戦艦陸奥を潜る〜水中探検家・伊左治佳孝が行く。フツーではないダイビングガイド〜
誰もまだ入ったことのない水中の洞窟や未知のダイビングポイントの開拓をする水中探検家であり、テクニカルダイビングのインストラクターでもある伊左治佳孝氏のダイビングガイド。
今回のダイビングポイントは戦艦「陸奥」。日本国内で潜ることができる唯一の戦艦だ。
戦艦へのダイビング…、聞いただけでもワクワクしてくる。
戦艦陸奥とは
戦艦陸奥は第二次世界大戦中には同型艦の「長門」とともに世界の「七大戦艦」の一隻として名を連ねた軍艦で、旧日本海軍の象徴となる戦艦であった。しかし1943年に爆沈し、瀬戸内海の周防大島(すおうおおしま)の沖合、水深約38mに左舷側の船底を上に向け、横倒しになったような形で沈んでいる。戦艦陸奥がなぜ沈没したのかが気になるところだが、不可思議なことに当時は「機密」とされた。後からの研究では自然発火とも、一説には放火で沈んだともされているが、その理由は判然としない。
そんなミステリーをダイビングで実際に見て、いろいろ推理してみるのも陸奥のダイビングの楽しみかもしれない。
上の図の通り、現在は船体のかなりの部分がサルベージされているが、元々の大きさはその全長が224.94m×最大幅34.60mとその大きさは他に類を見ない。
水中に残されているのは長さ約120mほどであるが、ダイビングで有名な沈船「エモンズ」の全長が106mだと考えると、その巨大さが分かるだろう。しかも、元々の全長が2倍ということは、幅も高さも、約2倍ということ(実際には、エモンズの幅は11m、戦艦陸奥は34.6mなので、3倍以上だ!)。私の感覚では、水中でのインパクトは他の沈船とはまったく別物だ。
引き上げられたパーツは陸奥記念館や海上自衛隊などに展示されているので、ダイビング前に訪れるとより一層楽しさや、潜ることの意味も増すことだろう。私のツアーでは、ダイビングの前日に周防大島にある陸奥記念館に訪問して、図面や資料を参考にダイビングをイメージしてもらうことが多い。最大水深38mで平均水深30m、透明度も数mなので、イメージせずに「なんとなく」で潜ると何もわからないままにダイビングが終わってしまいがちだからだ。
私の主宰するダイビングショップ「DIVE Explorers」で今年の7、8月に開催した戦艦陸奥ツアーでも一日は陸奥記念館に訪問させていただいた。
陸奥記念館
この陸奥記念館は、戦艦陸奥からサルベージされた物品や遺族から提供された品々などが展示されている。戦艦陸奥の爆沈から27年後、遺族の方々の強い要望で1970年から8年間をかけてサルベージが行われ、将兵の遺骨や遺品が引き上げられ、このサルベージと並行して、平和の殿堂としてこの陸奥記念館が設立されたとされている。
陸奥記念館は周防大島の丘の上にあり、そこからは陸奥の沈没地点を望むことができる。
陸奥記念館の中には、引き上げられた装具や…
陸奥の模型などが展示されている。
展示物も非常に豊富で、陸奥の図面や船室が再現された部屋、屋外には砲塔やスクリュー、船首なども保存され、
陸奥で亡くなった方々を祀った碑も設置されている。
レックダイビングはその船の歴史を知ることもその楽しさのうちの一つ。どういう目的の船で、どのような構造をしていて、何が積まれていたのかを知ってから潜ることでレックダイビングの楽しさは何倍にもなる。
なぜこの船がここで沈んでいるのか、誰が乗っていたからどんな物が落ちているのか…。かつてそこに人がいた当時の空気感を感じられる気がする。
戦艦陸奥に向けて出港
さて、陸奥にダイビングに行くためには、山口県または広島県から船での移動になる。今回の7、8月のツアーでは山口県側から船を出していただいた。
船での移動時間は、山口県側からの場合は約1時間、広島県側からでは1時間半ほどになる。長時間の移動ではあるが、瀬戸内の海なので揺れは少なく、外洋でのダイビングに比べ移動の負担は少ないかもしれない。
戦艦陸奥でダイビング!
