コブシメの謎を解くのはダイバー?琉球大学池田教授に聞くコブシメの生態
(目を閉じて)寝ているようにもみえるおだやかな目に、ぷっくりとしたドーム型のボディ。それを囲むようにヒラヒラと繊細な動きをみせるヒレ。にょろりと生えた足。威嚇時や求愛時には、街角で色を変えるイルミネーションさながら、瞬時に変色。その姿は、まるで海に浮かぶ宇宙船のよう。そんな不思議な存在「コブシメ」について、もっと知りたい!と思っているダイバーも多いはず。というわけで、イカやタコをはじめとする頭足類の社会性とコミュニケーションおよび頭足類の飼育学を専門分野とされている琉球大学教授池田譲氏(以下、池田氏)に「コブシメ」の知られざる生態や魅力について伺った。
コブシメとは?
コブシメは、背骨がない無脊椎動物の中の軟体動物門、頭足綱、コウイカ目に所属するイカのこと。外套膜(胴体)の中に甲をもっていることが特徴。
インド洋、太平洋のサンゴ礁でよく観察されており、日本では、九州南部から屋久島、トカラ列島、奄美諸島、琉球列島にかけて分布する。世界中に生息する約120種類ものコウイカ科のイカ類の中で、コブシメはなんと最大級の大きさを誇る。外套長(胴体の長さ)は50cm以上になることから、ダイバーの中でも「大物」として認識している人もいるかもしれない。
コブシメの身体能力については、データが少なく、まだ分かっていないことが多いようだ。たとえば視力については、近縁のコウイカで0.89というデータがあることから、コブシメもそれくらいは見えているのかもしれない。はたまたもっと良いのかもしれない。視野についてはどうだろうか。イカとタコは頭の側面に目が付いており、片方の目だけでかなり広い視野を持つ。コウイカのデータによれば、片眼に加え、両目でものを見る両眼視野は体の前方と後方に及ぶ。コウイカのようにコブシメもグルリと周囲を見ることができるかも知れない。
また、聴覚や嗅覚があることも最近の研究で分かってきているようだが、特筆すべきは無脊椎動物最大級の容量をもつ脳の大きさだろう。池田氏は、コブシメなどイカの寿命は1年程と短命なのにもかかわらず、体の大きさに比べて脳が大きいことに矛盾を感じ、注目しているという(もしかしたら、無脊椎動物とはいえ知能がかなり発達していたりするのかも!?)。
コブシメという名前は、学名でなく和名で、沖縄の方言「クブシミ」からきている。クブ(とても大きい)シミ(墨)で、大きくてたくさん墨がとれるイカの意味。関東ではスミイカ、関西ではマイカと呼ばれたりもする。
イカは、甲が特徴的なコウイカ目と胴が細身のツツイカ目の2つに分けられる。関東のダイバーにおなじみのアオリイカやヤリイカはツツイカ目。
生まれてから死ぬまで、コブシメの一生
ダイビング中のコブシメとの出会いは一瞬だが、彼らの人生(イカ生?)はその後も続く。彼らの一生についても伺ってみた。
コブシメの赤ちゃんは、サンゴ礁の隙間に産みつけられた卵から春頃に孵化する。コブシメに限らずイカは肉食なので、赤ちゃんたちはエビや何らかの小さい生き物を食べて育つと考えられているが、実際に何を食べているのかは海では観察されていない。
大人になった個体は、普段は30m以深で生活しているとされるが、繁殖期になると水深が比較的浅いサンゴ礁地帯に移動して晩秋から初夏にかけて繁殖活動を行う。ダイバーが出会うのは、この時期のコブシメである可能性が高い。
繁殖活動の後には、オスもメスも短い一生を終える。
「コブシメのここが興味深くて魅力的!」インタビューよりぬき
ここからは、池田氏へのインタビューの中でも、とくに興味深かったところをお届けする。
謎に包まれた幼体期!赤ちゃんの成長にはサンゴ礁が不可欠!?
池田氏
コブシメに限らず、イカって養殖対象になっていないのですが、実はだいぶ前にコブシメの養殖が水産庁のプロジェクトの対象になったことがあって、それこそダイビングのメッカでコブシメも生息する石垣島が舞台となりました。
人工産卵床(クルクル巻いた網みたいなもの)を水槽に入れて卵を産ませるのですが、孵化しても赤ちゃんを育てることは難しかったようです。でも、コウイカ目って比較的飼育が容易なんですよ。コウイカ目のように生まれたときからペタンと水底について泳ぎ回らないタイプは、用意したエサもすぐ食べてくれる。だから私はコウイカ目のコブシメも上手くいくと予想したものの、実際に飼育してみるとコブシメの赤ちゃんはぜんぜんエサを食べてくれなくて。
そこで考えてみたのですが、コブシメの赤ちゃんが孵化する環境に秘密があるのではないかと。コブシメってコウイカ目の中でも、ジャングルジムのようなサンゴ礁の間に卵を産みつけるんです。ここからは想像になりますが、孵化した赤ちゃんたちはすぐにサンゴ礁から出ていかずに、サンゴの間に入り込んできたちっちゃいエビやら小さな生き物などを食べて育つのではないかと思うんです。
オーシャナ編集部(以下――)
疑似サンゴ礁みたいな餌場をおいて育ててみたらうまくいくかもしれないということですか?
