水中写真家の阿部秀樹氏に聞く!ダイバーにじわじわ人気の“はえもの”の魅力
魚でもサンゴ礁でもなく“はえもの”に注目して撮影するフォト派ダイバーが増えているという。中には“はえもの”にしか興味がないほど魅了されるダイバーも!?
オーシャナ編集部では、今年1月に伊豆大島で開催された「はえもの限定 ワンデイフォトコン」の審査員長を務められた水中写真家・阿部秀樹氏に、フォト派ダイバーを魅了してやまない“はえもの”の魅力について聞いてみた。
“はえもの”とは
まず、はえものとは一体何なのか。調べたところ、学名はないので、ダイバーの間で使われている俗語と思われる。
伊豆大島にある大島ダイビング連絡協議会が開催した「はえもの限定 ワンデイフォトコン」での例を引用させてもらうと、はえものとは以下のようなもののことをいう。
・エンタクミドリイシサンゴやアワサンゴなどのハードコーラル
・ウミトサカやフトヤギなどのソフトコーラル
・イソギンチャクの仲間やウミヒドラの仲間やウミエラ
・ウミシダの仲間やガヤの仲間
・イバラカンザシなどのケヤリの仲間
・海草や海藻
なるほど、生えているもの=はえもの なのか。
「広義に解釈すると、手足がなくて自ら動けないものはみんな「はえもの」でいいかもしれません。でも、ウミシダは動けるからどうなるのってなるけど(笑)」と阿部氏。
定義が広いので、潜って周囲を見渡したら「あれもこれもみんな はえもの じゃん!」みたいな状況になっていそう。観察・撮影の対象が多ければ楽しみも増えるので最高。
阿部さん教えて!魅力に溢れる“はえものフォト”の世界
ここからは、はえものフォト の魅力について阿部氏にお伺いしていく。
はえもの沼の入り口“ビギナーズラック”が起こる
阿部氏
はえものは、たまにきれいに撮れちゃうからこわいですよ。たとえばウミシダとか。撮影するとなると、実はすごく難しい被写体なんです。線状の模様が特徴的なので、それだけが目についちゃう。
上手くハマればきれいだけど、ちょっとしぼりを失敗すると汚くなります。でも、しぼり(漢字で=絞り)の調整が“ボケ”として上手くいくこともある。動かない被写体であることも手伝って、メルヘンボケ(ふわっとした色鮮やかな世界観を表現する技法)が完成したり、グッと絞ってシャープな絵に仕上げたり。
だけど、偶然の産物として撮れたのであればなおさら、次に同じように撮れるかといったらそうでなかったり想像外のものが撮れたり。そのへんの奥深さがはえものフォトの魅力なのかなと思ったりします。
役者の幅が広いから自由な作品づくりができる
阿部氏
はえものは、主役や名脇役などいろいろな役割を果たしてくれるため、撮影者の自由な発想でシーンを切り取れるのが魅力です。
こんな感じでアプローチがいっぱいありすぎて、楽しいっていえば楽しいんですが、そこが難しいところでもありますね。写真にはどれが正解か?そして何が満点なのか答えがないので。でも答えがないということは、撮影技術だけで勝負しなくてもよいので、プロを追い越すことも可能なわけです。
――技術が巧いとか拙いとかで作品を見るのではなく、作品に反映された撮影者それぞれの世界観を見る。何を表現したかったのか?それを考えながら撮るのは楽しそうですね。
自分の感性を花開かせる“きっかけ”になってくれる
――主役や脇役、背景にもなれるなど、役者の幅が広い はえものですが、この役者をどう使って作品にするかは美術的センスというか感性が求められる気がするのですが…。そういうのがなくても撮れますか?
