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ダイバーによる捜索と4年目の供養 ~3.11供養企画レポート~閲覧無制限

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現地からレポート

2015年3月12日の記事用東北

東日本大震災からちょうど4年の2015年3月11日。
ダイバーによる遺留品捜索を含む「4年目の供養」が行なわれ、およそ50名ものボランティアが集まりました。

平日にもかかわらず多くのボランティアが集まったと思う反面、やはり年々その数は減っています。

企画の主催者である「一般社団法人震災復興支援協会つながり魚竜」代表のかっつんこと勝又三成さんは、「忘れていないよ、というメッセージを発信し続けることがまずは大事。こういうきっかけで、決意を新たに一丸となって5年目に向かえればと思います」と企画の趣旨を話します。

2015年3月12日の記事用東北

朝礼であいさつするかっつん

歌津は震災直後からダイバーたちとのつながりが深いこともあり、多くのダイバーが参加。

悪海況のため、当日数名が潜ることを中止したこともあり、潜るダイバーは総勢8名。

行方不明者と遺留品の捜索活動を行ないました。

2015年3月12日の記事用東北

中山港の湾内へエントリー

透明度はおよそ1m。水温は4度というコンディション。

潜ったダイバーが、「場所によって漁網など瓦礫はありますが、遺留品のようなものは見つかりませんでした」というように、船のプレートの一部などが見つかったものの、これといった遺留品は見つかりませんでした。

2015年3月12日の記事用東北

透明度1mというあいにくの悪コンディション 写真/石井隆

悪海況でかなり限定したダイビングとなってしまったものの、「思い出す」「忘れない」というきっかけとして、また、「まだまだやれることがある」、「ダイバーの力で支援したい」という決意の表れとして受け止めました。

2015年3月12日の記事用東北

一方、陸上班は、ビーチクリーンナップ。

みな一丸となって、午前中だけでこれほど大量のゴミが集まりました。

2015年3月12日の記事用東北

午後はお念仏と法要。

冷たい風が容赦なく吹きすさぶ中、地元のおばちゃんが「今日は寒いね~。あの日とおんなじだ」と言っていた言葉が印象深い。
後にテレビでも霏々として降る雪の中、やはり地元の方が同じようなことを言っていました。

冷たい雪と風があの日へ連れ戻す一方で、ダイバーの僕は、震災からちょうど1年後に潜った時の感想を思い出しました。

「水温3度。時に4度。ドライスーツの下は、いつも以上に着こんだインナーウェア。さらにその上にホッカイロを4枚貼って臨んだものの、強烈な寒さにくじけそうになる。唯一、直接水に触れている口の周りは冷たくはない。痛い。「この水温だったのか……」。改めて、あの日の津波を思う」

2015年3月12日の記事用東北

歌津に伝わる“お念仏”と呼ばれる供養。「極楽浄土へ~、南無阿弥陀仏~」と歌いながら数珠を回す

2015年3月12日の記事用東北

法要

そして、4年後のちょうど14時46分。

船上から黙とうが捧げられ、被災者が眠る海へ花が手向けられました。

2015年3月12日の記事用東北

黙とうの後、岸壁から献花が海へと捧げられた

今回、印象的だったのは、ダイバーとしてボランティアに参加していた地元の方。
彼らは震災をきっかけにできたボランティアダイバーたちとのつながりで、昨年オープンウオーターを取得。

「自分たちでウニが取れるようになればと思ってダイバーになりました。きっかけをもらってありがたかったです」と地元参加者の一人。

これも、昨日の三陸ボランディアダイバーズのレポートでもお伝えしたように、「失ったものは大きいが、生まれたものもある」のひとつかもしれません。

2015年3月12日の記事用東北

「ずっと来ることができずに、心に気にかかっていました。こういうきっかけをいただいて、来ることができて良かったです」

イベントの主催者である「一般社団法人震災復興支援協会つながり」代表勝又三成さんに、現状や今後の展望についてお聞きしました。

2015年3月12日の記事用東北

――――今はどのような活動をメインに行なっているのでしょうか?

テーマとしているのは「交流人口を増やす」ということです。

今、多くの人が南三陸町から離れていっています。
地元に何もなければ仕方ないと思います。

一方で、南三陸町に行ってみたいという人も全国には多くいます。
それならば、彼らが実際に訪れるきっかけを作ってあげて、現地の方と交流していただく。

将来的に、住みたい、働きたいとい思ってくれる人が出てくれるのが理想的ですが、まずは来ていただいて、現状を見ていただくだけでも意味があることだと思っています。

―――瓦礫撤去や捜索はもう必要ない段階なのでしょうか?

いえ、ダイバーの集まりですから、今でも月に1度のペースで水中での活動も行なっています。

天候が荒れたりすると瓦礫が流れてきたりすることもまだまだありますし、何より、続けることに意味があるんです。

今、どんどん明るい話題が出てきているのはとてもよいことですが、一方で、家族を亡くした方など、そうした空気に戸惑う人も多くいます。

水中での捜索活動は、彼らに対する「忘れていないよ」というメッセージという意味も大きくて、心に寄り添うこともダイバーの大事な役割だと思っています。

もちろん、実際に探すつもりで潜っており、今でも遺留品が見つかることはあるんです。

また、今回の企画を発表した時は行方不明者が1253名でしたが、今は1249名なんです。
つまり、今でもご遺体が見つかっているんです。

我々が捜索活動を続けていること、実際に今でも行方不明者が減っていることが、希望になればよいなと思っています。

――――つながりの活動に終わりはないということですね?

はい。瓦礫撤去や捜索もずっと続けていくつもりです。
その上で、全国の人に南三陸町に訪れていただき、地元の方たちと交流するきっかけを作れたらと思っています。

2015年3月12日の記事用東北

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