池田氏
それも含め、謎めいたことが多いのが現状です。もし、ダイバーのどなたかが野外でのコブシメの赤ちゃんの食事シーンを写真または動画で撮影したデータをお持ちなら、科学論文になるくらいの大発見です。
――自分の写真と名前が論文に載るなんてすごいですね。これは春頃の産卵期に張り付いて撮影するしかない!?
燃えるように生きて命をつなぐ青年期!
池田氏
コブシメに限らずイカタコ全般の寿命は、おおよそ一年くらいと考えられています。短い生涯の最後に性的に成熟して繁殖活動を行い生涯を終えます。人間で例えると少年期がすごく長くて、最後に青年になって死んじゃうような感じ。壮年期や老年期がないんです。
繁殖戦略は乱婚制!オス同士のバトルの末、メスは短期間に複数回産卵
池田氏
そんな短命なコブシメの繁殖期は、もし翌年生き延びたとしても生涯に一回だけ。ただ、一回というのは期間としての意味で産卵は複数回ある、というのが最近支持されている考え方です。そうすると繁殖期にはある程度時間的幅があるのではないかと思われます。例えば数週間とか。
この考え方は、イカの卵巣の状態を調べて分かったことです。イカの卵巣は、いろいろなステージ(成熟しているものもあれば未成熟のものもある)の卵の細胞があります。
卵はステージごとに成熟するので、成熟したものから一つの卵群になって卵巣から放出され、輸卵管を経て体内から産み出されます。ですから産卵は複数回あるということです。
余談ですが、イクラを産むサケの産卵は一回きり。あれは全部の卵のステージが揃って成熟するので、最後にドバッと出てお終いです。
――複数回産卵するということは、複数回繁殖行為をするということですよね。同じメスオス同士で行いますか?
池田氏
イカの繁殖行動は、交接(他の動物の交尾にあたる)と呼ばれていて、オスが精子を詰めたカプセルをメスに渡します。オスが生殖器をメスの生殖器に挿入して精液を射出するスタイルとは異なります。動物においてオスは自分の精子をなるべく多くのメスに渡したい。一方、メスはなるべく良質なオスの精子を受け取りたい。そんな中でとられるコブシメの繁殖戦略は、メスとオスがそれぞれ複数の相手と交接する乱婚と考えられます。このような状況でも、メスをめぐるオス同士の激しいバトルの末、同じオスが勝てば同じ精子をもらうかもしれません。
――負けたオスは、リベンジマッチとして以前バトルしたオスに戦いを挑むこともありますか?
池田氏
前回のバトルで負けたことを何らかの形で記憶していたら、「ああ、この人(イカ)は自分よりも強い」と考えて次のバトルをしない可能性もあります。それくらいの記憶力があるかは分からないですが、優劣関係を記憶しているとしたら、コブシメには社会性があって、ある種のヒエラルキーが成り立っているのかもしれません。もしコブシメの個体識別ができれば、いずれは分かるはずです。毎度バトルをして勝ったオスだけがメスを獲得できるので、雄雌の結びつきが強いと考えてもおかしくはないでしょう。
――メス側も「あ、またこの人(イカ)だな」ってある程度分かっていたりして。
池田氏
オスとメスの間でそのような関係性ができると、ひょっとしたら一夫一妻制をとっている個体もあるかもしれません。いずれにしてもまだ分からない部分が多いのが現状です。
表情の起源はイカ!?コブシメ同士のコミュニケーションツールについて
――謎が多いコブシメですが、コブシメ同士でコミュニケーションをとったりもするのですか。
池田氏
コブシメに限らずイカタコ全般にいえる話ですが、昔から注目されているのは、体色のパターン。これが言語的なものとして機能しているんじゃないかということです。しかしながら未だに会話の方法や内容を解き明かした例はありません。我々も調べてはいるものの、体色のパターンがものすごく複雑で難解なことから手こずっています。体色や模様がじわじわと変わるだけでなく、同時に明るさも変化するので、組み合わせるとほぼ無限のパターンが出てくるという…。
――単純にABCといったような明確なパターン分けができないのですね。
池田氏
はい。たとえば鳥類なら、音声で分析していくと割ときれいに聞き分けられるのですが…。コブシメは、グラデーションの様にじんわりと変わったり、点滅したりと体色のパターンがいろいろですし、場合によっては、体の凹凸(トゲトゲした皮膚)やその時の腕の動きなどを加味しなければなりませんから、まだなんだかよく分かっていないことが多いです。ただ、繁殖期のメスを奪い合うためのオス同士のバトルでは、威嚇と思わしきポーズや特有の体色パターンを出しているので、「このパターンを出したときは威嚇なのかな」とか見当はつけています。エサをとろうとする時に体を点滅させるコブシメを見ていると、「ああ、エサをとろうとしているな」と見当はつくのですが、会話となると分からない…。
