水中探検家・伊左治のフツーではないダイビングガイド(第5回)

メキシコ・セノーテ「タクビハ」〜「ピット」:水中探検家・伊左治のフツーではないダイビングガイド

誰もまだ入ったことのない水中の洞窟や未知のダイビングポイントの開拓をする水中探検家であり、テクニカルダイビングのインストラクターでもある伊左治佳孝のダイビングガイド。今回はメキシコ・セノーテのダイビングポイントを紹介。同じポイントでもテクニカルダイビングでしか潜れないルートを、テクニカルダイバーしかできない方法で潜る。本記事を通して、未知の水中世界をお楽しみいただきたい。

光が差し込む神秘的な場所、メキシコのセノーテ。
中でも日本でもっとも有名なセノーテの一つとして知られているのは、「ピット」ではないだろうか?

竪穴式のセノーテ、「ピット」

竪穴式のセノーテ、「ピット」

水面から差し込む光、その中に浮かび上がるダイバーの姿。
この写真が撮りたい! という方は多いだろう。

ところで…、私が写真を撮るようになったのは実は最近なのだが、このピットの写真を見ていたら3年前に撮影した写真が出てきた。

ひどい。よく成長した…。
色々教えていただいた水中写真家の清水淳さん、ありがとうございます。

今回ダイビングするセノーテは?

さて、ピットというセノーテは、ドスオホス(Dos Ojos)という水系(※)に属している。ドスオホス水系にはいくつか有名なセノーテがあるのだが、その中にタクビハ(Taak Bi Ha)というセノーテがある。Taak Bi Haとは、マヤ語で隠れた泉を意味する言葉で(隠れた道と書かれているWEBページが多くあるが、泉では?)、地上から地下に続く階段からセノーテへ降りていく構造になっている。

※それぞれのセノーテ(泉)は地下で繋がっており、一続きになっている地下水脈全体を水系と呼んでいる

地下へ続く階段

地下へ続く階段

この階段を降りていくと…、いやぁ、良いですね。

セノーテ、「タクビハ」のエントリー口

セノーテ、「タクビハ」のエントリー口

ぜひSNSに載せていただきたい、美しい地底湖が出てくる。一般的にはこの地底湖でシュノーケリングなどして楽しむと思われるが、勿論我々は一般的ではない。この明るい地底湖から暗闇の中へのケーブダイビングをもくろんでいる。

タクビハからはドスオホス水系の各セノーテに繋がっていて、上で紹介したピットへも水中で繋がっている。今回はタクビハからピットを往復してくるダイビングを計画した(このような、ある泉から別の泉まで水中で移動することを“トラバース”という。)。

タクビハからピットまでは直線距離でおよそ1.6km※Maps Data: Google Map

タクビハからピットまでは直線距離でおよそ1.6km※Maps Data: Google Map

水中洞窟の中は曲がりくねっていてまっすぐ泳げるわけではなく、また枝分かれもある。
従ってケーブダイビングの計画においては、水中に入る前に最低限以下のことを考えておかなければならない。

・ルート:枝分かれなどをどちらに行けば良いか
・移動距離:水中でどれぐらいの距離を移動しないといけないか
・ガス量:その距離を移動するためのガスは十分にあるか

特に移動距離は軽視されがちだが、とりあえず行ってみようぜという「何となく」のダイビングはテクニカルダイビングとは言えない。何mを移動する必要があるか、そのためにはどれぐらいのガスを持っていく必要があるのかを事前に計算し、予備量も含めて十分な準備をしなければならない。

今回のケーブダイビングのプランニング

ここで今回のダイビングについて少し考えてみよう。まず調べたところ、タクビハからピットまででおよそ2㎞(=2000m)の移動距離が想定された。普通に泳ぐと1分当たり12mほど進むので、その計算で泳いでいくと2000m÷12m=170分で、片道170分ほどかかる計算になる。往復するとその倍で340分だ。

一般的な日本人男性であれば、リラックスしている場合ガスの消費量は毎分15リットル程度。今回の平均水深は約6mの予定なので、毎分、15リットル×1.6気圧=24リットルを消費することになる。タンク1本あたりおよそ2000リットルのガスが入っており、ケーブダイビングでは片道当たり各タンクのガス量の3分の1を上限として使うことになるから(違う計算をする場合もあるが、ここでは割愛する。)、タンク1本で片道に使えるガスは約600リットル。すなわち、タンク1本で600リットル÷24リットル=25分進むことができる。そうすると、片道170分だから170分÷25分≒7本、すなわちこのダイビングにはタンクを7本持っていく必要があることになるのだ。

まあ、本当にタンクを7本持っていってもよいのだが、できればやりたくないダイビングである。泳ぎづらい。なので今回は、DPV(Diver Propulsion Vehicle、水中スクーター)を使用することにした。

ケーブダイビングで使用する、テクニカルダイビング用の水中スクーター

ケーブダイビングで使用する、テクニカルダイビング用の水中スクーター

テクニカルダイビングで使用する水中スクーターの場合、洞窟内ではおよそ毎分20~25m程度の速さで移動できる。そうすると、全行程を水中スクーターで移動できたとすると、2000m÷20m=100分、2000m÷25m=80分で、片道で80~100分、往復で160~200分ということになる。タンク1本あたり片道25分使えるということは、タンクを4本持っていけば足りるということになる。まあ、十分多いのだが許容範囲だろう。

また、水中スクーターを使う場合、ガスの使用量だけでなく水中スクーターのバッテリーが足りるのかということも考えないといけない。全行程を水中スクーターで移動するということは、往復で200分、予備を入れると300分の持続時間が必要だ。シュノーケリングで使用するような水中スクーターは30分~60分ぐらいの持続時間であるが、我々の使う水中スクーターにはバカデカいバッテリーが入っていて、この300分もの持続時間が確保できるようになっている(上の写真の水中スクーターの中身は、ほとんどすべてがバッテリーだ!)。

