ダイビング哲学者夜話

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〜我潜る。故に我あり。〜

ダイビングベル…
このことばを聞いて一般の人が想像するのはこんな感じのものかな。

でもね、これは田子ベル。何か横に金ピカなものが写ってるけど無視してください。

で、多少、ダイビングに詳しい人が思い浮かべるのはこっち。

水中でやたらチリンチリン鳴らされたら、かなり遠くまで響くし、そもそも
どっちから音が聞こえるのか分からないから結構、迷惑。

しかし作業ダイバーさんだとか、ホントのダイビング通にとって
「ダイビングベル」とは船から水中に釣りおろされ、
水上から管を通してポンプで通気される潜水装置で、日本語で「潜水鐘」と呼ばれるものだろう。

現在は密閉型の潜水球や潜水艦に完全に取って代わられた一九世紀頃の潜水具だが、
これを人類最初に使ったという伝説が残されているのがアレクサンドロス大王である。
彼こそ人類最初のダイバーといってもいい。

紀元前四世紀のギリシアの哲学者、アリストテレスの著作のなかにもこの装置の
アイディアが出てくるのだが、アリストテレスはこのアレクサンドロス大王、
若かりし頃の家庭教師でもあった人物だ。
大王はガラス製の潜水鐘を作らせ、それで水中探検を行ったとされている。

大王が海底でさまざまな魚を見ていると、突然、大魚が現れ、
大王の乗った潜水鐘を咥えて陸地へ運んでしまったそうだ。
そのため海上で待機していた4艘の船はすべて海中に引き込まれて沈没した。

 

この光景に恐れをなした大王は以後、
人間に不可能なことを試してみるべきではないと悟ったという。

ところでこのアレクサンドロス大王が尊敬していた哲学者にディオゲネスが
いる。
ディオゲネス(BC410〜BC323)はアテナウイ郊外で、なんと樽の中に住んでいた。
行きたい場所があればディオゲネスはその樽を転がして移動したという。
彼の持ち物はこの半分壊れた樽だけだった。
まるで野良犬のような生活スタイルで、
事実、彼は「犬の哲学者」と呼ばれ、そう自認もしていた。

それで彼の生き方や思想は、
犬を意味するギリシア語「キュニコス」の名で呼ばれるようになった。
日本語では「犬儒派」などと呼ばれたりもする。
今日でも現実にたいして醒めた、皮肉な見方をする人を「シニカル」と呼ぶが、
その語源でもある。

当時のアテナウイはスパディタとの長年の抗争に敗れ衰退の一途をたどっ
ていた時期であった。

ディオゲネスはアテナウイの近郊に住んでいたが、アテナウイ所属ではなかった。
彼は「あなたはどこの指導団体、もとい、どこの国の人ですか」と人に訊かれるたびに
次のように問い返したという。

「太陽はいくつあるか。」

相手が「一つです」と答えると、ディオゲネスはいつもこう答えていた。
「そうじゃ。太陽は一つじゃ。わしらは皆、この一つの太陽の下で暮らしておる。
わしに祖国などありゃあせん。わしはただ、この天の下で暮らしておる。
つまりわしは天下の住人なんじゃ。」

ディオゲネスは自分のことを「天下の住人(コスモポリテース、
英語でコスモポリタン)」だと言った。
しかし、同時に、その天下、大宇宙(コスモス)を自分の心に中に発見していた。
だからこそ彼は無一物で犬のように樽の中に暮らしながら、
どんな金持ちよりも満たされた生活が送れたのである。
この自由で悠々とした生き方にアレクサンドロスはあこがれたのだろう。

テラ編集長が先日紹介していた、
自分の所属をPADIとNAUIをミックスさせて「PAUIです」と答えたイントラさん
どこかディオゲネスに似ている。

ところで言い伝えによると、
アレクサンドロス大王がバビロンの地で急逝したとの訃報に接したディオゲネス、
その日にみずから息をつめて窒息死した。
自分ももう死ぬべきだと悟っての行動だそうだ。
明治天皇に殉死した乃木大将みたいなものかな。

ダイバーならこの自殺方法の突飛さというか、無理っぽさに息を呑むことだろう。

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