そんな中でも、ごく最近自分で考えたのが、会話するというよりかは瞬間的に気持ちを伝えているのではということです。つまり表情で。というのも、彼らが生きているのは弱肉強食の自然界ですから、次の瞬間には捕食者に狙われて食べられちゃうかもしれません。死と隣り合わせの状況で、悠長にしゃべっている余裕なんてないんじゃないかと。そうなると、何らかの自分の状況、意思を伝える手段として「シグナル=表情」は有効だと思っています。
――表情ならば、相手の顔を見れば喜怒哀楽が瞬時に分かりますよね。
池田氏
我々人間の場合、表情は表情筋によりつくられるとされますが、これがイヌやネズミなど他の動物にも広げられつつありますね。これをイカにも広げたら…。もっと言うというと、イカは系統的に古い動物なので、イカが表情の起源なんじゃないか…。なんていうことがあるかもしれません。ちょっと突拍子もない仮説なので、それはともかくとしても、コブシメはパッと体色を変えることで喜怒哀楽を伝えているんじゃないでしょうか。とくに相手への善意とかではなくて、敵に襲われそうになっている時に思わず体色が出ちゃう。それを近くにいた別のコブシメが見ていて、「いまは危ない状況なんだな」と認識して恩恵を得るー。
または、逆の立場になる場合もありますよね。こういった生き残る上でメリットがある機能は進化的に残っていく傾向にあります。
――いままでのお話を聞いて、複雑な体色のパターンをもつコブシメなら表情もある気がします。
池田氏
表情というのは、ある種の「社会」を作る動物だと発達する可能性があるとされています。繁殖期にみられる社会性が証明されれば、社会の中には序列がありますから、表情によって情報を伝達してコミュニケーションをとっていると十分に考えられます。いろいろな力関係の中で、相手が引き下がる表情とかがパターン化されていて、使われているとか。言語とはいかないまでもその手前のコミュニケーションツールとしてなら確立されているかもしれません。でも、これはまだ可能性の話です。本当は何らかのメッセージのやり取りをしているかも。とはいえ、表情的なものを駆使しているのだとすると、系統的には相当古くから使っていた生き物になるはずです。
――そうなれば、私たちにとって、イカたちは表情を使う先輩ですね。
池田氏
そんなポテンシャルを秘めているイカたちをダイバーは目のあたりにしているということですね。
――次のダイビングからイカを見る目が変わりそうです。
コブシメの謎を解くカギはダイバーにあり!?
池田氏
コブシメは広く認知されている生き物であるにもかかわらず、行動や生態などの論文が少ないです。その分野の科学論文だと1984年に発表されたものくらいしかないと思われます。
――先ほどお話にあがった、コブシメの赤ちゃんがエサを食べてくれないことも謎ですよね
池田氏
それについては、沖縄記念公園水族館や鳥羽水族館などではコブシメの孵化の実績がありますから、摂餌は観察されているでしょう。それよりも、天然環境でコブシメの赤ちゃんが何をどのように食べているのかが未知です。自然な状態の彼らを観察できるダイバーなら、サンゴの間でエサを食べている赤ちゃんを目撃できる可能性も高いように思います。コブシメの表情についても同様です。
写真あるいは動画で撮影できれば、コブシメの謎も解き明かせるでしょう。繁殖期のコブシメたちにヒエラルキーが成立しているのか、または一夫一妻制をとっている個体がいるのかについても、個体識別ができれば明らかになるはずです。
科学者もダイビングをして情報を収集しますが、学者同士のコミュニティだけだと限界がある場合も。ダイバーとしては、なんてことなく撮影したコブシメの写真でも、我々からしたらかなり科学的に優れた情報になることも。今まで居なかった場所で撮影されているだけでも一大事。その写真一枚で科学論文になることだってあり得ます。
今後は、科学者でない人の知見を取り入れた市民科学の分野にも視野を広げて研究活動をしていくことも考えています。
――ダイバーと科学者の最強タッグならコブシメの謎を解き明かせる気がします。夢が膨らみますね。
オーシャナ編集部は今回、「ダイバーにこそお願いしたいイカの情報収集」について池田氏からヒアリング。今後、イカ情報を大募集する予定なので、クエストにチャレンジするような感覚でぜひ挑んでほしい!
プロフィール 池田譲氏
【研究テーマ】頭足類の社会性とコミュニケーション;頭足類の飼育学