さて、1時間の移動を経てエントリーの準備。
テクニカルダイビングではタンクや装備が多いので、座って準備ができる大きな船や、水面で船から装備やカメラを受け取りやすいベタ凪の環境は、とてもエントリーとエキジットが楽になる。逆に言うと、そうでない環境では、テクニカルダイビングを実施する上での一番の障害がエントリーとエキジットになることすらある。
私がディープダイビング系の講習において、絶対にビーチエントリーだけでは完結させずに、色んなタイプのエントリーやエキジットを生徒に練習してもらう理由はここにある。
とはいうものの、今回はとても楽ちんなエントリー。
講習以外ではこういう環境がとても大好き。
さて、すべての器材を装着して、ついに潜降!
水中へ
透明度が悪いが、潜降していくと戦艦陸奥が見え始める。
今回の透明度は潜降ロープ付近で5~7mぐらい。夏場としては透明度がよい方だ。
上の写真でロープをつないだ箇所でおよそ水深13m。船が水深38mに沈んでいるにも関わらず、船が大きすぎて一番浅いところでは13mとなるのだ。
なお、上の写真では下の穴が開いた箇所が船体のように見えるが、これはただの隔壁(正確には、竣工後に増築された箇所らしい。)。船の幅だけで30m以上あるので、写真1枚ではまったく収まりきらない大きさだ。
さて、全員で集合してもう少し深度を落としていく。7月は水面付近だと24~25度ぐらいだが、深度を落とすと22~23度ぐらいに水温が下がってくる。少し低めの水温と、暗めの鬱蒼とした雰囲気、全景を把握しきれない大きさの船体…少しドキドキしてくるような雰囲気だ。
深度を落としながら船首側に向かうと、船の側面が見えてくる。
丸い船窓が分かるだろうか?
7月はテクニカルダイビングのゲストをお連れしてのツアーだったので、このオーバーハングのようになった側面の内側までご案内させてもらった。
船の内側に入るとロープや配管のような構造物が残っており、気を付けて泳がないと絡まってしまいそうになる。
全体の構造を把握することは透明度やダイブタイムのこともあり難しいが、内部に入って行けるような構造はかなり残されている。数日間、陸奥の中でも同じエリアに潜り続けながら図面と照らし合わせれば、徐々に全体像が頭に入って行くかもしれない。
その他にも部屋の内部を観察したり…
砲座(砲塔の操作台)などを発見したりすることができる
このような戦艦としての設備以外にも、かつて使われていた食器や飲料物、生活用品などのさまざまな物を見つけることができる。
ボトムが38mと深いため、レクリエーショナルダイビングなら平均水深を浅めに取りつつ20分で浮上開始、減圧をするテクニカルダイビングでもざっくりと30~40分ぐらいで浮上開始、減圧時間20分を入れてトータル約1時間ぐらいのダイビングとなる。もちろん装備によってはもっと長いダイビングも可能なので、そんなダイビングをご希望の方はご相談を。
レクリエーショナルダイビングの場合は見たい箇所を決めてそこに真っ先に向かい、他の箇所は戻りながら見ていく方がじっくりと観察できてよいだろう。
テクニカルダイビングの場合でも全部を1ダイブで回り切るのは難しく、ルートを前と後ろに分けて2回で船を回り切るイメージだろうか。とはいうものの、これも外側をぐるっと回るぐらいのことで、内側まで観察すると何日あってもダイビングが足りないぐらいだ。
でも、こういうチャレンジングなダイビングは楽しい! 一回で回り切れないようなダイビングは私の大好物だ。
さて、最後に宣伝。
DIVE Explorersでは定期的に戦艦陸奥へのツアーを開催している。
基本的には5泊6日で4日間ダイビングのスケジュール。興味のある方はぜひお問い合わせくださいませ。
▶︎伊左治佳孝氏の戦艦陸奥ツアー
本連載ではインスタライブでみなさんの質問にもお答えしながら、記事で紹介したポイントのことや現地の様子を伊左治さんにお話しいただきます。
ぜひお楽しみに。
日時:12月14日(土)20時〜
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