「日経ナショナル ジオグラフィック写真賞」表彰式より(第1回)

プランクトンの生き様を表現 ~日経ナショナル ジオグラフィック写真賞2016グランプリ 峯水亮スピーチ全文~

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グランプリ受賞の峯水亮さん

グランプリ受賞の峯水亮さん

2017年2月6日(月)、「日経ナショナル ジオグラフィック写真賞2016」表彰式が開催されました。

5回目(2016年度)を迎える同写真コンテストでは、応募者数315名、597点の作品の中から、初めて水中写真がグランプリを受賞!
ネイチャー部門の最優秀賞、優秀賞でも水中写真が選出され、表彰式には多くのダイビング関係者も集まりました。

今回は、グランプリを受賞した、峯水亮氏の受賞スピーチをお届けします。

【グランプリ】
「儚(はかな)くも、逞(たくま)しく生きる小さな生き物たちの世界」
峯水亮 (静岡県清水町)

5枚組写真のうちの1枚 ※組写真すべては「写真賞2016受賞作品」 http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/photo/15/011800001/011200010/?P=2 よりご覧ください

5枚組写真のうちの1枚
※組写真すべては「写真賞2016受賞作品」  よりご覧ください

 

海の素晴らしさを伝えたい
最短でガイドになり、毎日潜る日々

まず、このような機会をいただき、日経ナショナル ジオグラフィック社の皆様、審査をしていただいた審査員の先生方、大塚編集長様、この度は本当にありがとうございました。
また、本日お忙しい中、足をお運びいただきました関係者のみなさまにも、改めて御礼を申し上げたいと思います。

私は、1970年大阪府枚方市に生まれました。

ダイビングを始めたのが20歳の時ですが、その初めてのダイビングをきっかけに、この素晴らしい世界をたくさんの人に広めていこうと思い、まずは水中写真家ではなく、ダイビングのガイドとして海の世界に入りました。

通常はいろいろダイビングを経験してからプロのダイバーになるのですが、私の場合は、とにかく早く、海の素晴らしさを伝えたいと思いましたので、最短コースでダイビングガイドになりました。

最短コースでガイドになった私が最初にしければいけなかったことは、とにかく海の経験を積むことでした。
では、どうしたらいいのかと考えたら、とにかく毎日海に潜ることしかありません。

毎日海に潜っていると、1年でかなりの経験が積めます。
毎日潜っていることが当たり前になると、だんだん潜らない時間がそわそわしてしまいまして、とにかく仕事でも潜りますが、仕事の合間にもとにかく周りにいる人たちの誰よりも海に潜るそんなガイドでした。
しかも、いいお給料をいただきながら。

たくさんの方の支えがあって
水中写真の撮影は成り立っている

私は西伊豆の大瀬崎にある大瀬館マリンサービスというところにいたのですが、その安田幸則社長のもとでなければ、そのように恵まれた環境で育つことは叶わなかったと思っております。
実は水中写真を撮るにあたっては、ものすごくたくさんの方の支えがあって水中写真の撮影は成り立っています。

もちろん潜るのは自分で、写真を撮るのも自分なのですが、例えば船で沖合に出て撮影をしようと思ったら、現地のサービスにボートを出してもらわなければいけませんし、水中撮影はかなり特殊な分野でもあるので、さまざまな機材が必要で、陸上の機材プラスアルファ、水中専用の機材を開発していただいているメーカー様がないと我々の仕事は成り立ちません。

そういった部分でも、こういう機会だからこそ言えることなのですが、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

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また、今回グランプリをいただいた被写体であるプランクトンを撮影するにあたって、実は、ここに行きつくまで20年ぐらいかかっています。

私が写真家になったのは27歳の時です。
それまでダイビングをガイドしている中で、中村征夫先生を始め、日本を代表する水中写真家の方々の撮影のガイドのお手伝いをする中で、さまざまな経験をさせていただきまして、そういう先輩方の姿を見ながら私は育ちました。
そういう姿を見ながら、私自身も新たな世界を夢見まして、27歳の時に、ガイドとは違う形でこの水中の世界を広めていこうと決心しました。

私がプランクトンに興味を持ったのは実はその頃からなのですが、当時私は水中写真家になったばかりで、ほとんど無名に近かったんですね。
もちろんすぐに仕事なんてあるわけないので、食べるのにもかなり苦労しました。
決して順風満帆ではなかったと思います。

そんな時に、今日、西表島からはるばる起こしいただいたダイビングガイドの矢野維幾様にも大変お世話になりまして、たくさん潜らせていただきました。
泊めて頂いたり、撮影もたくさんさせていただきました。
いろいろアドバイスもいただきまして、そういったみなさんのご協力があって、今があると思います。