今回は念を入れて、使用するものに加えてさらに予備のスクーターを1個持っていくことにした。

器材の準備

さて、ここまでで計画を立て終わった。実際のダイビングに向かうこととしよう。大量のタンクと水中スクーターを手配し、各タンクにレギュレーターなどをセットしていく。タクビハでは地底湖の真上に井戸のような穴が開けてあり、滑車で地底湖にタンクを降ろせるようになっている。

この井戸のようなところに垂れ下がったロープを使ってタンクを地下に下ろしていく

この井戸のようなところに垂れ下がったロープを使ってタンクを地下に下ろしていく

その光景を地底湖の側から見ると…

井戸のようなところからタンクが吊るされているところ

井戸のようなところからタンクが吊るされているところ

泉で遊んでいた人たちからすると、さぞ変な奴らが来たと思っていることだろう。さて、そんな目にも負けずに準備を整え、水中に向かっていく。

タクビハの水中へ

さきほどの地底湖すぐそばでは、水中から上を見上げると外光が差しこみ、神秘的な雰囲気を醸し出している。

タクビハのエントリー口付近の光景

タクビハのエントリー口付近の光景

※ここからの写真には、このダイビングの時に撮影したものではないものが混じっている。従って装備が違う写真がありますがお許しください。

エントリーしてから40mほど奥に進むと、徐々に外の光が入らなくなってくる。

カバーンエリアからケーブエリアに向かっていく

カバーンエリアからケーブエリアに向かっていく

カバーンエリア(太陽光が入り、入り口が直視できる範囲)の終わりには、「ケーブダイビングのトレーニングを受けていない人は立ち入り禁止」という看板が水中に設置されている。

これ以上奥に行くと死ぬぞ!の看板

これ以上奥に行くと死ぬぞ!の看板

この看板から奥には、ケーブダイビングのライセンスを持っていない者は立ち入ることはできない。もちろん我々は看板を越えて奥に進んでいく。

ケーブエリアをさらに奥へ進んでいく

ケーブエリアをさらに奥へ進んでいく

サイドマウントのタンクに加えてタンクを持っていく場合(「ステージシリンダー」という)、追加で持ち込んだタンクから先にガスを使用していく。ケーブダイビングにおいては、使用済みのタンクは経路上に置いていき(「ドロップする」という)、帰り際に回収することが多い。そこから先では使わないステージシリンダーをそれ以上奥に持って行っても邪魔になるためだ。

今回は奥に行くと通路が細くなっていくことが分かっていたため、2個目のステージシリンダーをドロップした地点に予備のスクーターも置いていくことにした。

使い終わったタンクと予備のスクーターをライン上に置いていく

使い終わったタンクと予備のスクーターをライン上に置いていく

タンクを外して身軽になり、さらに奥に進んでいく。あまり人が来ない通路では、シルト(粒子の細かい、粘土に近い砂~泥)が溜まっていたり、パーコレーションといって天井に付着したシルトが降ってきて視界が悪くなる場合があるので、慎重に進まなければならない。

人があまり入っていないエリアは、地面を巻き上げなくても天井からのパーコレーションで視界が悪くなってしまう

人があまり入っていないエリアは、地面を巻き上げなくても天井からのパーコレーションで視界が悪くなってしまう

目的地「ピット」到達

およそ80分のペネトレーション(進入)を経てピットに近づいてくると、洞内はさらに狭くなってくる。あまりに細いところではスクーターを使うとシルトを巻き上げてしまうため、メインで使っていたスクーターもドロップしてさらにピットに向かって進んでいく。

天井と床に挟まってしまいそうなくらい細い通路。スクーターを外して通っていく

天井と床に挟まってしまいそうなくらい細い通路。スクーターを外して通っていく※別の日の写真なのでダブルタンクだがご了承を。逆に言うと、これぐらいの細さならダブルタンクでも抜けられる(サイドマウントでなくても良い)ということでもある

細いパッセージ(通路)を慎重に進んでいくと、急に視界が広がり…

目的地のセノーテ「ピット」の光が見えてくる

目的地のセノーテ「ピット」の光が見えてくる

ついにピットまで抜けた!ロングダイブで目的を果たせた達成感はとても気持ちがいい。今回は撮影もしながら向かったので、往路は約100分のダイビングであった。ピットの水面で少し休憩をとってから、ゆっくりとタクビハまで戻ることに。いつも、行くのはいいが戻るのは面倒だなあと思っているのは内緒。

なお、今回のダイビングを実現するには、フルケーブダイバーのライセンスに加えて、ケーブDPVダイバーとステージケーブダイバーという資格が必要になる。ご自身の認定と能力の範囲を超えないよう!戒めて今回を締めたいと思う。

インスタライブ

本連載ではインスタライブでみなさんの質問にもお答えしながら、記事で紹介したポイントのことや現地の様子を伊左治さんにお話しいただきます。
ぜひお楽しみに。

日時:9月23日(月)20時〜
※インスタライブは終了しました。
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PROFILE
1988年に生まれ、12歳からダイビングをスタート。
冒険をライフワークとして求める中でテクニカルダイビングに出会い、水中探検に情熱を燃やすことに。
それ以来、水深80mを越える大深度から前人未踏の水中洞窟まで、多岐に渡る探検を実践。
現在では水中の未踏エリアの探検とともに、その現場経験を伝えることのできる唯一無二のテクニカルダイビングインストラクターとして指導にもあたっている。
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