奄美クジラ・イルカ協会の興克樹会長に聞いた、奄美のホエールウォッチングの魅力+α
地球上最大の哺乳類でもあり、その優雅に大海を泳ぐ姿が人々を魅了するクジラ。日本では、ザトウクジラ、マッコウクジラ、ニタリクジラ、ツチクジラなどさまざまな野生のクジラを観ることができるが、中でも1月から3月にかけて小笠原諸島、奄美大島、沖縄で観ることができる体長13〜14mのザトウクジラ(以下、クジラ)はホエールウォッチングでも有名だ。そこで今回、奄美大島のクジラの調査を行う「奄美クジラ・イルカ協会」の興克樹会長(以下、興会長)に、奄美大島におけるホエールウォッチングの特徴やあり方についてお話しを伺った。
ホエールウォッチングとは?
誰もが一度は耳にしたことがあるホエールウォッチングは、船上や海辺の展望台から、自然の中にいるクジラのありのままの姿を観察する観光の一種であり、自然観察などの環境教育的な位置付けも持つ。1950年にアメリカで始まり、1980年代以降全世界に広がった。
季節回遊をする哺乳類。奄美にやってくるクジラの特徴
クジラは、夏にロシアといった北のオキアミや小魚が豊富な冷たい海で餌をたんまりと食べ、冬になると奄美大島といった南の暖かい海に交尾や出産のためにやってくる。驚きなのは、鮭が生まれた川に戻ってくるように、クジラも生まれた海に戻ってくること。つまり、奄美大島出身のクジラは、奄美大島の海に毎年戻ってくるわけだ。しかし、冬の間を奄美大島でずっと過ごすわけではなく沖縄やフィリピンの北部まで南下することが、最近わかってきた。
クジラの繁殖場所は大きく分けて、奄美大島・沖縄、小笠原諸島、メキシコ、ハワイに分けられる。つまり、クジラの出身地はこの4つに分けられるということだ。クジラは、はるか遠くの地で生まれているようなイメージがあったが、実は私たちと同じ日本生まれの個体もおり、毎年里帰りをしているのだ。そう考えると急に親近感が湧いてくる。
「奄美大島は、北から南まで全長70kmですが、地形的に入り組んだ大島海峡を有するため海岸線の長さは650kmもあります。さらに標高694mの山が冬の北西の風除けの役目を果たし、冬の間でも穏やかな長い沿岸なんです。だから子育てにも適した環境となっています」。
奄美大島でのホエールウォッチングの歴史
かつて、奄美大島では、クジラから採取できる油が貴重な資源として捕鯨が行われていたが、頭数が激減したため1966年に捕鯨を禁止。2006年から興会長はダイビング仲間とともにクジラの頭数調査を開始し、徐々に頭数が回復していることを確認し、2014年から奄美大島で初のホエールウォッチングを開始した。以降、クジラを探すウォッチング船も増えてきているため、発見される頭数も増えてきているのだという。
「2000年代からクジラを多く発見するようになってきました。戦前に捕鯨をしていた過去があったので、一昔前まではまさか奄美大島でホエールウォッチングができるようになるとは思っていませんでした。1966年の捕鯨禁止から増加傾向が続いているので、もう少し増えるのではないかと思います」、と興会長は語る。
クジラの個体の識別は、尾ビレの模様で行う。クジラは深く潜るときに、尾ビレを高くあげ、いわゆる私たちがスキンダイビングで行う“ジャックナイフ”のような姿勢になる。そのときに観える尾ビレを撮影し、その模様の特徴で名前を付けたり、どの海域で撮影されたかを記録していき、移動経路を追うのである。実際に2014年3月2日に奄美大島の請島で観られたクジラが、島沿いに移動し、約2週間後の3月18日には沖縄の座間見で観られた。
冬に奄美大島や沖縄で撮影されたクジラが、夏にはロシアで発見されている。2006年までは世界中で、クジラの観測情報を共有していたが、現在は行なっておらず、再開に向け準備段階だという。現在、奄美大島では約400頭の尾ビレを撮影したという。
奄美大島が世界に誇れる“仲間との助け合い”
他の地域にはない最大の特徴は、“ホエールウォッチングを行う全14ショップ(事業者)が連携していること”だ。ショップは、それぞれの港から出ると、クジラの居場所や現在の状況をお互いにリアルタイムで交換する。なぜなら奄美大島周辺海域は広いため、ホエールウォッチングでのクジラの出現率は100%ではない。だから、クジラに遭遇できていない船に、クジラがいるエリアを伝え、参加者がどの船に乗ってもクジラを見ることができ、楽しめるようにするのだ。“参加者は奄美大島全体にとってのお客さま”という意識がそこにはある。
