腔換気量が大きくなります。疲れてきて速い呼吸をすると余計に疲れやすくなってしまうので、ゆっくり大きな呼吸を心がけましょう。
一般的に使われる「呼吸」という言葉は正確には「外呼吸(肺呼吸)」を指し、酸素(O2)を吸って二酸化炭素(CO2)を出しています。酸素は血液によって運ばれ、末梢組織内の細胞(ミトコンドリア)に届けられます。ミトコンドリアに届いた酸素はATP(アデノシン三リン酸)というエネルギーになり体内に蓄えられていきます。これを「内呼吸(組織呼吸)」といいます。ここで代わりに受け取った二酸化炭素は、肺胞へ戻り、外呼吸にて外に排出されます。通常1ℓの酸素を取り入れると、5キロカロリーのエネルギーが産生されます(図3)。
ダイビング中に苦しいと思ったら、空気を吐き切ることが大切です。しっかり吐き切ることで、内呼吸もきちんとできるようになります。
■図3 呼吸によりエネルギーを蓄える仕組み
CHAPTER02 ダイビングに影響を与える呼吸器疾患
気胸の人は基本的にダイビングは禁止
呼吸器に疾患がある方、もしくは以前罹患したことがある方はダイビングをしていいかどうか、専門の医師の検査や診察を受けて、体の状態を見極めてもらうようにしてください。まず気胸について。肺の一部が破れて空気がもれる疾患です。胸膜付近に「ブラ」と呼ばれる風船のような膨らみが発生し、ブラの破裂によって起こります。気胸に罹患した方は、ブラがある限りは基本的にダイビング禁止です。ダイビング中にブラの破裂が起こったら、大変なことになるからです。
ただし最近、気胸が治ってから10年ほどなど長い時間が経過して、その後再発していない方については、ダイビング禁止のままでいいのかという議論もされています。医師の中には、条件付きでダイビングOKという方もいます。ブラがないことを確認できれば基本的に危険はないと考えられますが、CT検査で検出できないブラがある可能性があるので、今後の動向を見守る必要があります。
高齢者になると増加するCOPDに要注意
COPD(慢性閉塞性肺疾患)は、肺気腫といわれてきた病気のうち閉塞性換気障害(※2)を示すものです。英語のChronic Obstructive Pulmonary Diseaseの頭文字をとり、世界で共通の病名COPDが用いられるようになりました。COPDは汚れた空気を繰り返し吸うことにより発症します。最大の原因は喫煙です。COPDの患者の95%以上は喫煙が原因で、喫煙者の中の約20%がCOPDになるといわれています。
人間ドック受診者のうち、閉塞性換気障害を呈する割合は、高齢になるに従い、特に喫煙者で大幅に増加しています。閉塞性換気障害があっても自覚症状が乏しく、気づかずにダイビングをしている例も多いと思われるため、潜水死亡事故との関連が示唆されています。
閉塞性換気障害は「1秒率」でみることができます(図4)。「1秒率」とは、思いきり息を吐き出したときの1秒間に吐くことができる空気の量(1秒量)を、思いきり吐いたときの肺活量で割ったもので、気道狭窄(※3)の指標になります。1秒量は年齢とともに低下し、70歳であれば20歳の約半分になります。どの程度の1秒率があれば安全にダイビングできるかというデータはありませんが、70%が一つの指標にはなっています。
(※2) 閉塞性換気障害=気道が閉塞して空気が通りにくくなる状態。COPDによる機能低下などで引き起こされる
(※3) 気道狭窄=気道が狭くなった病態。先天性と後天性がある
■図4 人間ドック受診者のうち年代別1秒率70%未満の割合
主に、肺気腫とは喫煙などにより肺胞が破壊されたものを指します。閉塞性換気障害の中でも肺気腫がある場合はCOPDです。COPDではない閉塞性換気障害には低肺機能を伴う気管支喘息、低肺機能を伴う喫煙者、老人肺などがあります(図5)。気管支喘息で低肺機能を伴うとダイビングはほぼ難しいでしょう。
■図5 肺気腫・COPD・閉塞性換気障害の関係性
また、閉塞性換気障害がある場合はCTを撮り肺気腫がない、気管支喘息がない、非喫煙者はダイビングをしてもOKという診断を私はしています。ただし、心肺機能に負担がかかる激しいダイビングはしない、浮上時の息止めなどに特に気をつけるなどの条件をつけています。
