【トークイベント】上出俊作×岡田裕介 2人の写真家が語る「ザトウクジラを撮る」ことの意味

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上出氏が沖縄本島と奄美大島のクジラを撮り続けてきている理由

岡田氏

いきなり核心を突く質問になってしまうけど、上出君はなぜトンガなどの南半球のクジラを撮りに行かないの?

上出氏

トンガが嫌いとかそういうわけじゃないんですけど(笑)。僕は東京出身ですが、沖縄が好きで2014年に移住しました。またちょうど2015年くらいから奄美大島のホエールウオッチングが始まって、ここでいろいろなことを学びました。僕は星野道夫さんが好きで、いろいろな場所に行くというよりは、一つの場所に根を張ってそこの自然を見つめていきたいという思いの方が強いんです。だから、ホエールウオッチングを学んだ奄美大島と自分が住む沖縄本島のクジラを撮り続けているんだと思います。

僕らが暮らしている場所で、クジラと出会えるという奇跡的な世界を撮っていきたいという気持ちが徐々に強くなっていきました。だからトンガやフレンチポリネシアに行ったら楽しいのはわかっているんですけれど、それより「この地域でどうやって毎日海に出続けるか」ということを考えていました。

岡田氏

夏の時期にトンガじゃなくてアラスカに行ってたよね。なんでアラスカなんだろうって思ったんだけど(笑)。

上出氏

アラスカは一昨年、昨年の夏に、岡田さんに北極圏のガイドさんを紹介していただいて撮影に行ってます。もともとアラスカという場所に憧れがあったんですね。

岡田氏

それは星野道夫さんの影響で?

上出氏

それはありますね。あと子どもの頃から鹿が好きで、カリブーが見たいっていうのもありましたね。こんなことを言ったら語弊があるかもしれませんが、ホエールウオッチングに行ったけれどあまり面白くなくて……。僕は英語が苦手なのでガイドさんの言ってることはあんまりわからないし、もしかしたらそれがわかったら面白かったのかもしれないんですけれど。3日間しかクジラを見に行っていないので偉そうには言えないんですが、僕はずっと沖縄本島や奄美大島といったクジラの繁殖海域で観察しているんで、いろんなドラマが垣間見えるんです。オスどうしがメスを巡ってケンカしたり、子どもを育てている様子などが船の上からでも見られるんですよね。アラスカでは、ただ餌を食べているだけで……。バブルネット・フィーディング※とか見られたら違うんでしょうけれど。またアクションが繁殖海域よりも少なくて「ただいる」みたいな感じがしました。

※バブルネット・フィーディング:ザトウクジラが行うユニークな採餌方法の一つ。水中で泡を吐き出しながら円を描くように泳ぎ、泡の「網」を作り出す。この泡の壁によって魚の群れを閉じ込め、逃げ場をなくした魚を一気に捕食する。

上出氏

話を今回の展示に戻しますね。ここには2018年から2025年までに撮った33点の写真が展示されています。全部クジラの写真ですが、実はそれぞれ状況が違います。クジラやイルカは泳いでいる生き物だと想像する方が多いと思いますが、少なくともザトウクジラに関しては止まっている時間が結構長くて、休んだり、シンガーと呼ばれるオスが求愛の歌を歌っていたりします。

また繁殖海域なので、親子クジラも見られます。妊娠期間が1年弱あるので、例えば2月にここで交尾をしたら、翌年の1~2月に沖縄や奄美の海域に戻ってきて出産します。なのでこういう赤ちゃんを連れたお母さんクジラは、結構頻繁に観察できます。

岡田氏

やはり親子クジラが観察しやすい?

