ダイバーなら絶対に知っておくべき、減圧理論とダイブコンピュータの基礎知識

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今回ご説明する内容は、ダイブコンピュータのメカニズムや減圧理論を理解する上でとても大切です。
一見難しい言葉が並んでいるように思われるかもしれませんが、ゆっくり一つずつ読み進めていただければ、決して難しい内容ではありません。

セブ島のギンガメアジの群れ(撮影:越智隆治)

これからの皆さんの安全ダイビングのためにも、理解できるまで、ぜひ読み返していただければと思います。

人体における窒素の吸収の
「速い組織」と「遅い組織」

皆さんがオープンウォーターの講習時に習った通り、ダイビング中は、例えば水深10mでは2気圧、水深20mでは3気圧の空気を呼吸していて、その圧力と潜水時間に応じた窒素が肺から血液を通して各体内組織に溶け込んでいきます。

つまり、同じ潜水時間であれば、水深が深いほど、より多くの窒素が体内に取り込まれ、同じ水深であれば、潜水時間が長いほど、より多くの窒素が体内に取り込まれます。

そして、浮上するに従って、取り込まれた窒素は排出されていきますが、吸収する時間よりも排出する時間の方がはるかにかかります。

また、人体においては、窒素が溶け込む組織によって、窒素の溶け込む速さや、窒素が体外に出ていく速さが異なります。

例えば、筋肉や、脳、脊髄、皮膚、肺、腎臓、肝臓などは窒素が溶け込みやすく、排出されやすい組織とされています。

よって、これらの組織はダイビング中にたくさんの窒素を溶け込ませますが、浮上するに従って素早く排出されます。

これが窒素の吸排出が「速い組織」です。

逆に、骨や関節、靭帯、脂肪、骨髄などは窒素が溶け込みにくい組織とされています。
よって、一旦溶け込んでしまうと、排出もされにくいという特徴があります。

少しずつ窒素を溶け込ませていくので、体内に残る窒素量は少ないように思われますが、浮上してもなかなかすぐには排出されず、完全に窒素が排出されるまでには時間がかかります。

これが窒素の吸排出が「遅い組織」です。

ダイブコンピュータ連載用(提供:今村昭彦)

ダイブコンピュータも
窒素の吸排出の「速い組織」と「遅い組織」
に分けて計算をしている!!

ダイブコンピュータも、このような人体の各組織における窒素の吸排出のスピードの違いを考慮して、無減圧潜水時間を計算しています。

現在、市場にある多くのダイブコンピュータが、1908年に開発されたいわゆるスイスモデルという減圧モデルをベースに改良を加えて作られています。

減圧モデルとは、あるダイビング中にどれだけの窒素を人体に取り込むのかを、数学的に探ろうとするものです。

ここから、深度と各水深の滞在時間により、どのように窒素が体内に溶け、排出されるかの計算ができたり、人間の体には窒素を取り込み排出する速度が「速い組織」と「遅い組織」があることを踏まえて計算されたりするようになりました。

ダイブコンピュータでは「速い組織」から「遅い組織」まで、おおよそ9~16程度に分類され、それぞれ計算されますが、この分類をコンパートメント(仮想組織)と呼んでいます。

ダイブコンピュータは、各コンパートメントに取り込むことができる最大限の窒素量を、コンパートメントごとに独立して計算しながら無減圧潜水時間などを示しているのです。

減圧理論やダイブコンピュータのメカニズムは
「ヘンリーの法則」を軸にして考えよう!

さて、皆さんは「ヘンリーの法則」という物理学の法則をご存知ですか?

「液体中に溶け込んでいる気体の圧力は、その周囲の気圧に平衡する」というこの法則通り、
体内(血液中)の窒素圧は周囲圧(呼吸圧)に対して常に飽和平衡状態に向かおうとします。

実はダイブコンピュータはこの法則に基づき陸上でも演算を行っています。

水中だけでなく、一定間隔で気圧を計って窒素の吸排出計算を行い、体内の窒素圧と同じような状態を常に各コンパートメント(仮想組織)上に作り上げているのです。
(※通常の機種は10分~20分間隔ですが、最新のTUSA IQ1203 DC-Solarは20秒間隔で計測します)

例えば、人体では日常、大気圧の変化に対しても窒素の吸排出があります。

気圧が高くなると、それに比較して体内組織の窒素圧が低くなるので、体内組織に窒素が吸収されていきます。
逆に気圧が低くなると、体内組織から窒素が排出されていきます。

ダイブコンピュータ連載用(提供:今村昭彦)

