「日本水中フォトコンテスト」連載(第3回)

フォトコン入賞常連者が水中写真家に転身した意外な理由とは。阿部秀樹氏に取材【日本水中フォトコンテスト連載】

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現在応募受付中の「日本水中フォトコンテスト」。豪華な副賞や審査員などが揃う本フォトコンテストを、すでにチェックしただろうか。オーシャナでも来年4月の開催に向けて、フォトコンテストをきっかけにプロの水中写真家へと転身した古見きゅう氏へのインタビューもお届けしてきた。

今回は、日本水中フォトコンテスト特集の第三弾として、水中写真家・阿部秀樹氏(以下、阿部氏)のフォトコンとの歩みについてお話を伺っていこうと思う。阿部氏は日本国内の海に目を向け、特に、イカ・タコや海藻といった生態撮影などで世界的に評価を得ており、国内外の研究者と連携したり、本を出版したりするなど幅広く活躍する日本が誇る写真家の一人だ。

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カメラを手に入れるために食パンの耳で
4ヶ月間生活してまで水中撮影を始めた理由

編集部(以下、――)

まずは阿部さんがダイビングや水中撮影を始めるまでの経緯を教えていただけますか?

阿部氏

私は、自宅の目の前に海がある神奈川県は湘南の片田舎で生まれ育ちました。父親も無類の釣り好きというのもあり、私も小学校1年生のころから地元の凄腕漁師さんに厳しく仕込まれつつ、自分で素潜りをして遊んだり、魚を獲ったりしていました。

――

まさに「海があって当然」という生活ですね。その影響か、撮影も素潜りで始めたとお聞きしました。

阿部氏

はい。大学卒業後、鉄道模型メーカーに就職し、上京したときは、まだ、ダイビングを始めていませんでした。当時の私はダイビングよりも「水中撮影をしたい」という一心で、まずは撮影機材をそろえました。株式会社ニコンから販売されていた水陸両用フィルムカメラ「ニコノスⅢ型」をどうしても欲かったんですね。カメラ本体やフラッシュなどをすべて揃えると20万円くらい。サラリーマンの平均初任給が6万円だった1970年代後半の当時では、3〜4ヶ月分の給料ですよ!だから、昼食はパン屋さんで食パンの耳をもらい、昼食代を浮かせる生活を4ヶ月くらい送り、念願のカメラを手に入れました。我ながら頑張ったと思います(笑)。

――

撮影をしたいという思いが相当強かったんですね。

阿部氏

そうですね。もともと海が身近にある生活をしてきていたので、海の生き物は好きで、純粋に撮ってみたいなという情熱がありました。しかし、手に入れてからも撮影するたびに、フィルム代1000円、フラッシュバブル(1回発光するごとに交換する閃光電球)代110円/1回、現像代1000円というようにお金がかかっていたので、またすぐ食パンの耳生活に逆戻りです…。(笑)

――

スマートフォンでも簡単に水中が撮れるような今の時代からしたら、考えられませんね。

阿部氏

本当ですよね。そんな中で、だんだんもっと上手く撮りたいと思う気持ちが強くなっていき、どうしたら水中に長くいれるか考えた結果、世の中にはダイビングというものがあることを知りました。早速、ダイビングショップを探してみると、思いのほか家のすぐ近くにあり、「じゃあやってみるか」ということでダイビングを始めました。

――

ここでついにダイビングを!日本で、レジャーダイビングが普及し始めたのは1960年代からと言われているので、当時はまだダイビングショップの数も多くなかったんですね。

プロの水中写真家になるきっかけは、「先輩写真家からの後押し」と「フォトコンの実績」

――

ダイビングでの撮影を開始し、フォトコンに応募するようになったのですか?

阿部氏

鉄道模型メーカーを退職後、印刷会社に勤め始めたとき、プロの写真家である武内宏司先生と知り合う機会があったんです。私の写真を見た武内先生から、「フォトコンに応募してみれば?」と言われたのがきっかけで、フォトコンに初めて応募しました。マリンダイビング主催のものでしたね。

――

その時の結果はどうだったのでしょうか?

