潜ることが仕事だけになった時、ダイビングの楽しさがわからなくなってしまった ~私がブランクダイバーになった理由~
みなさんお久しぶりです、JUNです。
オーシャナでコラム記事を書くのは何年ぶりでしょう。
海が、そしてダイビングが大好きで、オーシャナやダイビング雑誌のお仕事をいただいたり、本当にたくさんの方々に暖かい応援をしていただきつつ、泣きながら取ったダイビングインストラクターの資格。
私の人生の中でとっても貴重な経験でした。
そんなダイビングを愛していた私が、突然ダイビングの世界から消えてごめんなさい。
私、元気にしっかり生きています(笑)!
非常勤という形ではあったものの、週末は伊豆でガイドをし、私の生活の中には海とダイビングが当たり前にあったあの頃。
とにかくやる気と勢いだけで海に通っていた私は、ある日ふと、考えるようになったのです。
ワーホリで海外にも行きたいし、このまま日本で続けていくのかなぁと。
年齢的にやりたいことのタイムリミットが迫っていたこと、夢見ていたものと現実のギャップや、自分の甘えが海を遠ざけた理由でした。
大好きだったダイビング
が怖くなる日々……
ガイドさんといったら、もうその海が大好きで、自分のホームにプライドを持っていて、海の魅力を伝えることができるキラキラした素敵な感じ。
それが私のガイドさんのイメージであり、目標でした。
しかし、実際に働き始めて、オーナーや先輩にいろいろ丁寧に教えていただいて、ガイドをするようになってまずぶつかった壁。
それは“怖い”というプレッシャーでした。
水中で自分ではない人間の安全管理をすることの責任の重さと難しさ。
正直、みんながみんな自分の指示を聞いてくれるわけではなく、水中に入って全員が各々にバラけて、私の呼び鈴が誰にも届かず、虚しく水中に鳴り響いたあのダイビングを私は一生忘れません……。
私のような、経験もなく、ちんちくりんの女性インストラクターっていうのは、こんなにも人の管理をすることが難しいのか! という私の中で大きな大きな壁にぶつかりました。
それは経験しなければならないことでしたし、そこからどう成長していくかが大切だったので必要だったと思うのです。
いろいろな方々がいて、全員にいかに楽しんでもらえるか。
なおかつ安全に潜ること。
そこにはまず“信頼”がなければならないということです。
朝出会って、潜るまでにどこまで信頼関係を築けるかが勝負だと思いました。
私がお客さんの立場だったら、「え、マジでこの子で大丈夫なの?」って思いますもの。
そこも私の大きな課題でしたね。
そして、海の中の生物を見せなくちゃという思いから、頭の中は水中マップとエアのことでいっぱい。
あんなに大好きだった水の中にいる感覚や音を、いつからか感じなくなっていました。
潜ることが仕事だけになった時
楽しさがわからなくなってしまった
平日に病院で働き、週末は伊豆へ働きに行く生活。
土曜日の朝早く家を出て電車に3時間ほど乗り、日曜日の夜に伊豆を出て0時をまわること家に着く。
そしてまた朝から病院で働く、を繰り返していたあの頃、だんだんダイビングに対して「楽しい」がなくなってきてしまったのです。
緊張して心身共に疲れて、思うようにいかなくて、「あれ? ダイビングって何がそんなに楽しかったんだっけ?」なんて思った時、ふと頭に浮かんだのはやっぱり仲間たちのことでした。
仲間が大好きで、潜ることも大好きで、みんなで心から笑っている時間が何より好きでした。
私のダイビング好きはそこから始まっていたから、潜ることが仕事だけになった私は楽しさがわからなくなってしまったのです。
そんな私が、ダイビングの楽しさや海の魅力を伝えられるんだろうかとあの頃ずっと悩んでいたのを覚えています。
潜ることだけが仕事じゃない
逃げてしまった私
そして、もうひとつ。
みんなでわいわいするのは好きだったので、宴会の席も好きでした。
みんなが楽しそうにお酒を飲んで、笑っている時間は本当にほっこりする癒しの時間でした。
しかし、そのお酒に酔ったお客さんを上手に相手することができなかった私には、消化しきれないモヤモヤがあったり、悔しい思いをしたこともありました。
そして、だんだん海へ行くことのモチベーションが下がっていってしまいました。
さらに、年齢的にリミットが迫っていたワーホリの道。
これが決定的でした。
もう悩んでる時間はないと、ワーホリに向けて準備しようって思っていたのです。
しかし、私はうまく自分の気持ちを伝えることができず、非常に失礼な形でお店を辞めてしまったんです。
結局、逃げたんですよね。
嫌なことも大変なことも放り出して、オーナーの気持ちも考えず辞めると言ってしまいました。
時間もなくて焦っていたし、いろいろ考えなくてはいけないことだらけで本当に自分本位だったと反省しました。
そんな形で海から遠ざかってしまった私は、再び潜ることのハードルがすごく高かったんです。
あれから2年に1回潜るか潜らないかのペースで完全にブランクダイバーになったのです。
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