29歳の時にはガイド時代から撮りためた写真をまとめ「海の甲殻類」(文一総合出版社発行)という図鑑を作りました。
それから少しずつ、ダイビング雑誌での仕事も始まり、教科書や児童書への写真提供をするようになりました。

2001年には縁があり、妻・陽子とも結婚することができました。

その後、旅行会社の企画するダイビングツアーの撮影やダイビング雑誌の仕事も増えまして、海外を行ったり来たり、家にはほとんどおりませんで、かなりの苦労をかけたなと思います。
2008年には宙という可愛い娘が誕生しました。

「クラゲの本をまとめたい」と平凡社の大石範子さんを訪ねたのが2005年でした。
思ったことを精一杯、諦めずにやることだけが取り柄ですので、父親としても、とにかく仕事を一生懸命がむしゃらに続けました。
それから機材を提供してくださるイノンの井上彰英社長、AOIジャパンの久野義憲社長と出会えたことも私の撮影に大きな幅を与えていただき、とても大きな出会いでした。
ありがとうございます。

日本の海の素晴らしさ 世界に向けて発信したい

そんな中、世界の海を巡ってみて、改めて日本の海の素晴らしさを実感しました。
とにかく、日本の海のことをこれからは世界に向けて発信していこうと思うようになりました。

また、自分が伝えたいもの、自分が撮りたいもののために時間を割こうというのが私なりの答えでした。
おそらく私にしかできないことがあるはずだと。

2015年に、最初に平凡社に訪れてからすでに10年という月日が経過してしまいましたが、ようやく浮遊生物撮影の第1段として、「日本クラゲ大図鑑」を出すことができました。

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小さな体に秘めた驚くべき能力に魅了
プランクトンを撮り続けて20年

プランクトンといえば、これまで特に注目されないような存在でした。
魚のようなカラー写真の図鑑もなく、雑誌のグラビアを飾ることもなく、フォトコンテストに登場するような被写体ではなかったのです。

そんな生物の撮影を始めるようになったのは、撮影していたクラゲの写真を確認していたときでした。
クラゲはその個性的な造形の中に、洗練された機能美が備わっていて、その形ひとつひとつに意味があるなと。
そして彼らのことをもっと知りたいと思うようになりました。

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今から20年ほど前、私は海に行って彼らを探しました。
しかし実際には彼らに出会うことは簡単ではありませんでした。
というのも、魚たちやサンゴなどとは違って、会いに行けば必ずそこにいるという生き物ではないからです。

ではどこにいけばいるのか、どうすれば会えるのかを探す日々が始まります。
それはとにかく海に出かけることでした。
今日は多かった、今日は少なかった、そんな単純なことの繰り返しです。

そうこうしているうちに、彼らは自然のリズムに合わせて存在しているということがわかりました。
それは単に海の中で流されているわけではなくて、私たちの知らないところで、知らない時間帯に驚く技を駆使しながら命をつなぐために懸命に行われていたのです。
想像すらしなかった世界でした。

潮の動きを感じ取り、場合によっては生きるためにその時代にふさわしい姿へと変態していくことを、知れば知るほど、その小さな体に秘めた驚くべき能力に魅了されていきました。
しかもそれはほんの数ミリから数センチの生き物が行っていることなのです。
彼らの芸術的な美しさは命の美しさであります。

その美しさを余すことなく写真に捉えることに私は集中します。
彼らに出会った瞬間に直感的に感じるその生き様を見る人に伝えられる最高の瞬間にシャッターを切ります。
シャッターを切るとき、私は、水の中でその私自身の存在を消しています。

私の不用意なほんの些細な動きによりよって水流が起きると、彼らにうまく接することができなくなり、結局は1枚のシャッターを切ることすらできなくなるからです。
つまり、私は彼らの世界を邪魔しないように常に敬意を払いながら接しなくてはいけないのです。

受賞作品を解説
プランクトンの生き様を表現

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テンガイハタの幼魚(全長約20cm)

受賞作の「儚くも、逞しく生きる小さな生物たちの世界」はそんなプランクトンの生き様を表現しました。
写真はテンガイハタという深海魚の稚魚です。
小笠原諸島の海で、夜な夜な毎日潜る場所を変えながら、ようやく見つけた場所で出会いました。

表層には、実は普段は目にすることのない深海魚の稚魚が数多く暮らしています。
餌の豊富な表層にいてなるべく早く成長を遂げ、ある程度の大きさになると本来の生息水深(200-800m)へと降りていく、その直前の姿。

大きさは15cmほどでしたが、成魚は2mを超えるものまでいます。
稚魚の時だけ長く伸びる鰭の一部は、浮遊する際の浮力確保の為や、襲われた際に切り離し、ダミーにして逃げるなどの役割があると考えられています。