阿部氏

それが、嬉しいことに入賞できたんですよ。そしたら「来年は国内3社のダイビング雑誌出版社(マリンダイビング、月刊ダイバー、ダイビングワールド)が主催するフォトコン、それぞれに入賞することを目標にしてみたら?」と武内先生に言われ、挑戦してみることにしました。すると、幸いなことに3つのフォトコンすべてで入賞することができ、目標達成!嬉しかったですね〜。実はその後も、武内先生に「次はもっと上の賞を目指したら」とうまく乗せられたこともあり、ダイビングワールドのフォトコンで念願のグランプリを獲得することができました。そしたら案の定、どんどん水中写真にのめり込んでいきました。

当時のフォトコンテストの授賞式はカメラ機材メーカーや現地ダイビングサービスなど数百名が参加するパーティーもあって、湘南の片田舎育ちの私にとっては、非常に煌びやかで派手な印象で、今でもあの感覚が忘れられません。やっぱりフォトコンでの入賞は憧れでもあるし、周囲から評価される喜びは、一度味わったらまた味わいたいと思いますね。大きな自信にも繋がります。

――

写真を撮る方にとっては、一大イベントですね!やはり、こういったフォトコンをきっかけにプロの水中写真家になられたのでしょうか?

阿部氏

それも一つの理由にはあります。審査員も系統も違うフォトコンで評価され、入賞した実績から得た自信はありました。ただ、もっと決定的だったのは、プロ水中写真家である諸先輩方に背中を押していただいたことですかね。

――

詳しく教えていただけますか?

阿部氏

当時40歳。うっすらと「水中写真家の道もいいな」と思っていた矢先、勤めていた印刷会社が倒産してしまいまして。この先どうするか悩みました。このころには多くのプロの先生方とお付き合いさせていただいていましたから、プロの凄さや、あまりにも違うレベルの高さも私なりに感じていましたので、その先生方に相談して「無理」とか「やめた方が良い」とか言われたら諦めもつくかなと思い、武内先生をはじめ、水中写真家の吉野雄輔先生、中村征夫先生、中村宏治先生らに相談しに行ってみることにしたんです。そしたら、予想に反して、全員が口を揃えて「いいんじゃないか」と背中を押してくださり、「日本を代表する水中写真家の先生方が言ってくださっているのなら、この道に進んでもなんとかなるんじゃないか」と思ったんですね。これで一念発起し、水中写真家の道へと進む決意をしました。

――

日本の水中写真を牽引する方々に応援してもらえたら、とても心強いですね。

プロの水中写真家となった阿部氏は、科学絵本「ホタルイカは青く光る」を手がけるまでに

プロの水中写真家となった阿部氏は、科学絵本「ホタルイカは青く光る」を手がけるまでに

日本水中フォトコンテストに応募をしようとしている方へ

――

最後に、本フォトコンテストへ応募しようとしている方へアドバイスをお願いします。

阿部氏

入賞のカギになるのは、写真を選ぶときに冷静なジャッジができるかどうかだと思います。冷静に「この写真が語りかけてくるものがあるか」とか「心に残るものか」を選べるかの方が大事だと思っています。

――

なるほど。特にたくさん写真を撮影される方は、応募点数、1人最大10点という制限がある中で、どの写真を選ぶか、応募するまで気が抜けないですね。

阿部氏

“もし自分の応募作品が、表彰式会場のプロジェクターでドーンと映し出されたとき、会場中からどよめきが起きるだろうか?”と想像してみてもいいかもしれません。または、「この写真は誰も見たことがないだろう」、「こんなシーンは誰も撮ったことがないだろう」、そんなふうに考えてみるのもいいかもしれません。

あと付け加えるならば、審査員の顔ぶれを見て、審査員好みの作風のもので応募するのは逆にリスクがあるかも。なぜなら、審査員自身の好みの作風であるということは、審査員がその道のエキスパートと言うことです。そのプロが最も得意とする分野では、予想をはるかに超えるよっぽど凄いものでなければ、食いついてもらえないはず。だから審査員のことはあまり、考えずに、自分がいいと思うものを選んでみてください、審査員好みで狙うより、自分好み、言うなれば「自分の写真」で応募していただくのが一番だと思います。

――

結果発表で、どのような作品がスクリーンに映し出されるのか、楽しみです。阿部さん、ありがとうございました!

