新型コロナウイルス感染症とスキューバダイビング(第3回)

【新型コロナ】ダイバーが特に感染に注意すべき理由〜ベルギー潜水医学会の見解から見えてくるもの〜

この数か月、新型コロナウイルス感染症により、私たちの目の前で世界が一変しました。

緊急事態宣言(2020年4月7日発令)により始まった、自粛要請。
現在全都道府県が対象となり、外出や長距離移動の自粛が要請されています。都市部を中心に多くの市中感染が発生し、医療機関がひっ迫する状況となっています。

医療従事者や、生活に必要とされている業種の方の多大なる尽力は、本当に貴重であると同時に尊敬に値すると感じます。

今、私たちダイバーができることは、未来を信じて自宅にとどまり、様々な方法でダイビング産業を支え、自身も楽しむこと。
決して諦めてはいけません。どんな流行にも終わりはあるのです。
【新型コロナ】ダイバーにできること、ダイバーにしかできないこと

ダイビング業界においても、日本高気圧環境・潜水医学会によりダイビングの自粛が呼びかけられています。医療現場がひっ迫し、必要な手術や緊急搬送すら遅滞する状況において、私たちレジャーダイバーの1つの協力の形だと考えています。
【新型コロナ】4月3日、日本高気圧環境・潜水医学会声明発表。なぜレジャーダイバーはダイビングを控えるよう要請されたのか?

さて、このような状況の中、2020年4月12日にベルギー潜水医学会から新型コロナウイルス肺感染後のダイビングに関する見解がリリースされました
今回は、この見解の内容、および潜水専門医の意見をもとに、今改めてダイバーが注意するべきことについて取り上げます。

新型コロナウイルスへの感染は、ダイバーにとって大きな問題が残る可能性があります。
このため、リスクを知り、つらくても今は他人との接触機会を極力減らすよう、今後もより一層気を付けていただきたいと思います。

4月12日付ベルギー潜水医学会の見解概要
感染後のダイバーに何が推奨されたのか

ヨーロッパでは、新型コロナウイルス感染症の大流行により、多くの国や地域で外出自粛よりも強制力のある「都市封鎖」が実施されています。
これに伴い、3月26日にはヨーロッパ地域の高気圧学会(EUBS)から、ダイビング活動の自粛に関する声明が発表され、ダイビング活動は一時停止しています。

その後、4月12日にヨーロッパ域内のベルギー潜水医学会から、新型コロナウイルス肺感染後のダイビングに関する見解がリリースされました。

見解では、「政府などによる感染予防措置策の緩和後、経済活動が合理的かつ可能な限り早く再開することが望まれる」とされています。その一方で、今後「感染から回復した」患者がダイビング復帰する際、肺などに重大な障害が残る可能性を示唆しています。

また、若くて以前は健康だった人が、急激かつ劇的に症状が悪化した例が多数報告されていることや、一般的に、症状が軽度で、1週間以内に病状が改善し完全に回復すれば、心臓や肺に永久的な障害を与える危険性は非常に低いとされていることなども指摘されました。

これらの、現時点で得られる知見を基に、復帰の際の推奨事項が見解として示されています。
以下参考のための抄訳となります。(全文内容は原文にあたってください。)


【COVID-19肺感染後のダイビングに関するベルギー潜水・高気圧医学学会(SBMHS-BVOOG)の見解】

当理事会は、新型コロナウイルス感染症に関連した利用可能な文献を検討し、複数名の専門家との議論から、以下を推奨します。

1. 感染を広げるリスク

新型コロナウイルスに感染したが無症状であった人でも、症状が出た人と同様に、回復後の一定期間、鼻や口腔内の分泌物の中にウイルス粒子が拡散される結果、他人に感染を広げる可能性がある。正確な感染可能期間は不明であり、おそらく患者により異なると思われるが、最大で37日間以上であることが報告されている。
このことは、レギュレーターを共有(バディ呼吸)する際だけではなく、ダイビング事故時の救命救急活動の際にも考慮するべき重要な事項である。そのため以下を推奨する。

a. 症状を伴う感染者の潜水再開は最低2ヶ月、できれば3ヶ月待機後が望ましい。
b. 無症候の感染者(検査陽性のみ)の潜水再開は、1ヶ月待機する。
c. 症状がなく検査を受けたこともない人は、行動制限解除後も新型コロナウイルスに感染する可能性があり、潜水再開には一定の期間待機すべきである。その期間は地域の事情による。
d. ダイバー、潜水業者は各種団体や、DANヨーロッパの感染予防の指針を守る。