このように、専門医の検査・診察をしっかり受けて、ダイビングができるかどうかを確認していただきたいと思います。
肺炎は完治していれば潜っても問題はない
肺炎は、喫煙の有無に関わらず起こりやすい肺の病気です。肺炎に関しては、完治していればダイビングを再開しても問題ありません。
ただし、結核があったり、気管支が狭窄を起こしている場合は、ダイビングは見合わせましょう。結核は、治癒しても気管支に狭窄や変形を伴うことがあり注意が必要です。
気管支喘息の人は自分の状態を把握することが大事
気管支喘息に罹患している方は、基本的にダイビングは禁止です。最近発作が起きていない、という方でも、水中で一度でも発作を起こしたら命の危険があるからです。ダイビング中に気道が狭窄すると、浮上時に気道狭窄により行き場がなくなった空気が膨張するため、肺が破裂し、気胸や動脈ガス塞栓を起こします。
ただし、コントロールできている方については、ダイビングをしてもいいという診断を私はすることがあります。なお、喘息がコントロールできている状態というのは、気管支拡張剤(※4)を使っている場合は含まれません。
気管支喘息の状態を自分で評価するのに有効なのが、「ピークフローメーター」という機器です。十分息を吸い込んで思いきり速く出したときの「最大呼気流量」がピークフローです。ピークフローの値は、患者の気道の開放度(閉塞度)を反映し、測定した時点での病状を客観的に知ることができます。気管支喘息が安定していないときに、気管支には気道の収縮や粘膜の浮腫、分泌物の増加が起こり、ピークフローは普段に比べて低下してしまいます。ピークフローは自己最良値の20%未満の低下までは、許容範囲内です (表1)。
■表1 気管支喘息のコントロール状態
ピークフローを毎日測定することで、自分の気管支の状態を把握できます。ピークフローメーターは通信販売などでも購入できますが、使い方やデータの読み方などは、必ず専門の医師に指示を仰いでください。
(※4) 気管支拡張剤=気管支を拡張することにより、呼吸困難を改善する薬剤
CHAPTHR03 水中での息止めが肺に与えるダメージ
水深が浅い場所での息止めや急浮上は危険
ダイビング中は、つねに大きく深い呼吸をするのが鉄則です。水中での息止めが原因で、肺にダメージを与えることがあります。また急浮上をすると、動脈ガス塞栓を引き起こすこともあります。
水中では圧力は、10m潜るごとに1気圧ずつ増していきます(図6)。そして同じ10mの変化でも、深くなるにしたがって圧力の倍率は小さくなります。逆に浅くなるにしたがって、圧力の倍率は大きくなります。そのため、浅い水深での息止めや急浮上は、肺にダメージを与えます。
よくフォト派ダイバーの方で、排気時の泡で生物に気づかれないようにと息を止める方がいますが、浅瀬では特に息を止めることはしないようにしていただきたいと思います。
■図6 水中での圧力変化
CHAPTER04 呼吸を健全に保ち、ダイビングを楽しむための心得
禁煙は早ければ早いほどその後の健康を左右する
COPDの最大の原因は喫煙です。COPD以外にも喫煙の健康への害は枚挙に暇がありません。特によくないのが、ダイビング直前の喫煙です。たばこには多くの有害物質が含まれていますが、ダイビング前に特に問題となるのが一酸化炭素です。ダイビング中に圧力がかかることで一酸化炭素の濃度が上がり、水中で一酸化炭素中毒を起こす危険があります。これはとても危険ですので、絶対にダイビングの直前にたばこを吸うことは止めてください。
いつまでも健康的にダイビングを楽しむために、たばこを吸う習慣のある方は、今すぐに禁煙していただきたいと思います。禁煙をすれば確実に肺機能の低下スピードを抑制することができます(図7)。これは、IQOSをはじめとする新しいたばこであっても同様です。
■図7 喫煙・非喫煙者による年齢別の1秒量の変化
1分間に5~6回のゆっくりした呼吸を心がける