これまで数々のフォトコンで入賞を果たしてきたからこそ、応募者側の立場としてさまざまな想いや経験がある阿部氏。今回の「日本水中フォトコンテスト」は、一体どのような盛り上がりを見せるのか。ぜひ参加して、年に一度の一大イベントを楽しもう。

阿部秀樹氏プロフィール

30年以上前から日本の海の多様性に着目して北海道から沖縄までの水中、海を取り巻く人々の姿をテーマとして撮影するかたわら、魚を含めた水中生物の生態撮影ではテレビ番組の撮影や監修、コーディネート、助言などでも活躍。イカタコ類の撮影や海藻の撮影では国内外の研究者からの信頼も厚い。
ライフテーマとして、日本人の海を取り巻く知恵である「里海」の姿、30年来の撮影対象であるプランクトン(浮遊系生物)、月光による水中や水辺の風景がある。

・伊豆の国市在住 沼津市観光大使
・鹿児島県沖永良部島知名町観光大使歴任
・日本自然写真作家協会 会員
・Nauticam Japan アンバサダー

  • ●主な著作及び作品
    ・仏映画『Oceans(オーシャンズ)』スチル撮影担当メンバー
    ・「ダーウィンが来た」「Wild Life」「にっぽん印象派」撮影並びに出演、共にNHK(日本放送協会)
    ・『美しい海の浮遊生物図鑑』文一総合出版 『魚たちの繁殖ウオッチング』誠文堂新光社
    ・『昆布』『鰹節』『煮干』(偕成社)では、第23回学校図書館出版賞(2021年)を受賞

▶︎公式HP

日本水中写真コンテスト実行委員会が新たにスタートする水中フォトコンテスト。より多くの方々に水中撮影を楽しみながら、受賞を目指し作品作りに励んで欲しいという想いから、日本を代表するフォトコンテストを目指し、企画された。

  • ●応募期間:2022年11月1日〜2023年1月10日
  • ●発表:2023年4月8日
  • ●賞
    グランプリ 1名
    準グランプリ 1名
    優秀賞 5名
    入選 12名
    審査員賞 6名
  • ●副賞
    ・グランプリ:賞金50万円、賞状、トロフィー、記念品
    ・準グランプリ:賞金10万円、賞状、トロフィー、記念品
    ・優秀賞:賞状、トロフィー、記念品
    ・入選:賞状、記念品
    ・審査員賞:賞状、記念品
  • ●主催:日本水中写真コンテスト実行委員会
  • ●協賛:Fisheye、RGBlue、SEA&SEA、nauticam、AOI
  • ●後援:SNSI、TDI、NAUI、PADI、SSI、JP
  • ●協力:ocean+α、DIVER、Marine Diving Web

詳細や応募については以下をご覧ください。
▶︎日本水中フォトコンテスト公式HP

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PROFILE
0歳~22歳まで水泳に没頭し、日本選手権入賞や国際大会出場。新卒で電子部品メーカー(広報室)に入社。同時にダイビングも始める。次第に海やダイビングに対しての想いが強くなりすぎたため、2021年にオーシャナに転職。ライターとして、全国各地の海へ取材に行く傍ら、フリーダイビングにゼロから挑戦。1年で日本代表となり世界選手権に出場。現在はスキンダイビングインストラクターとしてマリンアクティビティツアーやスキンダイビングレッスンを開催。
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