ブラックアウトを経験して初めて目標が明確になりました。 〜フリーダイビング世界記録保持者・木下紗佑里さんインタビュー【前編】〜

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2018年7月にバハマで開催されたフリーダイビングの世界大会「Vertical Blue 2018」で、FIM種目(フリーイマージョン)で世界新記録97mを樹立した木下紗佑里選手。総合順位でも準優勝という快挙を成し遂げました。

今回は木下選手のフリーダイビングへの想い、仲間たちとの絆、そしてアンバサダーを務めるスイス高級時計ブランド《ファーブル・ルーバ》のダイバーズウォッチについてなど、いろいろなお話を前編・後編に分けてお送りしていきます。
 

フリーダイビングを始めて
わずか3年で世界新記録を樹立

――

この度は世界新記録樹立、おめでとうございます。今までも数々の記録を更新されてきた木下選手ですが、そもそもフリーダイビングを始めたきっかけはどんなことだったのですか?

木下

2013年にダイビング雑誌(月刊ダイバー)で、花ちゃん(HANAKO選手)のフリーダイビングの特集を目にしました。そのとき初めてフリーダイビングを知り、また花ちゃんがかわいいなと思い(笑)、興味を持ちました。ちょうど何か打ち込めること、新しいことを趣味で始めたいと思っていたので。そこから、すごくハマっていきました。

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もともと水泳をずっとやられていたんですよね? 水泳を続けてきたことは、フリーダイビングの上達にも役立っていたのでしょうか?

木下

両親がスイミングスクールをやっていたので、強制的に始めさせられて(笑)、高校卒業まではずっと選手でした。

しかし大学時代、就職してからはトレーニングをずっとしていたわけではありません。泳ぐのは好きで、就職先もスイミングスクールでしたが、まだ人よりも泳げるかな?という程度でした。

最初に記録を作った種目がノーフィンの種目(CNF:コンスタント ウエイト ウィズアウトフィン)だったので、やはりそこは水泳を続けてきたことが役に立っていたと思います。

フリーダイビングの種目(深度競技)
■CWT:コンスタント ウエイト ウィズフィン
フィンを履き、ロープを掴まずに水底へ繋がる潜降ロープに沿って垂直に潜る競技。
■CNF:コンスタント ウエイト ウィズアウトフィン
形式はCWTと同じで、フィンを使わずに自身の泳力だけで深度を競う競技。
■FIM:フリーイマージョン
フィンを使わずに潜降ロープを手繰りながら、垂直に潜る競技。

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その後、フリーダイビングを始めてわずか3年で「Vertical Blue 2016」のCNF種目で72mというアジア人初となる世界新記録を樹立されました。これは本当にすごいことだと思います。(下記の記事参照)

フリーダイビングを初めてわずか3年で世界新記録樹立(写真提供:Alex St. Jean)

フリーダイビングを初めてわずか3年で世界新記録樹立(写真提供:Alex St. Jean)

木下

よく「3年間でなぜそこまでできたんですか?」と聞かれますが、それはフリーダイビングを始めて、「大きな記録を作ろう!」と思ってから仕事もやめて、練習に打ち込める環境作りを徹底してきたからなんです。3年というと短い感じがしますが、私にとってはフリーダイビングに向き合ってきた、とても凝縮した時間でした。

――

「こうすればいい」という方向性はすぐに見えてきたんですか?

木下

最初から道が開けていたわけではないのですが、私はすごく運が良くて、花ちゃんや美鈴さん(岡本美鈴選手)、篠宮さん(篠宮龍三選手)などから、タイミングよくいろいろなことを教えていただけました。

あと私はどこにでも1人で行けちゃうタイプなので、海外へも練習しに行きました。悩んでいるよりは腹をくくって1~2年やって、全然ダメだったら、またフリーダイビングを趣味に戻してもいいやと思い、やれるだけのことはやってきました。
ありがたいことに、多くの方に応援していただき、スポンサーのみなさんにも支えていただき、結果として記録が残せたことは、とてもよかったと思います。

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ブラックアウトを経験したことで、
挑戦したい目標がクリアになった

――

木下選手は「ブラックアウト」を経験されたことがありますよね。潜っていて「怖い」と思うことはありませんか?

木下

今まで2度ブラックアウトしたことがあります。1度は練習中でした。CNFで72mの世界記録に挑戦しようとしていたときで、そのときは正直きつかったです。潜る前は穏やかな気持ちだったのですが、ちょっと無理をしてしまいました。

戻ってくるとき、ロープを握ると失格になってしまうので、握らずに帰ろうとしたところ、意識を失ってしまいました。意識が戻るのにも時間がかかったので、後からとても怖くなりました。


ブラックアウトとは?
呼吸を止めることによって血液中の二酸化炭素濃度が高くなり、酸欠を起こし、失神してしまう現象を指します。スキンダイビングやフリーダイビングのような息堪えをするスポーツで起こる可能性がある症状です。
自分の気持ちに無理をしたことでブラックアウトに……。(写真提供:Daan Verhoeven)

自分の気持ちに無理をしたことでブラックアウトに……。(写真提供:Daan Verhoeven)

木下

72mの記録を夢見てがんばってきたのにブラックアウトしてしまったことで、「私にはまだ早いのかな?」「大会に出ないほうがいいのかな?」と思い、落ち込み、一気に自信がなくなってしまいました。
でも自分の感情を洗いざらい出して、それから「何をしたら楽しいのか? 何に挑戦したいのか?」と自分自身に質問をしたら、パッと「72mに挑戦したい!」と思えたんです。1カ月半悩みましたが、自分と向き合えたことで失敗しても、自分を許してあげられると思えました。
大会当日は、72mに挑戦する自分しか思い描けなかったので、楽しい気持ちで挑戦して、結果を出すことができました。

――

ブラックアウトを経験すると、怖くなってしまって、フリーダイビングをやめてしまう方もいるんじゃないですか?

木下

そうですね。私は初めてだったこともあり、思い悩むタイプなので「なぜ今、このタイミングで……」など、いろいろ考えてしまいました。でもブラックアウトしてしまったことを責めるのではなく、良かったと思えるように行動してきたことで、72mに挑戦して、結果を出すことができました。

しかし、2016年4月に大会が終わったあと、燃え尽き症候群のようになってしまいました。次の目標は何だろうと考えたことで「世界記録の72mを73mにしたい」と思いました。そして大会で挑戦したときに、ブラックアウトしてしまいました。

でも、そのときは最初の時とは違って、70m潜るのも怖かった自分が、こうして73mに挑戦できていること自体がうれしかったので、それほどつらくはありませんでした。ただまわりの人たちに心配されたことがショックで、それからは「笑顔で帰ってこられる」ことを目標に、申告する深度を決めようと思いました。2度目のブラックアウトで、そのことに気づけたことはよかったです。

(後編へ続く)

後編は、木下選手がプロのフリーダイバーとしてどのように変わっていったか、ライバルの選手や大事にしているアイテムなどもお聞きしました。お楽しみに!
フリーダイビングのおかげで自分自身と向き合えるようになりました。 〜フリーダイビング世界記録保持者・木下紗佑里さんインタビュー【後編】〜

Profile

木下紗佑里 
Sayuri Kinoshita

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1988年長崎県生まれ。幼少期から競泳に励み、日本女子体育大学へ進学。その後、スイミングスクールのインストラクターを経て、2013年にフリーダイビングと出会い、選手として活動を始める。2015年に世界選手権でアジア人初の優勝、2016年にはCNF種目でアジア人初の世界記録72m(当時)、2018年にFIM種目(フリーイマージョン)で世界新記録97mを樹立している。

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