「レクリエーショナル・ダイビングvsテクニカル・ダイビング」なのか?

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前回のコラム(PADIのコース改定の背景にある20年間のパラダイムシフト) で、改定された「PADIオープン・ウォーター・ダイバー・コース」の内容が、近年のテクニカル・ダイビングからかなりの影響を受けているのではないかと推論しました。

そこで今回は「テクニカル・ダイビングとは何か?」あるいは「レクリエーショナル・ダイビングとテクニカル・ダイビングは対立、または並立する関係にあるのか?」というテーマで少し論考してみたいと思います。

この十数年の間に、いろいろなダイバーやインストラクターの方々と“いわゆる”「テクニカル・ダイビング」について話す時、「なんとなく」ではありますが、これもまた“いわゆる”付ですが「レクリエーショナル・ダイビング」とは別のもの、つまり「テクニカル・ダイビング vs. レクリエーショナル・ダイビング」という対立、あるいは並立軸で考えているような場面に度々遭遇してきました。

セブ島の魚の群れ(撮影:越智隆治)

“レクリエーショナル・ダイビング”の誕生

もとは軍事用器材であった開放式スクーバが、民間人にも手の届く“スポーツ用品”としてレジャーの分野に普及し始めたのは、1960年代のアメリカ合衆国からであったことは良く知られています。

「レクリエーショナル・ダイビング」という言葉でこの分野のダイビングを定義しなければならなかった理由は、それまでの、第2次世界大戦までのヘルメット潜水器や閉鎖回路潜水器は、軍事、築港、漁業などの水中工作や作業、商用を目的としたものでしたが、開放式スクーバが出現して民間市場に参入し、スクーバ・ダイビング活動の目的が“遊び 、あるいは楽しみのため”であることから、これまでの“職業、作業または商用”を目的とする「コマーシャル、またはヴォケーショナル・ダイビング(職業潜水—Commercial/Vocational Diving)」と区別する必要がありました。

また開放式スクーバの普及には、器材の使い方を教える教育プログラムとの同時普及も不可欠で、1960年代には民間のダイビング教育機関がその役割を果たし始めることになります。
例えば、PADIの創立者であるジョン・クローニン(John Cronin)は、当時イリノイ州シカゴを拠点にアメリカ東部地区を営業担当する「U.S.ダイバーズ社(現在のAqualung社)」のセールス・レップでした。

そしてダイビング教育機関にとっては、教える範囲、責任の範囲を限定するためには「レクリエーショナル・ダイビング」を定義する、つまり制限を定める必要がありました。

それが今日の「開放された水域で、水深40mまでを絶対の深度限界とし、計画的な減圧停止をしないダイビング」として広くコンセンサスを得、つまり「レクリエーショナル・ダイビング」として世界中に広く受け入れられて今日に至っています。

“テクニカル・ダイビング”の誕生

さて、それでは「テクニカル・ダイビング」とはどのように定義すれば良いのでしょうか。

「テクニカル・ダイビング」という用語は、現在「ダイバー(Diver)」誌のインタビュァーを務めるマイケル・メンドゥーノ(Michael Menduno)が主宰した「アクア・コープス(aquaCORPS)」の「ザ・ジャーナル・フォー・テクニカル・ダイビング(1990年1月刊行)」で初めて登場しました。

メンドゥーノは「テクニカル・ダイビングという用語は、テクニカル登山という用語から“比喩(Analogy)”として使った」と述べています。

また「PADIテック・ディープ・ダイバー」マニュアル(2001年英語版第1刷:執筆者訳)を参照すると

「テクニカル・ダイビングとレクリエーショナル・ダイビングを、目的が楽しみのため、教えるため、あるいは相手を楽しませるため、といったことをひとまず置いておいて、それらの限界と方法論に基づいて定義すれば、」

と前置きした上で、テクニカル・ダイビングとは以下としています。

「レクリエーショナル・ダイビングの制限を超えた、これまでの商業ダイビングや研究ダイビング以外のダイビングである。また以下の一つまたは複数を含むと定義される。すなわち深度130フィート(40m)を超えるダイビング、減圧停止を必要とするダイビング、水面から130フィート(40m)の距離を超える頭上閉塞環境でのダイビング、加速減圧を行なうもの、そして多様なガスを呼吸するダイビングである」

一方で、高気圧医学界に多大な研究功績で貢献しているハミルトン博士(R. W. Hamilton)は、テクニカル・ダイビングを

「空気潜水を前提としたレクリエーショナル・ダイビングが設定した、限界深度や頭上不閉塞の環境に限るという条件、または減圧停止不要ダイビングの限界時間を超えるために2種類以上のガスを呼吸し、そのために必要な器材や減圧計算ソフトウェアを用いて行う計画された減圧停止潜水」