体内窒素圧と周囲圧(水圧)の関係

同様に平地から高所に向かうと、周囲圧(気圧)が低くなるので、体内窒素は排出されていきます。

しかし、窒素の吸排出が「遅い組織」が周囲圧に平衡するまでにはとても時間がかかります。
(※ダイブコンピュータのアルゴリズムでは、例えば最も窒素の吸排出の速い組織が周囲の気圧に飽和する時間は約24~30分ですが、最も窒素の吸排出が遅い組織は約48~64時間です。機種によって異なりますが、それくらいの差があります。これは、人が歩くスピードとF1レースカーのトップスピード以上の差だと言えます)

ダイブコンピュータも同じように周囲圧に対する平衡状態を計算しているので、高所に向かった時には、一時的に「遅いコンパートメント」に余裕がなくなります。
(※排出されていく窒素分が一時的に上積みされた状態になる)

そのため、高所潜水をする際には、現地でしばらく待機する必要があるのです。
また、周囲圧(気圧)と水圧の差が海面に比べて大きいので、浮上条件や減圧要件も厳しくなります。

一方、高所に住んでいる人や長時間飛行機に乗っていた人が短時間で海面に移動すると、「遅い組織」に窒素が吸収されて平衡するまでに時間がかかるので、ダイブコンピュータの計算上では、「遅いコンパートメント」の体内窒素圧に余裕があること(マイナス飽和状態)になります。

よって、そのような状態の時には、疲労や血液の循環状態を無視すれば、減圧理論的には安全方向に働くことになります。
(※逆に、ダイビング後の高所移動は危険な状態となります)

ヘンリーの法則は水中でもまったく同じことですが、気圧変化と比較して急激な周囲圧変化が起こります。

窒素の吸排出の「速い組織」は短時間で平衡状態に向かいますが、「遅い組織」は平衡状態になるまでに時間がかかります。
そして、体内の窒素圧が周囲圧(水圧)に対して、高ければ体内窒素は排出され、低ければ吸収されます。

ダイブコンピュータ連載用(提供:今村昭彦)

ですから、ダイビング中に浮上をしていくと、その水深に対して飽和平衡状態にあるかどうかを分岐点に、「速い組織」は体内窒素を排出しているのに、「遅い組織」は体内窒素を吸収しているという状態が生まれます。
(※「速い組織」は窒素の吸収と排出の速度が速いため、体内組織内の窒素圧が短い時間で周囲の水圧と飽和します。このため、浮上時に周囲の水圧が低くなると、それに応じて窒素を排出します。しかし、「遅い組織」では周囲の水圧と平衡するまでに時間がかかるため、通常それよりも少ない圧力(量)の窒素しか溶け込んでいません。ですから、浮上時においても周囲の水圧より体内組織内の窒素圧が低いので窒素を吸収します)

また、「速い組織」は許容圧力(=M値)が高く、深い水深(周囲圧)まで減圧停止をしなくても耐えられますが、「遅い組織」は許容圧力が低く、浅い水深までしか耐えられません。
しかし、「速い組織」は窒素の吸排出が速いので、許容限界点に短時間で到達してしまいますが、「遅い組織」は許容限界点に到達するのに時間がかかります。

窒素の吸排出が一番「速い組織」を、蓋が開いたお酒などの一升瓶、窒素の吸排出が一番「遅い組織」を、アルミの蓋にごく小さな穴を開けたヤクルトなどの乳酸菌飲料の容器、と仮定すると分かりやすくなります。

一升瓶を水中に沈めて圧力をかけると、内容積は大きいけれど蓋が開いているので、乳酸菌飲料の容器より速く水が一杯になります。
乳酸菌飲料の容器は、内容積は小さいけれど穴が小さいので、水が一杯になるまでにかなりの時間がかかります。

逆に中の水を出す時には、一升瓶は内容積が大きくても中の水は速く抜けますが、乳酸菌飲料容器の水はなかなか抜けません。

このような窒素の吸排出の異なる、いくつかのコンパートメントに基づいて、減圧理論やダイブコンピュータは考えられているということをまずは理解していただければと思います。

★今村さんが書いたダイバー必読の減圧症予防法テキスト

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PROFILE
某電気系メーカーから、TUSAブランドでお馴染みの株式会社タバタに転職してからダイビングを始めた。友人や知人が相次いで減圧症に罹患して苦しむ様子を目の当たりにして、ダイブコンピュータと減圧症の相関関係を独自の方法で調査・研究し始める。TUSAホームページ上に著述した「減圧症の予防法を知ろう!」が評価され、日本高気圧環境・潜水医学会の「小田原セミナー」や日本水中科学協会の「マンスリーセミナー」など、講演を多数行う。12本のバーグラフで体内窒素量を表示するIQ-850ダイブコンピュータの基本機能や、ソーラー充電式ダイブコンピュータIQ1203. 1204のM値警告機能を考案する等、独自の安全機能を搭載した。現在は株式会社タバタを退職して講演活動などを行っている。夢はフルドットを活かしたより安全なダイブコンピュータを開発すること。
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