2. 肺圧外傷のリスク

重度肺症状を伴う新型コロナウイルス感染症では、一見正常に肺機能が回復したと思われても、長期的な障害が残る可能性があり、潜水時の肺圧外傷のリスクが高くなる可能性がある。このため、肺症状で入院した方の潜水再開には、3ヶ月の待機後に、潜水医学専門医に肺機能検査、CT検査の評価を受けることが推奨される。 入院を要さなくても、重度の肺症状があった場合は肺に障害が起きている可能性があり、肺機能検査、CT検査は有用である。

3. 心疾患のリスク

心肺系の症状があり入院した感染者の潜水再開は、3ヶ月待機後に精査(心エコー、運動負荷検査)してからが望ましい。入院を要さなくても、重度の肺症状や極度の疲労感が認められた場合は心蔵検査が有用である。

4. 肺酸素中毒

感染後に肺酸素中毒になりやすくなるかどうかについては不明である。このため、テックダイブは避けたほうが賢明かもしれない。通常のナイトロックス(pO2 1.4ATA短時間)は問題とならないと考えられる。

5. 減圧症

COVID-19による肺炎後に、肺の気泡フィルターとしての機能が低下するか否かは不明である。低下した場合は、卵円孔開存(PFO)と同様、減圧症のリスクを高める可能性がある。そのため、新型コロナウイルス感染症による肺炎罹患後は、窒素負荷の控えめの潜水が賢明かもしれない。

これらの推奨事項は、2020年4月12日に入手可能な科学的データに基づいて作成された。新しいデータや洞察が得られるようになった場合には、変更される可能性がある。

ベルギー潜水・高気圧医学学会(SBMHS-BVOOG)の見解PDF「Position of the Belgian Society for Diving and Hyperbaric Medicine(SBMHS-BVOOG) onDiving after COVID-19 pulmonary infection」(2020年4月12日発表)

見解では、不明な点が多いながらも、感染者(症状あり、症状なし)・非感染者を含む全てのダイバーに注意が喚起されています

潜水専門医はこの見解をどのように見るのか
医師からのメッセージ

この見解を受け、海外の情報に精通し、日本高気圧環境・潜水医学会理事である東京医科歯科大学 高気圧治療部の小島泰史医師にご意見を伺いました。(※上記抄訳についても小島医師に監修いただいています)

Question 1

今回のベルギー潜水医学会の見解では、肺感染後に「回復している」とされている患者がダイビング復帰する際の推奨事項が示されました。地域によりますが、日本では、ダイビングのメディカルチェックへのアクセスが難しい印象があります。
潜水専門医にアクセスが難しい場合、どのように肺機能検査などを受け、どのように判断していただくのが良いでしょうか?

Answer 1

日本では、病院勤務医、開業医のいずれも基本的には専門医が多く、それぞれの専門科の診療を行っています。潜水適性の判断には、循環器内科、呼吸器内科、神経内科、耳鼻咽喉科、整形外科等の幅広い知識が必要となり、一人の医師で全般的な判断が難しくなるという状況です。また、潜水医学に造詣のある医師も多くありません。
このため、日本では潜水のメディカルチェックへのアクセスが難しいのではと考えます。

肺機能検査、CT検査については、呼吸器内科医への相談となると思います。潜水医学にも詳しい医師がより望ましいですが、それが難しい場合は、DANメディカルガイドラインを持参し、潜水では何が問題となるのか等説明することも良いと考えます。肺酸素中毒、減圧症のリスク評価は、現状では潜水医学の専門医でも個別の判断はなかなか難しいかと考えます。

Question 2

現在、同様の見解は日本の学会では発表されていませんが、従う必要があるのでしょうか?

