技術的に難しい!? 日本が勧めるスキューバダイビングの浮上スピードは毎分8m
先日、日本が勧めるスキューバダイビングの最大水深について考えてみましたが、今回は浮上スピードについてご紹介したいと思います。
2015年4月1日に施行される高気圧作業安全衛生規則(略称:高圧則)は、リクリエーションダイバーには直接関係のない潜水関係の法律なのですが、リクリエーションダイバーと行動をともにする、インストラクター、ダイバーなどには関係のある技術的な改定が含まれています。
その意味では、リクリエーションダイバーもこの法律(正しくは厚生労働大臣が出す省令)とはまったく無縁といえないということは前にもお話しました。
いろいろな面で、これからのリクリエーションダイビングの多様化への制約が解かれるという面では期待もできるのですが、やや厳しくなった点があります。
この法律が想定している浮上スピードは、私たちが普段行っている毎分10mよりさらに遅い毎分8mとしています。
リクリエーションダイビングの世界では、ほとんどのダイバーが、ダイブコンピューターによって、減圧管理と浮上速度のコントロールをしています。
スイスのチューリッヒ大学の生理学者、アルベルト・ビュールマンが1985年に開発したZH-L16というアルゴリズム(計算プログラム)を採用したダイブコンピューターが最もポピュラーです(もちろん他のアルゴリズムのダイブコンピューターも数多く市販されています)。
このポピュラーなZH-L16の想定している、その浮上速度(減圧速度)は毎分10mです。
今回の高圧則の減圧プログラムはこのZH-L16を参考しているとしていますし、ダイブコンピューターの使用も認めています。
ところが、新しい高圧則は、浮上速度をさらに遅い毎分8m以下と規定しています。
これまでの減圧速度毎分10mと2mしか違っていないと思われるダイバーもいるに違いありません。
毎分8mという浮上速度をもう一度見てみましょう。
例えば、16mの深度からは浮上する場合、2分間かけて浮上するわけですが、1秒間にどれだけ浮上するかは簡単に計算できます。
1秒間にわずか13.3cmなのです。
手の平を開いて、親指と人差し指の間隔、あるいは握りこぶし1つぐらいです。
この速度を延々と120秒続けて、やっと水面にたどりつくのです。
これまでの毎分10mも似たようなものです。
どちらもスクーバダイバーにはとても難しい速度コントロールが必要です。
特に水面近くでは浮力コントロールは難しくなるので、スクーバダイバーにとっては毎分8mという浮上速度の維持は“至難の業”といってもよいでしょう。
アメリカ海軍のUSネービーテーブルは浮上速度18m/分を条件にしていました。
軍隊のテーブルですから、速い浮上速度の方が活動が制約されないからです。
それでも1分間に30cmです。
その後1994年に無減圧リミットは同じままに、浮上速度を9m/分と、半分に減じています。
無減圧リミットを守っていても症状を起こさないサイレントバブルの存在が明らかになり、すでに存在する気泡にできるだけ刺激を与えないようにすべきだという理論、いわゆる気泡理論が提唱されるようになってから、浮上速度を遅くしようとする傾向が強くなっていきます。
安全停止は、このようなゆっくりとした浮上速度をスクーバダイバーがコントロールするのは現実として難しいので、減圧停止が不要なダイビングでも5mで減圧停止して、トータルで浮上速度を遅らせようとする、浮上速度コントロールの救済策ともいえます。
また、最近では6mからは1分間に1mずつ、ゆっくり浮上しようという、いわゆるシックスアップという浮上テクニックもハードなダイビングの世界では提唱されています。
このように、浮上速度を遅らせようとするのはダイビングの世界の全体的な傾向を反映したのでしょうが、今回の高圧則改定がさらに遅い浮上速度(高圧則では減圧速度といっています)を採用した理由はあまりはっきりとしていません。
それでも法律は法律なので、ぜひリクリエーションダイバーの皆さんも、この浮上速度での浮上の練習、あるいはシミュレーションをしてみてください。
浮上用のロープにでもつかまらないかぎり、1秒間に握りこぶし1つの浮上はかなり難しいテクニックであることを実感するに違いありません。
*注:新高圧則では、浮上速度を減圧速度という用語で説明しており、またその単位はメガパスカル、キロパスカルを採用しています。この記事では、分かりやすくするためにメートルに換算しました。