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ブランクダイバーからの復活ドキュメント(第2回)

死を目の前にして見つめた“やるべきこと”はダイビングではなかった ~それでも、ダイビングがやって来てくれた!~閲覧無制限

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徒然コラム
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みなさんこんにちはJUNです!

前回の「なぜ、ダイビングから離れてしまったのか」という記事を読んで、久しぶりに連絡をくれたお友達や共感してくださる方、心配してくださった方がメッセージを送ってくださり、みなさんの温かさがとっても嬉しかったです。

本当にありがとうございます!

患者の死を目の前に見つめ直した
“自分のやらなければならない事”

今回、離れてしまったダイビングを復活しようと思うまでの想いを書きました。
今までの自分を振り返り、これからの自分の在り方を見直すべきタイミングだったと思っています。

まず、ダイビングから離れ、ヨガに出会いました。身体を動かす心地良さと同時に、自分の気持ちが軽くなっていく心地良さを知り、「もっとヨガを学びたい」と、ワーホリでヨガを学ぶことを決めました。

その準備に励んでいた最中に起きた、看護師史上最大の衝撃。

自分の年齢とそう変わらない患者さんが自ら命を絶つ姿を目の当たりにしてしまったのです。

自分の無力さ、未熟さ、そして職場に対する不信感……。自分が今、何をすべきなのか。何がしたいのかを考え直し、長く勤めた職場を退職し新たなスタートを切ることにしました。

それはダイビングでもなく、ワーホリでヨガを学ぶことでもなく、看護師としての再出発でした。

高校を卒業すると同時に上京し、働きながら自分で学費を稼いで5年間学校へ行き、子供の頃から目標にしていた看護師になった私。しかし、精神科でしか勤務経験のない私は、人としても看護師としても経験不足なことが多くあること、まだまだ未熟であることにずっとコンプレックスを抱いていました。

そこで起こってしまった、救えなかった患者さんの死。

自ら死を選ぶほどの苦しみは、どれほど辛かっただろう。本来ならば私たちはその気持ちを一緒に受け止め、共に前を向いていけるような関わりをしなければなかったはずです。自分にはそれができていなかった。

最後の最後まで苦しい思いを抱えたまま、ひとりで旅立つことを決めた彼女のことを想うと苦しくて、切なくて、悔しかった。

世界中のすべての人は救えないかもしれない。でも、どうか、人は誰でも愛されるべき存在であり、必ず思ってくれる人がいるということを、自分が出会う人にはそう感じてもらいたい。

そして、可能な限りその苦しみを取り除いてあげたいと思いました。そのためには自分自身がもっと看護師として成長し、心だけでなく身体面もしっかり看れる人にならなくてはならない。そのためには、もっといろんなことを勉強できる病院へ転職しようと決めました。

旅で学んだシンプルなこと
“生きる時間”があるだけで幸せ

新しい職場は忙しくて、そうそう長期休暇はとれないだろうと思ったので、転職の間の一カ月間は、行ったことのないところと、大好きなハワイに行こうと決めていました。行先はカンボジアとハワイ島、そしてオアフ島。

ずっと登ってみたかったkokohead trailの頂上!これは登った人にしかわからない達成感があります

ずっと登ってみたかったkokohead trailの頂上!これは登った人にしかわからない達成感があります

そこで出会ったのは、決して贅沢とはいえない生活であっても、自然の中で、流れに逆らわず生きるひとたち。彼らがとてもイキイキとして見えました。

地元の人が全力で滝遊びをしていたカンボジア、プノンクーレン。道端で沐浴しているお母さん

地元の人が全力で滝遊びをしていたカンボジア、プノンクーレン。道端で沐浴しているお母さん

まったく違う文化と触れ、旅の中で出た答えはとてもシンプルなものでした。

人が生きてく上で、本当に必要なものはそう多くないということ。便利になればなるほど、物足りなさを感じる環境に違和感を覚えるようになり、利便性が高いことが、逆に不便で窮屈なことのように思えてきました。

食べることができて、毎日目が覚めることができて、生きる時間がある。それだけでもう充分幸せなことで、それは、当たり前のようで、決して当たり前ではないこと。特に患者さんにとっては。

だからこそ、自分のできる看護を最大限提供したいと思ったし、それ以上に頑張ろうと決意しました。

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ダイバー仲間が後押ししてくれた
ダイビング復帰計画

そして始まった新しい職場でのスタート。

今までとはまったく違う分野での勤務は、想像していたよりずっとずっとハードでしんどいものでした。

何度も諦めそうになったものの、それでも頑張れたのはいつも支えてくれる人達がいたからでした。それは、海から離れても、変わらず仲良くしてくれた海の仲間たち。

そして、偶然新しい職場で再会した、以前勤めていたダイビングショップで出会ったナースダイバーさん。バリバリ働くベテランナースであり、ガンガン潜るアクティブダイバー。本当にしんどかった時の的確なアドバイスはさすがだと思いました。

そんな尊敬する彼女が、楽しそうに海の話をするのを見て、また海に潜るのもいいなーと思うようになってきたのです。

そんな時、みんなでわいわいやっていたダイバー仲間の1人が、東京から実家のある広島へ帰るタイミングで開催された送別会に参加。

そう頻度は高くなくても、会えば、すぐに仲間に戻ってしまう仲間たちに囲まれると、そこで出る話は、やっぱりダイビングに関わることばかり。自分のようにダイビングから離れている人も多いけど、いろんな思い出や、今だから笑って話せることをたくさん話して、くだらないことで子供みたいに笑って、みんなで潜っていた時と変わらない私たちがそこにはいました。

お腹もほっぺも痛くなるくらいたくさん笑った送別会!年齢も職業もばらばらだけど笑いのツボはみんな一緒(^^)

お腹もほっぺも痛くなるくらいたくさん笑った送別会!年齢も職業もばらばらだけど笑いのツボはみんな一緒(^^)

久しぶりにみんなで潜りたい、みんなとだったらダイビングはもちろん、旅としてもとっても楽しそう! と、思いがけず、その場で、ダイビング計画が始まりました。旅の計画はノリと勢いが必要であると感じる瞬間でした(笑)。

そんなきっかけでダイビング復帰が現実的なものとなってくると、毎日の激務で心身ともに疲れていた私は、「自然や海に癒されたい。そして、海の中へ戻りたい」という思いが、日に日に募るようになっていきました。

ほしいのは「物」ではなく、自分が自分らしくいられる「時間」。そして、わかりあえる仲間はダイバーで、どこにいてもつながるダイビングとの縁。

ダイビングの復帰は決意というような大きいものでもなく、偶然であり、運命であり、私の心の声が引き寄せた、とても自然なことだったのかもしれません。

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