ある日、クジラの群れを2つの船で譲り合って観たことがあった。観終わった後には、それぞれの船に乗ったお客さんみんなが満足し、お互いに手を振り合って港に帰ったそう。
「お客さまに楽しんで欲しいが故に、クジラが見つからないときの寂しさや苦しさはショップの全員が知っています。だからショップ同士はライバルだけど仲がいい。みんなで連携を取って助け合うんです」。
どの船に乗ったとしても、安心してホエールウォッチングを楽しめる。これは世界に誇れる奄美大島ならではの特徴ではないだろうか。
クジラの特徴としては、繁殖海域ならでは行動が観られることが挙げられる。生まれてから1年未満の赤ちゃんクジラにはお母さんクジラが寄り添い、お乳をあげたりと、私たち人間と同じ哺乳類らしい姿を目の当たりにすることができる。さらに、クジラは恋愛相手探しにも必死だ。メスを巡って、オス同士の戦いが勃発し、1頭のメスを6頭のオスで追う姿が過去には観られたそうだ。人間よりも熾烈な恋愛模様にも注目したい。
クジラは水面付近でさまざまな特徴的な動きを見せるが、中でも「ブリーチング」と呼ばれる海面から大迫力に飛び跳ねる行動は、最も人気がある。この行動の理由は解明されておらず、興会長も実際にクジラに聞いてみないとわからないという。ブリーチングをすると皮膚が剥がれるので寄生虫を落とすためや代謝をよくするため、他にはコバンザメを追い払いたいときや嬉しいとき、怒っているとき、そして何らかのコミュニケーション手段ではないかと推測されている。赤ちゃんクジラは、ペッタンペッタンと可愛らしく飛ぶ。このブリーチングをホエールウォッチングで観られる確率は1〜2割程度なので、観られたら非常にラッキー。
ホエールウォッチングによるクジラへの悪影響は
観光客の数は年々増えてきている。ホエールウォッチングが正式に開始される2年前の2012年から試験的に集計を開始し、コロナ流行前の2020年には3,684人となった。
当初は、ホエールウォッチングのルールは無かったが、観光客が増えてきたため、主に船長に向けた統一のルールを奄美クジラ・イルカ協会で定めた。海を楽しみながらも、持続可能なものにするためだ。
奄美大島でホエールウォッチングが増えたことによる影響は、全く無いとは言い切れないが、今のところは大きな影響は確認されていないという。個体によっては、船に出会い、急に方向転換をしたりするクジラもいるが、奄美大島に寄り付かなくなっているということはないと思う。逆に、船の周りをグルグルと回ったり、ついてきたりする好奇心旺盛なクジラもいるという。捕鯨が行われていた時代よりもクジラと人間との距離感は近くなってきていると思っていると興会長は話す。
「奄美大島ではクジラを観るときには多くても2、3隻です。人気のある生き物だからこそ、ルールを決めて、クジラにストレスを与えないように楽しむ必要があります。クジラが嫌がって『クジラがかわいそう』と、もしお客さまが思ってしまったら、ホエールウォッチングは失敗だという意識を持っている船長が多いです。お客さまが嫌な気持ちにならずに楽しめるよう、日頃から心がけています」。
海の中だけではない、奄美大島の魅力。ゆっくりと時間が流れるその島には、観光客を島全体で大切にしつつも、ホエールウォッチングを持続可能なものにしたいという人々の気持ちが根付いているように思う。ホエールウォッチングを奄美大島で楽しんでみてはいかがだろうか。
奄美クジラ・イルカ協会について
興氏が所属する奄美クジラ・イルカ協会が発足したのは、2013年3月。小笠原諸島で国内初のエコツーリズムが行われ、クジラに対する配慮をすることが推進されたことや、奄美大島が世界自然遺産登録の候補地になったことを受けて、持続可能なホエールウォッチングであるために、ルール作りを目的としてダイビング事業者が中心となり発足した。
現在は、奄美大島・徳之島周辺海域に冬期来遊するザトウクジラや、周辺海域に生息するミナミバンドウイルカ地域個体群の出現および個体識別調査も行なっている。その他に力を入れていることは、全14ショップの連携維持やサービス向上、環境配慮のために奄美クジラ・イルカ協会が中心となり、奄美大島・徳之島でのホエールウォッチングやホエールスイムを盛り上げ、より良いものにしていくこと。ショップや関係者を集めて、定期的な総会を行い、そこで新たなルール決めやお客さまからの意見、問題点などを共有しているのだという。
奄美クジラ・イルカ協会ウェブサイト