Answer 2

COVID-19については、未だ不明なことが多いです。よって、今回の見解も今後変更される可能性もあります。ただし、COVID-19による肺炎を罹患した方の肺には長期的ないしは永続的な障害が残存している可能性があり潜水再開前にはチェックが必要との考え方や、心機能にも注意すべきとの考え方は変わらないと思われ、日本でも注意すべきでしょう。

Question 3

新型コロナウイルス感染症は、どのくらいの割合で重症化するのでしょうか?

Answer 3

COVI-19罹患者が全て重症化する訳ではありません。中国からの報告によれば、COVID-19の罹患者のうち、軽症例は約8割を占めます。また、最近のニューヨーク州での疫学調査(抗体検査)によれば、実際に診断された患者よりももっと多くの無症候性の患者の存在が指摘されています。慶応大学病院でも同様の調査結果(PCR検査)が得られています。抗体検査の信頼性、調査数の少なさ等問題はあり正確な数は不明も、発表されているよりも患者数はずっと多く、そのため、重症化率も発表されている約2割より低い可能性があります。重症でないことが永続的な肺障害が残らないことを保証するわけではありませんが、良いニュースでしょう。

Question 4

最近、インスブルック医科大学クリニックの救急医師による記事を読みました。軽症と思われた6名のアクティブダイバーの肺に「一生ダイビングができないほどの損傷」が見られた、とのことでしたが、本当に軽症でもダイビングできなくなってしまうのでしょうか?

Answer 4

この記事は、確かに大きな波紋を呼んでいますが、この6例報告のみから何かを結論することはできません。
COVID-19は未だ不明なことが多い疾患です。現状では、COVID-19に罹患しても潜水復帰は絶対大丈夫と言えないと同様、罹患したら潜水を絶対諦めるべき、とも言えません

今は必要以上に楽観することも悲観する必要もないと思いますが、罹患したら重度肺障害を残す可能性がある、また、自身が軽症でも他者に感染を広げ、その方が重症となる可能性も考えると、なるべく感染をしないように行動することが望ましい行動となるでしょう。具体的には、公的機関の推奨を守って下さい(不要な外出を控える、3密を避ける他)。

ダイバーとして気をつけること
感染しないように、感染させないように気を付ける

今後、5月6日までの緊急事態宣言がどのような形で解除されていくか、現時点では不確定です。
しかし、多くの識者が「緊急事態宣言が解除されても、新型コロナウイルス感染症との戦いは長いものとなる」と述べているように、すぐに通常の活動に戻ることは難しいと感じます。

流行当初、このウイルスの特性は未知で、人から人への感染があるのか、感染力の強さ、感染の症状が重症化することは知られていませんでした。しかし、現在では様々な知見が得られ始めています。
今後も様々な情報が出てくることから、常に最新の情報を得ることが大変重要です。

特に、ツアーや講習を実施するプロレベルのダイバーは、学会や潜水専門医などから発信されるエビデンスに基づく最新情報を得ることを心がけていただきたいと思います。

そして、今得られている知見から導き出されたベルギー潜水医学会の見解からは、私たちダイバーは、将来もダイビングを楽しむために、「感染しない」ということが極めて重要であることは明白です

ダイバーにとっては呼吸器に障害がある場合には、ダイビング適性が失われます。このことから、慎重な対応が求められます。

自分が感染しないこと。そして、他人を感染させないこと。

地域によっても対応に大きな差が出ると考えられますが、現状は各ダイバーがリスクを考え、行動することが重要です。今は少し立ち止まり、今できることでダイビング産業を支え、流行が終息した未来で再びダイビングに復帰するために行動しましょう。

今、経済活動がスローダウンしたことにより、環境汚染が改善し生物数も増えてきているという報道もよく目にするようになりました。再び潜る海はどのような世界になっているのでしょうか。
より美しさを増した海を想像しつつ、その日を信じて歩いていきましょう。

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PROFILE
2020年、ダイビングの安全性向上のために情報提供をするULTRAmarine Labを立ち上げ、多方面で執筆をしている。元DAN JAPAN事務局長。都市型ダイビングショップでの勤務、海外DANとの連携を基に、潜水医学関連の最新情報を中心にダイバーに提供している。PADIマスタースクーバダイバートレーナー(No.808589)。
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