最初に述べたように、ダイビング中は「1分間に5~6回の大きく深い呼吸」を心がけるようにしましょう。そして普段から、体を動かしながら大きく深い呼吸を実践してみるといいでしょう。まずは歩きながら、1分間に10回くらいゆっくり大きな呼吸をしてみましょう。慣れてくると、走りながらもゆっくり大きな呼吸ができるようになります。
脈拍数を意識しながらの定期的な運動が有効
ダイビングを楽しく安全に続けていくためには、定期的な運動は欠かせません。しかしハードな運動をする必要はありません。効果的に体力をつけるには、最大酸素摂取量(※5)をきちんと測って行うのがベストです。年齢による最大酸素摂取量の目安は、性別、年代で違ってきます(表2)。ただし、測定は分析装置がある病院や、研究施設、体育センターなどでしかできません。簡単にできる検査ではないので、一般の方には不向きかもしれません。
(※5) 最大酸素摂取量=単位時間あたりに体内に取り込まれる酸素量
■表2 健康づくりのための最大酸素摂取量の基準
では、どうすればいいかというと、脈拍数を意識した運動がおすすめです。運動強度が上がっていくと、酸素の摂取量に比例し脈拍が上がり、あるところ以上上がらなくなります。それが最大脈拍数です。推定最大脈拍数は、(220-年齢)で表すことができます。
このときの酸素摂取量が最大酸素摂取量に一致するので、脈拍を代用して運動強度を推測できます。最大酸素摂取量の50~60%(ややきつくない状態)の運動が適度な運動量となります。このときの脈拍がほぼ「138-年齢÷2」になります。この脈拍で運動するのが安全です。つまり、息切れするほどの運動は心臓に負担をかけることになり、危険を伴います。ややきついと感じない自覚強度が、ほぼこの適度な運動時の脈拍に一致するので、脈拍が測れない場合はこれくらいの自覚強度 (ややきついと感じない)で運動すればいいと思います。少し速足でのウォーキングを10分から12分くらいから、始めてみましょう。
また慣れてきたら、少しくらい運動強度を上げてみてもいいでしょう。高さ20cmくらいの踏み台(ステップ)をゆっくり上り下りする運動は、雨の日でも室内でできます。同じ自覚強度と脈拍でも、続けていくと自然に運動強度が上がっていきます。適度な運動を続けることで、ダイビングを安全にできる体力を維持していくことができます。
過呼吸の症状がある人はゆっくり考えて行動を
緊張や興奮、恐怖や疲労などが続くと発作的に呼吸が速くなり、息が苦しい状態に陥ります。これを、過呼吸といいます。空気の吸い過ぎの状態が続いているにも関わらず、「空気が入ってこない」「呼吸ができない」といった呼吸困難を感じ、息苦しさから必死に息を吸おうとしてしまいます。精神的ストレスや、自律神経の乱れなどが原因になるため、慢性的な呼吸器の疾患がない方でも、発症するおそれがあります。
ダイビング中に過呼吸が起きると、事故につながる危険性があります。過呼吸の原因がうつ病などの精神疾患の場合、向精神薬などを服用されていることも多いかと思います。副作用の心配もあるので、ダイビングをしていいかどうかは医師に相談しましょう。
60歳を超えたら、定期的な呼吸機能のチェックを
60歳を過ぎてからも、アクティブにダイビングを楽しむ方が増えていることは良いことだと思います。しかし、体力や身体機能は若いころに比べると下がっていることを自覚しないと、事故に遭う危険があります。循環器に関していえば50歳以上、呼吸器に関しては60歳以上になると、機能の低下が目立ってきます。60歳以上のシニアダイバーは、潜水事故死亡率が高くなっているというデータもあります。
60歳を目安に、肺活量や1秒率などを測定する呼吸機能検査、医師による問診を受けて、自分の体の状態を客観的にとらえて、危険のないダイビングを楽しむようにしていただきたいと思います。息切れ、息苦しさなどの症状がある方は、特に要注意です。
閉塞性換気障害は呼吸機能検査で診断できますので、異常があれば胸部CTを受けて、肺気腫があるかどうか調べることが大事です。
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