ミノガイ科の幼貝(約10mm)

ミノガイ科の幼貝(約10mm)

これは実際に夜の海に一晩で5、6時間潜りながら撮っています。

だからこうバックが黒なのですが、一番小さなものは横幅が5ミリくらいしかないです。
大きくても15センチくらいと、ほとんどが小さいもので、縦位置の写真はミノガイという二枚貝の幼生なのですが、普段は岩の下に隠れてしまうものなのです。
そのため人間の目に止まることはほとんどありません。

このように海の中層をプランクトンとして出会うのは、ほんの数時間のことなんですね。
それまでは私たちが普段泳がないような沖合の表層にいまして、沿岸に寄ってくるのは本来の住み場所に移動する瞬間です。
そういったほんの数時間の間しか私たちの目に止まることはない、それくらい貴重な瞬間でもあります。

オニオコゼ科の稚魚(約10mm)

オニオコゼ科の稚魚(約10mm)

それからこの写真はオニオコゼ科の稚魚です。

大きくなると結構凶暴な魚になるんですが、これはまだ1センチくらいの小さなころです。
顔つきはどちらかというと大人と同じようないかつい顔をしているのですが、ただ、プランクトンなので、襲われたら簡単に食べられてしまうようなそういう立場にあります。

ところが、うまく着底して、どんどん成長すると、今度は立場が逆転し、周りにいる小魚を虎視眈々と狙う強い立場に変化します。
プランクトン時代はか弱い生き物だったのに、成長するとその立場が逆転してしまいます。

タコの1種(全長20cm)

タコの1種(全長20cm)

海の中にはまだまだ、知られない生き物たちが存在しています。
名もなきタコの幼生は、夜の深まる頃に人知れず姿を現します。
透明な体から伸びた長い腕は、浮遊に特化している証ですが。

私に遭遇し、少しでも大きく見せようと思うのか、腕を目いっぱい伸ばしています。
もしくはクラゲに見せようと思っているのかもしれません。
私が少しも怯まないでいると、さっと身を翻がえして、人の行く手をさえぎるような深い海へと降りていきました。
腕を伸ばした全長は10cm程です。

ウミノミの仲間(全長2mm)

ウミノミの仲間(全長2mm)

全長3mmほどのウミノミの仲間。

まるでたくさんの風船にぶら下がっているように見えますが、これは放散虫という球形の小さな動物プランクトンを束ねて、浮遊生活をしているからです。
海の食物連鎖の中では、同じ下位層で暮らすもの同士ですが、生きるために互いに利用しながら、浮遊に役立てる姿に、小さな生き物たちの知恵とたくましさを感じます。

命の重さはすべて同じ 海は偉大な教科書

最後に私が彼らを通して伝えたいことは、どんなに小さな生き物であっても、命の重さはすべて同じということです。

クジラも、プランクトンも、人間も蟻も同じなのです。
この世に無駄な命などありません。
それぞれに与えられた役割や使命があるからです。

人間は生きていく中で、同じ地球に暮らす生き物たちに敬意をはらいながら、仲間として接していかなくてはならないのだと私は感じています。
海はいつも色々なことを教えてくれます。

海は私にとって地球上で最も分厚く偉大な教科書です。

ご清聴ありがとうございました。

※その他、素晴らしい陸上の写真をはじめとする、受賞全作品はこちらからご覧ください。 名称未設定7

■プロフィール

峯水 亮 みねみず りょう
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峯水 亮。1970年大阪府枚方市生まれ。
西伊豆大瀬崎にある大瀬館マリンサービスでのダイビングガイド・インストラクター経験を経た後、1997年に国内外の海のフィールド撮影をする峯水写真事務所を設立。
以来、主に浮遊生物を中心とした海洋生物の撮影に取り組んでいる。

数多くの児童向け書籍やTV番組などに写真及び映像を提供しているほか、著書に【ネイチャーガイド-海の甲殻類】,【日本の海水魚466(ポケット図鑑)/共著】,【サンゴ礁のエビハンドブック】いずれも文一総合出版、【デジタルカメラによる水中撮影テクニック】誠文堂新光社、執筆を担当した書籍に【世界で一番美しいイカとタコの図鑑】エクスナレッジ、同じく【世界で一番美しいイカとタコの図鑑 愛蔵ポケット版】などがある。

2015年には浮遊生物撮影18年間をまとめ上げた第1弾の集大成として【日本クラゲ大図鑑】を平凡社より刊行。
これまでの海洋経験を活かし、自然番組の企画提案なども行っている。
現在は、さまざまな浮遊生物をフィールドで観察できるイベントBlack Water Dive®を国内外で開催中。

2016年 第5回 日経ナショナル ジオグラフィック写真賞 グランプリ受賞

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