フリーダイバーが魅せられる水中世界 ~究極の素潜り「知床ウトロ・流氷フリーダイビング」レポート~

流氷フリーダイビング

撮影:野口智弘

○文:武藤由紀 ○写真:野口智弘ほか ○映像:大川拓哉

2016年3月3日、北海道斜里町ウトロ。
今年で4回目となる、流氷下の素潜り「流氷フリーダイビング」をレポートします。

まずは、分厚い流氷に穴をあけて潜水場所を確保する大事な作業が会場選びと設営、そして「穴掘り」。

ポイント選びや穴あけなど、初めて開催した3年前と比べると準備もかなり手際が良くなりました。

もちろん「世界のリューゾー」選手といえども、一緒に氷の上をソリで荷物を運び、穴掘りを行います。

分厚い流氷に穴をあける

なかなか根気とコツがいるのが穴掘り。
外気温マイナス-12℃ほどの中でこの作業を行うと身体がポカポカしてきます。

流氷に穴をあける

潜水場所を確保したあとはいよいよ素潜り開始。

氷上で集中を高める篠宮選手

氷上で集中を高める篠宮選手

流氷でフリーダイビング

撮影:野口智弘

氷の下、神秘的な世界が広がります。
外気温は-12℃、水温は-2℃。篠宮選手は前日朝に沖縄からやって来たため、なんと気温差は30℃以上、水温差も20℃以上という凄まじいギャップ。
第一声は「顔が痛い」でした。

マイナス2℃の海は冷た過ぎて、寒いと言うより、むしろ「痛い」のです。

しかし、一息で潜る氷の海の世界は、他では見られない魔力とも言える強烈な魅力があります。

氷と水の狭間で、身一つで漂う世界は、極限の冷たさにも関わらず、静謐な平和に満ちています。

やがては寒さ、痛さを忘れて、私たちフリーダイバーは氷の世界に没頭したのでした。

流氷フリーダイビング

撮影:野口智弘

ケモクライン

氷が溶けた部分の淡水と海水、塩分濃度の違いによって発生する「ケモクライン」
水面近くは視界が霞み、不思議な光景が広がります  撮影:野口智弘

篠宮選手からのコメント

篠宮龍三選手

篠宮選手

流氷下の水中世界は凛然とした美しさと最高の恐怖の混在する場所でした。
フードとマスクの隙間はマイナス2度の水に曝されてしまいます。
もう、冷たいというより、痛くてたまらないのです。
かき氷を100杯くらい食べたみたいに頭がキーンとなりますね。

これまで20年近くフリーダイビング競技をしてきましたが、これほどリスクのある水中環境は初めてです。

まず、水圧、そして酸欠、ラストに氷点下の水温。この流氷フリーダイビングをしてみて、ありとあらゆる自分の能力が削がれていくのがわかりました。
潜水能力だけでなく、思考能力も。
あらかじめ氷に開けておいた出口がどこなのかわからなくなります。

しかしこの水中世界にはなぜか心惹かれるものがあります。
それはなんなのかはまだうまく表現できませんが、ここにしかない魅力にはまったフリーダイバーたちはまたこの流氷の水中世界に足を運ぶことになるのでしょうね。

撮影:篠宮龍三

撮影:篠宮龍三

無事に潜水を終えた私たちは地元の漁師さんとの語らいや氷上での食事、森の散策なども楽しみ、雪と氷と知床の大自然を満喫しました。

地元の鮭を使った贅沢で美味しい北海道名物「ちゃんちゃん焼き」

地元の鮭を使った贅沢で美味しい北海道名物「ちゃんちゃん焼き」

悠々と草を食むエゾシカたち

悠々と草を食むエゾシカたち

満点の星(撮影:野口智弘)

満点の星(撮影:野口智弘)

