水中探検家・伊左治のフツーではないダイビングガイド(第6回)

南大東島の水中鍾乳洞を潜る〜水中探検家・伊左治佳孝のフツーではないダイビングガイド〜

未踏の水中洞窟やダイビングポイントを開拓する水中探検家・テクニカルダイビングインストラクター、伊左治佳孝氏のダイビングガイド。

今回ご紹介いただくのは沖縄・南大東島の水中洞窟。オーシャナでも2023年に探検の様子を取材させていただいている。それから探検は進み、多くのダイバーの協力によって調査された二つの洞窟について、寄稿いただいた。

気がつけば8か月――原稿の提出をサボり続け、oceanα編集部、スイカさんの目が日に日に冷たくなっていった。(生温かい目で見守っていただけですよbyスイカ)

これはもう、背筋が凍る水中洞窟よりも恐ろしい。

そんな僕が重い腰を上げた理由はただひとつ。「NHKで南大東島の探検が放送されたこのタイミングを逃せば、一生書かない気がする」――そう思ったからだ。今回の舞台は、太平洋に浮かぶ絶海の孤島・南大東島。そこで発見された“黒と白、悪魔と天使”のような二つの水中鍾乳洞である。

光と闇が共存する神秘の世界を、みなさんに少しだけお届けしようと思う。

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南大東島とは?

沖縄本島から約400km東、海底1000メートルの深海から切り立つ断崖の、その頂点だけが海上に顔を出した島。それが南大東島だ。

南大東島の全景

南大東島の全景

沖縄の離島に多い隆起環礁で、地質は石灰岩。つまり――必然的に僕らが大好きな鍾乳洞も存在しているというわけだ。

地下へと続く洞窟の入り口

地下へと続く洞窟の入り口

そして、ここでお題に上がるからには島の鍾乳洞には水中部分が存在している。今回はその“未知の水中鍾乳洞”へのダイビングをご紹介しようと思う。

南大東島の水中鍾乳洞はどんなところ?

南大東島には100を超える鍾乳洞が存在すると言われている。埋め立てられたものを除けば、2年をかけてほぼすべてをチェックしたつもりだ。結果として、約20か所もの地底湖を発見することができた。

調査を行った地底湖の一つ。後藤聡さん撮影

調査を行った地底湖の一つ。後藤聡さん撮影

これらの地底湖の水中にも鍾乳洞が広がっている様子が確認され、これはつまりかつては空間が地上に露出していた証拠だ。水中に沈んだ鍾乳洞・鍾乳石は、空気に触れて劣化することがないため、地上の洞窟以上に美しい姿をとどめていると期待された。

その期待を胸に各洞窟の所有者に一つひとつ許可を得て潜水調査を行い、2023年、ついに二つの大規模な水中鍾乳洞を発見することに成功した。

「黒の洞窟」と「白の洞窟」の発見

発見した二つの鍾乳洞は、わずか500メートルほどしか離れていないにも関わらず、その景観は驚くほど対照的だった。ひとつは、不気味なほど黒ずんだ鍾乳石が立ち並ぶ“漆黒の世界”。

もうひとつは、純白の鍾乳石が光を透過するほどに透き通り、幻想的な輝きを放つ“純白の世界”。

最初に目にしたとき脳裏に浮かんだのは「悪魔と天使」。それほどまでに異なる二つの顔を持っていた。

黒の洞窟の水中写真。清水淳さん撮影

黒の洞窟の水中写真。清水淳さん撮影

白の洞窟の水中写真。清水淳さん撮影

白の洞窟の水中写真。清水淳さん撮影

写真を見てどうだろう。自然の不思議さを体感しているような気分にならないだろうか。

さて、これを発見したことで喜び勇んでNHKに撮影を持ち掛けたわけだが、そこで新たな問題が発生する。

NHK

「すばらしい水中鍾乳洞ですね!」

NHK

「何という名前の水中洞窟なのですか??」

「…名前?」

――そう、南大東では洞窟は一般的なものであり、各洞窟には名前がなかったのだ。

地権者もおられる場所であるし、自分の名前を冠するのはどうも気が引ける。便宜的に調査中は白い洞窟&黒い洞窟と呼んでいたのだが、

「白い洞窟、黒い洞窟と呼んでいます。」

NHK

「それはちょっとテレビ的に…。」

「ですよね。」

NHK

「白の洞窟、黒の洞窟、でどうでしょう。」

「そうしましょう!」

閑話休題。

この二つの洞窟以外にも素晴らしい洞窟があり、ぜひご紹介したいのだが、「ダイビングポイント」として案内するには危険が過ぎるので、今回はこの二つの洞窟に絞ってご紹介できればと思う。

黒の洞窟

黒の洞窟はその名の通り、鍾乳石が不気味なほど真っ黒に染められていることから(NHKによって)名づけられた。初めて奥に潜水したときの印象は、まさに“悪魔の神殿”。洞窟に潜り慣れた僕でも、不気味さを感じる光景だった。