と定義し、さらにこう記しています。

「レクリエーショナル・ダイビングの範囲と比較すれば非常にはっきりしているが、ほとんどのテクニカル・ダイバーは楽しみのためにそれをしていて、それが実際には“レクリエーション”であることを認識しておくのは重要なことである。中には、写真派や宝探し、科学者などもおり、単なる“楽しみ”だけということを越えた特別な刺激や動機があるが、こうしたダイバーが之までの意味で“雇われている”ということはめったにない。(1996年の来日講演資料から:水沼龍一郎訳)」

セブ島のソフトコーラル(撮影:越智隆治)

テクニカル・ダイビングもレクリエーショナルの範疇!?

このように、これまでの約20年の流れを概観すると、目的が同じ“レクリエーション”であるという点で、“いわゆる”「テクニカル・ダイビング」も「レクリエーショナル・ダイビング」の一範疇として捉えたほうが理にかなっています。

もし、区別するとするならば、PADIのマニュアルがテクニカル・ダイビングを定義する際の前提で述べているように、「楽しみの次元」と「楽しみの方法論」が違うというべきでしょう。

別の表現をすると「エヴェレスト登頂の楽しみと高尾山へのトレッキングとの方法論と楽しみの次元の違い」といえば理解しやすいでしょう。

そしてもちろん、将来のエヴェレスト登頂をゴールに見定めて高尾山のトレッキングから始めるというアプローチはあっても、トレッキング経験を重ねているうちに知らない間にエヴェレストの頂上に立っていたということは起こりえません。

したがって「レクリエーショナル・ダイビング vs. テクニカル・ダイビング」という表現そのものがナンセンスで、両者の関係は「対立」でも「並立」でもなく、共通する目的を考えれば、テクニカル・ダイビングも大きなレクリエーショナル・ダイビングの範疇内にあることがわかります。

このコラムをお読みいただいている皆さんのなかに、もし責任のあるレクリエーショナル・ダイブ・プロフェッショナルであり、ダイバー教育に携わる方がいらっしゃれば、どうか先入観にとらわれずに「スクーバ・ダイビングとは、本来“テクニカル”なものだ」ということをあらためてご認識いただければと思います。

そして「ダイバーの安全と健康を守る」というダイバー教育の究極のゴールを目指すとき、テクニカル・ダイビングとレクリエーショナル・ダイビングの間に壁を立てる不合理に気付き、私たちが“遊ぶ”、ダイビングの世界の最先端では、今、何が起こっているのか、起ろうとしているのかを知ってほしいと願います。

また、従来のレクリエーショナル・ダイビング・プロフェッショナルが、これまでのテクニカル・ダイビング・プロフェッショナル達が築き上げてきたテクニカル・ダイビング分野に参入し始めた現在の状況を憂え、「質の低下」を心配する声も聞こえます。

そして、その懸念する背景を十分想像することも出来ますが、もっと広い視野で見れば、むしろかれらがテクニカル・ダイビングからこれまで以上にダイビング理論全般への造詣を深め、危機回避の方法論を取り入れた高いスキル・レベルのダイブ・プロフェッショナルの層が厚く、拡大すれば、レクリエーショナル・ダイバー全体(もちろん、“いわゆる”テクニカル・ダイバーも含めて)の危機回避能力の向上に寄与すると確信しています。

どうやら私たちは、「テクニカル・ダイビング」という“これまでのレクリエーショナル・ダイビングの周辺にあるもの”が、大きく「従来のレクリエーショナル・ダイビングの定義」そのものに影響を及ぼそうとする時代のまっただ中にいるようです。

PADIの現C.E.O.であるドリュー・リチャードソン(Drew Richardson)が、2009年の春、あるダイビング・カンファレンスで行なった「(当時の)DSAT(現在のPADI)テクニカル・ダイビング・プログラム」に関する小講演で「今日のテクニカル・ダイビングは明日のレクリエーショナル・ダイビングです。我々が1997年に“テックレック(TecRec)プログラム”の開発を決断した際、“TechnicalとRecreationalを組み合わせた造語”を採用した理由に想像を馳せてほしいと思います」というくだりが大きなヒントなのでしょう。

まったく 面白い時代ではありませんか!

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PROFILE
DIR-TECH Divers' Institute を主宰し、東京とフィリピンの拠点を往復しながらダイビング・インストラクション活動を行なう。
「日本水中科学協会」および「日本洞穴学研究所」所属。
 
最近の主な監修・著作に「最新ダイビング用語事典」(成山堂書店)、連載「世界レック遺産」(月刊ダイバー)、「遊ぶ指差さし会話帳・ダイビング英語」(情報センター出版局)など。
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