阿部氏
「阿部さんはカメラマンだから、感性もあるし技術もあるからいい写真が撮れるんですよね」といわれることがあります。でも、そんなことはなくて、私たちはプロとして訓練されているだけなんです。世にいう「いい写真」がどんなものなのか瞬時に判別できるようにトレーニングされています。
ですから、プロのカメラマンじゃなくても全員、独自の感性をもっています。ただ、その感性が花開くか開かないかは訓練度や正しい助言によって違ってきます。
魚とかウミウシだと撮影の都度、環境や状況が変わってしまうので訓練されませんが、はえものを撮っていると、感性を花開かせる訓練ができるんです。
ウミウシは、可愛くてきれいなものも多いので、ポケモンのカード集めと同じでその個体を撮るだけで満足しがちです。「どんどん新しいものを」と次の個体に興味が移ってしまう。魚も同じです。でも、はえものにはあまり当てはまらないような気がします。
先ほども話題に上がりましたが、はえものは役者の幅が広いため、アプローチもたくさんありますよね。「どうしたらきれいに撮れるんだろう、もっとアップにしてみたらいいんじゃないか、それとも後ろから光を入れてみたらいいんじゃないか」と、いろんな表現を考えるわけです。
――自分が撮りたい写真をとるために、自分なりの作戦をたてて実行する訓練ができるわけですね。
阿部氏
訓練っていっちゃうと堅い感じがしちゃいますけど、楽しみながら撮影して、失敗もする。全く同じ環境でなくても再撮影しながらアップグレードできる。これが気がつかない内に訓練になります。紀伊半島で毎年12月に開催されるフォトコンテスト「ABECUP(アベカップ)」は、ある特定のルールのもとで参加者が撮影を行い得点を争うんですが、 被写体の半分くらい はえものの時もあります。それくらい、写真初級者も上級者にも良い訓練になります。
はえものを撮影していくうちに、写真の見方も撮り方も変わっていきますよ。訓練を重ねた結果、感性が花開くわけです。
“はえもの”を撮るコツ
――自由な作品作りができて、フォトダイバーとして一皮むけるきっかけにもなりうる はえものですが、撮影のコツなど、ヒントだけでも教えていただけないでしょうか。
阿部氏
撮影前には、何をどんな風に撮りたいのか、どんな雰囲気の写真にしたいのかといったことを、頭の中で整理しておきましょう。
たとえば、何をどんな風に撮りたいのか考えるのなら、主役にするのか脇役にするのか(単体できれいに魅せるのか、生物を入れて背景にするのか)とかそういったことを整理していきます。
どんな雰囲気の写真にしたいのか考えるのであれば、冒頭でボケの話をしたときにでてきた“メルヘン”を例にとるなら「メルヘンの要素とは何ぞや」と考えてみるわけです。
メルヘンとは「優しいボケ具合、それから同系色のグラデーションで彩られた写真」などと頭の中で要素が整理できていれば、おそらくとってもいいメルヘンになるはずです。
また、水中では滞在する時間が限られます。残り5分でエキジットといったような状況で被写体を撮るには、時には効率の良さも求められます。
たとえば、きれいに開いたイバラカンザシがあると、傘の下に魚が来るのを待ちたくなりますよね。すぐ来てくれればいいのですが、いつ来るともわからないものを待って結局撮れなかったと残念な思いをするのなら、事前にイバラカンザシの造形美をどう表現すればいいのかを突き詰めておけば、イバラカンザシのどこに、どの面に、どれくらいの被写界深度が良いのか?ある程度絞りこんでおけます。
こんな風に事前にしっかり考えておくことは、瞬間的な撮影のスキルアップにも繋がります。それでも迷ったら、両方撮ればいいですし。
そして被写体を目の前にしたら、見た瞬間にどこが切り捨てられるのか考えます。足すのではなく引く(切る)!それがいかにできるかが、とっても大切です。みなさん結構、中華街のように要素を詰め込みますからね(笑)
イメージするなら、横浜中華街の門を前にして、赤や黄色のちょうちんがある、その向こうに肉まん屋や露店が軒を連ねていて、行きかうたくさんの人の姿がある…といった具合です。イメージ通り、成功すればいいのですが、詰め込みすぎてしまうと中華街のきらびやかな門を主題としたのか?人の多さを主役にしたのか?それとも美味しそうな肉まん屋を一番に表現したかったのか?一体何を伝えたいのかわからない作品になってしまうことも。美しい被写体ならなおのこと、どこを切らなきゃいけないのかは考えましょう。
――撮影前の準備が実際の撮影の出来にも大きく影響してくるのですね!
自分の考え方次第で、いろいろな撮り方ができて、自分の感性までも花開かせてくれる はえものフォト。ぜひ、挑戦を!
何をどんな風に撮りたいのか、どんな雰囲気の写真にしたいのかといったことを、頭の中で整理しておく。
メッセージ性がある写真にするためにも、被写体を目の前にしたら、見た瞬間にどこが切り捨てられるのか考える。