上出氏

そうですね。ザトウクジラはほかのクジラに比べて浅い海域を好みますが、親子クジラは特に浅い海域にいて、そこで休んだり、授乳したりしています。そのため観察、撮影がしやすいんですが、一方で保護の対象でもあるんです。すごく親子にとって大切な時間なので、僕たちが邪魔することがないように各地でルールが決まっています。そんなルール作りの中で、沖縄本島北部は来年からホエールスイムは禁止ということが決定されました。

クジラとの心の距離を近づけようとするほど、物理的な距離は離れていく

岡田氏

今回発表した作品は、そういった「クジラとの距離」が大きなテーマになってるよね。

上出氏

完璧に話を繋げていただいて、ありがとうございます(笑)。実はこの展示にはストーリーがあるので、どんな思いで展示しているかをお話ししますね。2018年に撮り始めたばかりの頃は、何もわからずただ「クジラ、大きい! すごい!」みたいな思いで撮っていました。

岡田氏

水族館にもいないし、絶対海に行かなければ見られない生き物だしね。

上出氏

その後、2020年頃は「もっと迫力のある写真が撮りたい!」と思うようになりました。今思えば、エゴが強くて、クジラに優しくないアプローチをしていたかもしれません。そこからだんだん「もっとクジラに優しくあるべきではないか。自分なりのクジラとの付き合い方があるのではないか」と考えるようになりました。

岡田氏

そう考えるようになったきっかけはあるの?

上出氏

ある日突然というよりは、徐々に考えるようになったんだと思います。もしかするとSNSの発展もあり、いろんな人のクジラの写真を見る機会が多くなって、自分がこれでいいんだろうかとか思うようになったのかもしれません。

この話はあまりしたことないんですけれど、2018年頃に僕がクジラの撮影を始めた時は、まだ全然世間的には認知されていませんでした。その頃からインスタに写真をあげていたんですが、だんだん撮る人が増えていって、どんどん過剰になっていって…。クジラの写真を流行らせた一人として、責任を感じているといったら偉そうですが、なんかこれでいいのかな…というふうには思うようになりました。

岡田氏

コロナがきっかけというのもあるよね。僕は2020年から2021年にかけてトンガに行けなくなったので、奄美に撮りにいくようになった。上出君がクジラの写真を徐々に発表してきたのとタイミングが重なって、ブームに火がついた感じがするな。

上出氏

そうかもしれないですね。いろんな理由が重なって、クジラの水中観察、ホエールスイムが流行っていって、僕がひねくれているのもありますが「これでいいんだろうか?」という気持ちはどんどん高まっていって、「どうしたらクジラにもう少し優しくできるだろうか? 通じ合うことはできなくても、何かそういう可能性はないだろうか?」と試行錯誤する中で、奇跡的な最高の瞬間のような写真も撮れて、そういった作品を次に展示しています。

さらにこの2年くらいは、もっとクジラに優しくありたいと思うようになりました。そして、心の距離を近づけたいと思えば思うほど、物理的なクジラとの距離は遠くなっていってしまう…。これを表現しているのが、後半の展示のストーリーです。

岡田氏

今日初めて写真展を見て痛感したのが、大げさに言うと最初の頃の作品と、後半の最近の作品はまるで別人が撮ったもののように見えるということ。写真集は先に見せていただいてたけれど、後半にいくほど“上出君らしさ”が出ているなと思いました。僕は写真集を見ているときに、作者である写真家と会話しているような気持ちになれるのが一番の楽しみなんだけど、写真集の後半では特に上出君と会話しているような気分になりました。

上出氏

嬉しいです。

岡田氏

トンガでザトウクジラの撮影をする際は、人がほとんど住んでいないところでしているけれど、沖縄本島に行ったときに一番びっくりしたのが「こんな街の近くの海にザトウクジラが来るんだ!」ということだったんですね。写真展の最後に展示されているこの写真は、上出君が撮りたかったことの象徴なのかな?と思ったんだけど。

上出氏

やはり僕らが暮らしている街の近くにこういった自然の営みがあるというのは当たり前のことではないし、別にこれを守っていきましょうといいたいわけでもないんですけど、そういうことを知っていることは豊かなことかなと思います。「クジラがいる世界」を撮りたいという思いが強くて。

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PROFILE
大学時代に慶良間諸島でキャンプを行い、沖縄の海に魅せられる。卒業後、(株)水中造形センター入社。『マリンダイビング』、『海と島の旅』、『マリンフォト』編集部所属。モルディブ、タヒチ、セイシェル、ニューカレドニア、メキシコ、タイ、インドネシア、フィリピン、マレーシア、オーストラリアなどの海と島を取材。独立後はフリーランスの編集者・ライターとして、幅広いジャンルで活動を続けている。
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