鍾乳石が黒い理由は、NHKの番組内での調査によって解明されたのだが、マンガンが析出・沈着したものであった。

水中の酸素濃度が下がるとマンガンは溶解度(溶ける量)が下がり、水に溶けきれなくなって析出・沈着する。これは水中生物によって水中に溶け込んだ酸素が補充されるより早く消費されていたことを意味していると考えられる。この想像を裏付ける事実として、黒の洞窟は南大東で僕が探検した水中洞窟の中でも群を抜いて生物が多く、NHKスペシャルの撮影中にもこの洞窟から新生物(未記載種)が2種も発見されている。

発見された未記載種のヨコエビ。目が退化している。体長は5㎜ほど

発見された未記載種のヨコエビ。目が退化している。体長は5㎜ほど

このような水中洞窟にいる生物群は非常に繊細で、我々ダイバーが潜水することによって酸素濃度が上がることによって死滅してしまう可能性すらある。ダイバーは、少なくともそのように繊細な環境であるということは念頭に置く必要があるだろう。

黒の洞窟は測量が完了しており、全長で約400メートルということが明らかになっている。南大東島の洞窟の中では比較的シルトが少ないほうで、平均水深も6メートルほど。慣れたフルケーブダイバーであれば挑戦できる環境だと思う。ただし、ひとたび底を巻き上げれば、1か月は濁りが取れないことを忘れてはならない。

白の洞窟

黒の洞窟の“闇”に対して、白の洞窟は“光”。この洞窟は日本ではもちろん、世界でも稀有な美しさと繊細さを兼ね備えた場所だ。

これは昨年に水中写真家の清水淳さんに撮影していただいた写真だが、本当に素晴らしい写真で、何度見てもその美しさに惚れ惚れしてしまう。

白の洞窟のホールの写真。清水淳さん撮影

白の洞窟のホールの写真。清水淳さん撮影

さらに、葉脈のように結晶化した鍾乳石など、個々の造形にも特筆すべきものがある。

水中で形成された葉脈のような結晶

水中で形成された葉脈のような結晶

水中ライトに浮かび上がる光景は、まるでファンタジーの世界に迷い込んだかのようだ。だが、その美しさは同時に極端な繊細さの上に成り立っている。近くを泳ぐだけで折れてしまう鍾乳石、呼吸の泡ひとつで崩れてしまう鍾乳管(ストロー)。触れずとも壊れてしまうような造形物しか無いといっても過言ではない。

繊細な鍾乳石やストロー。清水淳さん撮影

繊細な鍾乳石やストロー。清水淳さん撮影

ここでは、「安全に潜れること」と同時に、「環境を壊さずに潜れること」というスキルが求められる。自分の体の大きさやフィンの動きのクセを完璧に把握し、繊細な環境に適応するトレーニングが必要な場所だ。

それでも、その努力を乗り越えた先に広がる景色は、人生で忘れられない光景になると断言できる。ぜひトレーニングを積んで、この地にお越しいただきたいと思う。

白の洞窟の水深は平均10メートル、奥行きは約230メートル。一般的なケーブダイビングの装備で潜水可能な範囲だが、ここに至るまでには段階的な経験とトレーニングが欠かせない。

南大東の水中洞窟へのご案内について

現在、南大東島の水中洞窟は一般公開されているわけではない。しかし観光協会や役場と連携しながら、試験的にゲストを案内する試みが少しずつ動き始めている。
南大東島のケーブダイビングに興味を持った人、将来的に挑戦してみたいと考えている人、そして僕らと一緒に“まだ見ぬ世界”を探検したい人――ぜひDIVE Explorersに問い合わせをお待ちしている。

インスタライブ

本連載ではインスタライブでみなさんの質問にもお答えしながら、記事で紹介したポイントのことや現地の様子を伊左治さんにお話しいただきます。
ぜひお楽しみに。
日時:9月25日(木)20:00〜
ocean+α公式Instagram
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南大東島 水中洞窟探検プロジェクト

南大東島 ケーブダイビングツアー

NHKスペシャル「絶海に眠る巨大洞窟 ~南大東島・驚異の水中世界~」

oceanα「1万匹の魚群と白の洞窟! ダイバーが熱狂する南大東島の冒険ダイビング」

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PROFILE
1988年に生まれ、12歳からダイビングをスタート。
冒険をライフワークとして求める中でテクニカルダイビングに出会い、水中探検に情熱を燃やすことに。
それ以来、水深80mを越える大深度から前人未踏の水中洞窟まで、多岐に渡る探検を実践。
現在では水中の未踏エリアの探検とともに、その現場経験を伝えることのできる唯一無二のテクニカルダイビングインストラクターとして指導にもあたっている。
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