フリーダイバー写真家の野口智弘のコメント

このイベントの発起人であり、流氷フリーダイビングを題材に昨年には写真集「Water Being」も出版したフリーダイバー写真家の野口智弘は、こう語ります。

野口さん

「今年で4年目になる流氷素潜りですが、日々変わる氷の状態のなか、流氷の下を潜るための工夫を考えます。どうしたら穴を開けられるか、潜れるか、暖をとれるか。また流氷の動きはどうなのかということを考えるのも実は楽しみの一つなのです。

今年もマイナスの水温を潜るという日常では味わえない醍醐味を存分に満喫できました。
日本の懐の深い豊かな海、環境があり、その海に能動的に潜るフリーダイバーを撮影することに自然の雄大さと共に人の強さを写せる貴重機会だと考えます。」

さて、こちらは4日後の3月7日のウトロ沖の写真です。

流氷のさったウトロ

なんと、真っ白な氷の大平原が、濃紺の大海原に変わっていました。
たった数日間の間、奇跡的に接岸していた流氷。

まるで生き物のように刻々と姿を変え、現れたり消えたりという不思議で、本当に神秘的な存在だ、と改めて実感しました。

最後に、ウトロ出身のフリーダイバー、高木唯から。

高木唯

高木さん

「私はこのウトロで生まれ育ち、幼い頃から山には鹿がいて、海には流氷があることが当たり前だと思っていました。でも多くの方がここにやって来て、大自然に驚き感動してくれることに、私も改めて感動しとても嬉しいく思います。雄大な自然を感じたい、とか特別な景色をみたい、というと海外に目が向きがちですが、日本でもこんな景色の中で、特別な体験ができる土地があるということを多くの方に知ってもらいたいと思っています。

反面、地元の方からは、観光客の方が軽装のままだったり、ガイドなしで流氷の上に登ったり、良い景色をみようと危険な場所に立ち入ったりしているという声も多く聞きます。私たちが行っているイベントがそのような行動の誘発しないような注意も重要だと感じます。私たちはこの危険な環境に対応するための十分な準備をして臨んでいます。特別な装備なしに流氷の上に乗ったり、柵を超えて崖近くまで侵入したりなどの危険行為は絶対にしないようにお願いします。

今回とても迫力ある素敵な映像が撮れたので、ぜひ多くの方にご覧頂き、日本の素晴らしい自然を感じて頂きたいと思います。」

危険と隣合わせの環境だからこそ、感じられる究極の世界。
マイナス二桁の寒さは桁違いですが、この圧倒的な大自然の中にいると人間の存在はとても小さく、でも私たちも自然の一部なのだという喜びを感じることができます。

遠くのオホーツクの海から多くの栄養分を運ぶ流氷は、知床の豊かな生態系を育む大切な存在。
この豊かな海と森がこれからもずっと続くように、と願っています。

オホーツク海

※氷点下でのフリーダイビングはとても過酷で危険と隣り合わせです。絶対に安易に真似をしないようお願いいたします。参加者は日頃から潜水のトレーニングを積み、寒冷地に適した器材を身につけ、AEDも携帯、安全管理のもとに実施しています。

武藤由紀

武藤由紀

Apnea AcademyAsiaフリーダイビングインストラクター。 2015年フリーダイビング日本代表選手。CWT(フィンをつけて潜る競技)では水深-60mの公式記録を有する。オーシャナ主催のスキンダイビング講習会ではメイン・インストラクターをつとめる。また、自ら主催するフリーダイビング&スキンダイビングサークル「リトル・ブルー」や地元葉山での素潜りを通じ、素潜りや水の世界の素晴らしさを伝える活動をしている。
武藤 由紀 プロフィール

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PROFILE
Apnea AcademyAsiaフリーダイビングインストラクター。 2015年フリーダイビング日本代表選手。CWT(フィンをつけて潜る競技)では水深-60mの公式記録を有する。オーシャナ主催のスキンダイビング講習会ではメイン・インストラクターをつとめる。また、自ら主催するフリーダイビング&スキンダイビングサークル「リトル・ブルー」や地元葉山での素潜りを通じ、素潜りや水の世界の素晴らしさを伝える活動をしている。
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